【南北約1km】日本一小さい”市”を全力で旅行!一体何があるの?

さあ今東京都脱出して埼玉県内に入って ます景品東北線に乗車中ですで今回巡って いくのはタイトルにもある通り日本 一小さい市埼玉県のわび市ですわビ駅 なんかは湘南新宿ラインとかが横をねバス と通過していくようなそんな駅なんです けどもこれわび調べてみるとそれから実際 に行ってみるとトルコ系クルド人の方々が たくさん住んでいる地域なので美味しい トルコ料理を食べれたりあとは超レトロな 先頭それから中道のね宿場があって宿の レトロな街並も楽しむことができました 結構意外な発見があったんじゃないかな さてさてわび到着よろしくお願いします よっしゃ到着をしました皆さんおはようございます今日え観光していく場所はここです県員線に乗ってね到着しましたけどここ埼玉県のわ名前聞くだけでだいぶお腹がねペコってきそうな名前ですけども別にわらび持ちの発症がわらび市ってわけではないらしいですわび持ちはね奈良県らしいんでね発症が今ねわび駅の東口の方に降りてきています [音楽] 改札の様子こんな感じでわビって埼玉県内 で大体10番目ぐらいに利用客数が多い駅 になってるんですよだけども駅舎結構 ねどかな感じになっていますで今日なんで この埼玉県わビ市を動画化しようかと思っ たかと言うと実はこのわび市ね日本で最も 面積の狭いなんですよ日本で一番狭いしで これ市町村にすると富山県の船橋村って いうところがめちゃめちゃちっちゃいん ですけども市だとなんとこのわらビ結構 意外だなと思ってねわび市はちょっとこう 代形のようなね形をしていてで東西これ仮 にね横断したとしても長さがね4kgに なってますめちゃめちゃ短いから日帰りで チャリンコ借りて余裕で観光することが できるんですけど最初調べた時いやいや ちょっと狭すぎてあんまり観光地とか 少ないんじゃないのって思ったんですけど もこれがですね日本の歴史とそれから異分 の町わびみっちりね観光していきたいと 思いますんでよろしくお願いしますいや僕 ひ樹鉄道チャンネルっていう鉄道系の チャンネルもやってまして電車大好きなん ですけどもわらびは人生2回目ぐらい下車 したかもしれないほぼほぼ初めてなんです けど駅前にはねこうちょっとアーケードっ ぽい感じで飲食なるものも広がっていたり 後ろにパチンコがあったりとかやっぱね 川口ってま住みやすい街ランキングで超 上位に妊してるんですけど西川口とかはね 結構ディープなお店とかも多くてそれを ちょっと引きずってるかなっていう印象 ですねなんか結構遠方の誰も行かない ところとかを取り上げる場合が多いので こういう風ながっつりの市街地をこの チャンネル取り上げの久々かも初めてかも しれないもしかしたらいいなでも本当にね 川口とかわビとかってこう駅周辺は栄え てるんですけどちょっと歩いたりとか少し バスでね東西に行くと住みやすそうな住宅 街が広がってるんでこう本当ね一軒屋とか 構えるんだったらこの埼玉の南部っていい なって僕素で思うっすねマジででこの川口 とかわびエリアって大体まあと歴史も解説 するんですけど日本の6割60%に相当 する人の方々が住んでいるって言われてい てまトリコ系の方々なんですけどもそうな のでこれ興味深いのが駅降りた瞬間から やっぱ中東県っぽい方々はめっちゃ多い です一気に多くなるいやちょっともう腹が 減ったんでまずはトルコ料理いただくん ですけどもうトルコ行った時のトルコ料理 が忘れられなすぎて本当にうまくてねそう 実はね世界3大料理の1つに数えられてる のがこのトルコ料理だったりするんですよ 中華料理フランス料理それから意外にもね トルコ料理がランクインしてるんですよ実 はねお邪魔するのはこちらハッピーケバブ さんで左下にね年合が書いてあるんです けども新数2013って書いてあります 結構できたのはね新しいんですよその紛争 によってクルド人の方々が結構本格的に 移住してきたのが1990年代ということ で結構割と最近なんですねそうなのでそう いった方々が日本でこうお店を開いたなの で割とお店の歴史は新しいメニュー見ると ですねもうトルコ行った時と同じような 感じでケバブラップからデザートまでね ちゃんとトルコ料理なんですよ結構本格的 やばいケバブだけだと思ったら結構この トルコのビールがあるえちょっと待って