集団離村をした信州の廃村_椚平(くぬぎだいら)集落【長野県諏訪市】

以下 椚平の由来 の碑  ※間違っているところもあるかも

椚平は西暦一六六一年寛文年中南眞志野 関作左ヱ門が開拓した。
当時高島藩より山番として向けたものである。
高遠藩との山争いの為に関所も置かれた。
以後三百余年昭和に入っては戸数も十五戸にふえ山林養蚕を主として生計をたてていた。
其の間道路の開設等には部落をあげて努力してきた。
しかし大東亜戦争の終結そして経済の進展に伴い過疎の波もこの山間に打ちよせ
一人減り二人減り昭和四十七年の今日ではたった八戸のみとなった。
これだけの戸数では椚平区を維持することもできず
交通機関のバスも運行も中止となり、
かつ加えて養蚕・水田・山林では生計の道がたたず
伊那へ諏訪へ通って現金収入を計らざるを得なくなった。
ましてや子供の教育にも支障をきたし、
後を継ぐ青年もなく消滅寸前にあった。
時の岩本諏訪市長の積極的なご助言をいただき、
いくたびか区の総会を開いた結果全戸移住と決定し、
部落有る林七十、七町歩を市に寄付したところ
市からは多額の移住資金をいただき、
住みなれた椚平部落を閉鎖することとなった。
ここに、その経過を碑に託して永久に記念とする。

2025/05/20訪問

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