トルコの上流師とか結構売ってるちょっと ワンチャンこれは夜来たいかもしれない 思った以上にね種類が多いですよこれです ねメニューを見るとワインのメニューも とにかく多くて本格的実はねあんまり知ら れてないみたいなんですけどトルコって その武ドの生産量が世界5位6位とかなり 多いんですそうここねGoogle マプで評価も見たんですけど結構本格的なトルコ料理で評判もね 4.3とか4.5 とかそれぐらいだったんですよそううわフテ 京フテとかもねトルコですごく有名なお料理ですよ現地で食べましたけどねちょっとだめだこれは夜夜もう 1 回こいわうわうまそう見た感じ結構お値段もねリーズナブルな価格でどれ食べても 1000いいかないぐらいですかね で結構トルコ系の方々ばっかりなのかなっ て思ったんですけども割とね2組3組 ぐらい日本人の方でねランチ食べに来てる 方いましたよトルコって現地行くと分かる んですけどもモスクが大量にあってイサラ の教の方がとにかく多いんですよなので 教えで豚肉を食べることとかアルコール 飲むことができないんですよそなので メニュー見ても基本はラムとビーフそれ からチキン豚ポークはないんですよね 一切なくてただやっぱり日本なので がっつり現地っていう感じではないので ビールなんかは販売されてますトルコ行く と地元の傾けの食堂とか行くとねあの出さ れてないですねちょっとお昼はねまだ食べ たいのがあるんでケバブラップいただき ます ネルケバブとかシケバブとか色々なケバブのね種類がありますけどこれはラップなのでトルティアみたいな感じう [音楽] わ食べかけ失礼いたしますけどもうますぎる あのねマジで皆さんにトリコ料理食べてもらいたい中はね牛肉とそれからラム羊の肉の多分ミックスだと思いますね臭みはなくてでこのトルティアの筒の中にお肉これ見てぎっしりでしょでしっかり塩味とちょっとねスパイシーな感じ 臭み一切なくて肉の食べ応えも半端ないん ですけどこの周辺に乗ってるねこの野菜の シャキシャキ感で食感が加えられて本当に 美味しい正直ね初めて僕もトルコ1回だけ 行ったことあるんですけどその時はなんで 世界3大料理の1つがトルコなんだって 思ったんですけど納得ですよでですねあの 話し声聞いていただくと分かるんですが このお店の紅葉後はトルコ語になってます あの日本語全然聞こえないですあとは一応 クルド語という言語もあるみたいもしかし たらそっちでお話しされているのかもしれ ません で注文を取りに来てくれた方がおそらく2 世の方で多分ね中学生ぐらいの子だったん ですけども僕もじゃあこれ英語で喋った方 がいいんかなと思ってあihave thisoneみたいな感じで喋ったら ああこのメニューは今日ないんでこっちと こっちだったらありますよというめっちゃ 流長な日本語で返されてねビビったんです けども日本に移住してきた方のお子さん ですねこのトルコ系の2世の子たちは日本 語を学習してると思うんでめっちゃ日本語 ペラペラですそうなので親世代の方々の方 がまだ日本語ちょっとあの慣れてないのか なっていう感じでしたねそうなかなかに 興味深いそしてトルコの絵画がたくさん ちょっとねわさびマヨ上女優みたいなも 入ってわさびは入ってないかさすがに日本 だし違うかちょっとマヨネーズっぽい隠し 味も入ってて濃厚なんですよねとにかく 食べ応ええぐい なんかラップケバブって聞くとなんか細くてなんかペロっと食べれるようなそんなイメージ持つかもしれないですけどもすごい 1 色これでカバーできるぐらいですよかなりの食べ応えでかい [音楽] うわ来た来たこれですよトルコのねいちゃいます いやもう本当にね僕トルコの イスタンブール行った時にスタイルのいい このチャイのグラスにそれから本場の トルコでもこれお砂糖がね一緒に出てくる んですよねキータイム文化がトルコには あってで大体飲食店の卓上に日本でいう 調味料みたいな感じで置いてあるんですよ こういうお砂糖がね僕が言った時は袋で 置いてありましたけど今回ちょっと格里 食後の茶いや嬉しいマジ日本にいて茶 飲めるなんてトルコのはね一言で言うと もう超あチアチのストレートティーって いう感じなので甘味はないですねなので 角糖を1個ポンとこう入れるぐらいがいい のかもほんのり甘くなるでこのね チャイグラス特徴的ですけどもこれ1節に よるとチ中リップをデザインして作られた という風にも言われていて中の紅茶を なるべく長い時間熱く保ちつつでも持ち やすいっていうこの両方がね考慮された形 になってるんですよね ということでごちそうさでしたあのねやばいガチでうまいあのね世界 3大料理で僕1 番トリコ料理が好きなんじゃないかなって今ね確信しましたねあと会計の時にま僕色々カメラ回してたんですけどあのサービスしますって言ってくれてケバブの結構いっぱいになってケバブとイ頼んで本来 1300円ぐらいなんですけど 900円ですよ普通にランチで食べれる そうなのでトルコ料理とかああいうあの 海外のお料理屋さんって入るのね多分結構 ね抵抗ある方も多いんじゃないかなと思う んですけど1回入るとねマジで闇きになり ますからね意外といいかもしれないです さあ橋の上に来ました鉄道オタたる物ここ も絶好の鉄分補給スポット北方とそれから 東京メぶ東北本線ですからねそこで待っ てるといろんなね形をした貨物列車とかね 特急列車とか通るんで面白いですでちなみ にわび市って人口7.5万人なんですけど これあの狭さ以外でももう1個ね日本一が あってこれ人口密度日本一人口密度の高い 市町村になっているんですよまそれもその はずめという感じですけどね7.5万人が こんな狭い代形の中に密集してるって考え たらねそりゃそうださあ線路渡ってね高架 に来ましたけどどこ行ってもマジでわびね 駐輪だらけ人工の王さを物語ってますね もうあっちもそっちも全部駐輪場でチャリ めっちゃ置いてあるしはいで今回わビ観光 でお世話になるのがこちら毎なみ大チャリ ですアプリから行けるレンタサイクルなん ですけどもマジで便利ですよアプリで予約 をしてでここに車両番号が書いてあるので 8190を見つけるとあったあったあった あったこれですほらでこれの解除ボタンを パチッと押す とはいパチあの山の奥とかだとねさすがに ちょっとしんどいので使えないんですけど こういう風な兵置では僕結構利用して ちょっと正規料金乗っけておきますけども こんな感じでマジで安いです下手したら 全然バスよりも小回り効くし自由度高いし おすめ駅前を出発してプラプラっと チャリンコを飛ばしてきたんですけども もう音が聞こえる通りすぐ僕の後ろ側は 線路になってますで線路に対して壁のよう にこうそびえ立つのがこれが結構有名な 芝園の団地という風に言われています ちょっとねなんかこう開いたこの字のよう な形していてすっごいこれ高さなんです けどもこれちょっとね上からの地図を 乗っけておきますここですね本当に線路に 対して盾になるような感じで住宅がこう 敷き詰められているんですけどもここの芝 の住宅にわビに住んでいるクルド人の方々 もう半分以上住んでるんじゃねえかと言わ れるぐらいの結構外国人がとっても多い あのマンモス団地になってます中学も やっぱり英語とそれからねトルコ語とかは ないんですけど中国語で書かれてますねで は一旦ここでニュースなんかでよく聞く クルド人ってどういう風な民族方々なの かっていうのをちょっとご紹介します クルド人ンっていうのはその名の通り クルディスタンっていう地域に住む方々の ことを指しますこの辺りでトルコの東部 それからシリアイランイラクとかね外務省 のあの危険レベルで言うと本当4とかね それぐらいの結構紛争が耐えない地域に 住んでいる民族の方々なんですねこれ ポイントになるのが国境沿いのエリアに皆 さん住んでいるということなんですよこれ なんでかって言うと元々オスマン帝国って いう大きい国がこの辺りにあって1つの国 の中にクルド人の方はいたんですけどもま そこから分割が行われてそっからあの国 ごとにね独立したりとかしてですね国家を ね持たなくなってしまったとそうなので これ独立国家を持たない中だと世界最大の 民族っていう風に言われているんですよ そう色々な国にまたがってしまっていて 紛争も起きているあとは最近は比較的 落ち着いたみたいなんですけどもトルコ 政府による弾圧なんかも昔あってですね それ故え結構な方々がま難民として日本に やってきているっていう現状がありますま なんでわびなのかというとまこれ色々な 理由があると思うんですけどもさっきも見 た通り中国語でね表記がされていたりし ましたけども韓国とかそれから中国の方々 がま戦前ねこの辺りで結構物づりのあの 交場街場だったりとかね工場系が多かった んですよ軍事工場なんかがすごく多くて 海外からの人でもこう確保していたので 結構昔から川口とかわびって外国人がね 住んでいがちな地域だったんですよそうだ からそれもね理由の1つになっている みたいですねそうクルディスタンでここ わラビなのでわラビに住んでいるその クルド人の方またこの地域をまらスタンと いう風に言うようなこともま事実として今 あるみたいですねさチャリンコ濃いでです ねこう横に長いわび市のえ西側の方市役所 とかねそれからあの昔宿場だったところに 移動してきましたでここね景色のギャップ をお楽しみいただきたいと今国道17号 通ってますこれがまこの周辺のね高速を 覗く感染道路なんですけども東京日本橋と 京都三条橋を結んでいた中道ね中道の宿場 がですねこの左奥にあるんですよこれ1本 入った瞬間にね雰囲気ガラっと変わります んで分かりますかねこの道路の色が ちょっとこう景観配慮なのかな茶色っぽく 塗装されていて明らかにま一応片側1車線 ずつありますけど道幅は明らかに狭くなっ てるここがかつての中道ですよほら車交通 量相当多いですけどねでこの辺りにある 建物とかもねほら奥の方見てもらうと 分かるんですけど河ら屋根で木造住宅の ちょっとね昔ながらの建物が多くなってき ますやっぱ旧街道沿いは面白いですよね1 本入っただけで全然街並みが違うもん船橋 屋さんこちら和菓屋さんですけどここも ちょっと後で寄ろうかなすごく昔からある 建物とか変われのね歴史はかなり昔から ある死らしいですよ皆さんご存知東海道 なんかはえ東京の日本橋を出発して京都の 山頂大橋まで53次なので53個ね宿場が ありますけどもこの中線道も実はね起点と 終点は同じなんですよ東京日本橋と京都の 山条橋なんですけどもルートが全然違くて 今の高崎線とかのルートで一旦北上した後 長野とかあっちの山奥を抜けて愛知とか 岐阜あたりでこう降りてくるようなそんな 感じになってますあらそしてちょうどこの 中線の中にこの民族資料館とあとはこれ 宿場の看板あるわえあそうなんだここが 本人の後地らしいですねうわあすげえ書い てありますねわらびの本人後でわびのこの 宿場は江戸時代に中仙第2の宿駅として逆 たて書いてありますけどま起点が日本橋に なっていて1個目がね確かね板橋なんです よ池袋とかあの板橋区の板橋で次わび浦和 は大宮かなあてか手が足り手が足りない 東海道の方行くと本人の後とかね建物の後 残ってたりするんですけどわびの方は残っ ていないみたいこれはま後から整備された ものだと思うんですけどもこういう風にね 名古屋の方に抜けようとしていた方々が ここで東京を出発して人段落する場所だっ たということですよほらでこれね本人とは 一体何ぞという感じなんですけどもまこの 街道沿いをずっとこう歩いてこう当時の 方々はあっちのね岐阜とかあのチューブと か関西方面に向かっていたわけですけど あの今みたいに駅歩いてちょっと携帯で ポチポチして東洋コイン予約するみたいな そういうことできないじゃないですか ビジネスホテルとかもないのでそうなので こういう風な途中の宿泊にネ泊まりをして いたとでその宿場にある宿けされていてま 今でもなんかシティホテルとかビジネス ホテルとかなんかこうドミトリーとか カプセルホテルとか色々あるじゃないです かまあれと同じようなノりですねでここの 今僕がいる本人とつまりは本人っていうの は本当に超偉い人が止まるようなその当時 のその用人なんかが止まるような場所だっ たんですよで大体ランクがねこの4つ本人 脇本人旗子キチで本人とか脇本人はマジで 偉い人で旗ま旗屋とかは今で言うた ビジネスホテルみたいな感じで普通の旅行 客が止まる宿でご飯も出てくるできちん宿 っていうのがまなんだろうなま今で言う うんドミトリーとかそういう感じなのかな 今でいうアイベアみたいな感じでご飯も出 ずに自分でこう火をつけて段を取ったりと かするような本当に止まれる場所のみ提供 みたいなのがキッチン宿だったとここにも ね書きが書いてありますけどもやっぱり 区大名などが宿泊をしていたと場宮さんか なちょっともう存じ上げないんですけども その方がおめに行く際には休憩所になっ たりとかそれから明治ガ年うわすごい 1868本当にもう明治心のど真ん中だ 明治天皇が神社に行く時はここが休憩場に なったとうわあこの建物もねすごい古いな いやまさすがに復元だと思いますけどね 歴史民族資料館入ってみますでね皆さん 注意してもらいたいのがこういう資料関係 行くとやっぱりね旅行の奥行ってのは 広がりますただこれ大体休間日がね月曜と か水曜これ結構多いですなので平日行く際 はねちょっと注意する必要があるかもしれ ないです資料関係はね調べておいた方が いいかもしれないですね休みの日をすげえ わらびの宿場はこれ海業オープン400年 らしいですよ400年もの長きに渡りと 江戸時代の初期ぐらい前半ぐらいに解説さ れたとそうだから飲食店とか入ってもね中 にこの400年みたいな看板とかねシール ポスターなんか貼ってあったりしますねさ ここからは民族資料館ちょっと立ち寄っ ちゃいますなんか近くにあったんで フラット立ち寄ってみようかなみたいな ノりだったんですけどもここね相当貴重な 物品展示されてましたんでちょっと紹介し ますこの辺りとかもうすごいこれですね 空習警報のサイレンを鳴らす機会だそう ですこの辺りわびも当時空習が戦治中は あったようでこれなんかは一爆弾の破片 それから火災によって変形した効果とかね こんなのちょっとただで見れていいのって 思うぐらい入場量は0円でしたからね そしてトンネルのようなものにですね少年 が乗っかってるんですけどこれが暴空号 だったらしいです地面をちょっと掘ると水 が出てきちゃうんでこういう風なトンネル 式が多かったんだとかでこれがわびの全体 の地図なんですけども赤緑それから青で 示されているところが空習の被害にあった エリアになってるみたい東京とかと比べる とまあだいぶ狭いんでしょうけどもやっぱ 軍事工場なんかが結構ね密集していた みたいなので被害は受けてるみたいそして これなんかは当時期ま当期でできた主榴弾 ですってねこれね戦争末期なんかは鉄とか 金属類がこう不足した関係でこういう風な 統制の爆弾地雷なんかは多かったみたい ですね意欲は多分ちょっと弱くなっちゃう と思うんですけどもただ金属性ではないの でタでは見つからなかったとで個人的に 印象に残ったのがこちらこれね戦治中の わびの様子らしいんですけども当時のね 蒸気機関車SLが左側にいて出世兵士その 戦争にセ地に赴く方をお見送りしている シーンだそうです あんまり多分出回ってないんじゃないです かね相当貴重な写真なんじゃないかなって 思いますけども今でこそわび駅ってこんな 感じでホームドアがついてしまってます けどもこれねちょっとストリートビューを 見るとわびのホームのところねちょっと 分かりづらいんですが2段階3段階ぐらい に重揚げされているんですよねそうなので もしかしたらこの笑ビ駅の今のホームの 根この部分は当時戦事中のものがね多分 使われてるんじゃないかなと思うんですよ ちょっと鉄オ的な指定になってしまうん ですけども車両とかそれから使う人は 変われホームのね液舎とかこの土台の部分 って1000ぐらいのものそのまま普通に 残ってたりするので意外と着目してみると 面白いです これなんかもね僕初めて見ましたけども わびの旧駅舎どうやらね東口みたいです けども1960年代ぐらいまで多分ね使わ れていたんだと思います戦後からそれ ぐらいまでですね今の駅舎ね東口乗っけて おきますけどもこれとはもう比較になら ないぐらいね新しくなってますからねこう いう時代もあったんだと思ってそして さらに昔に遡るとわびのね様子を描いた この絵があるんですけどもなぜかねわらび なのにちょっと海みたいなこの水面が 広がっていてその上を船がプカプカと移動 しているわけですよこれなんでと思ったん ですけどこれわびの南側にある荒川ですね ま今でこそ橋かかっててねビーっと渡れ ますけども当時は橋なくて私がかけられて いたとそうなので板橋の宿場を出発して まずここの川を渡るの結構大変だったとで 渡って一息つくのがこのわびだったそう ですねおそして旅人宿と書いてあります けど畑が再現されてますま綿はさっき解説 した通り一般の旅行客の方旅行者が宿泊 する当時の親戸ご飯とかもねあのちゃんと サンプルが載ってるんですけど普通に めっちゃ美味しそうなんですよご飯お 味噌汁煮物それから卵いいねしっかりと タンパ質も摂取できるよ続いてこちらが ですね本人のお部屋の再現だそうですま その政府のお役人さんだったりとか偉い方 が止まっていたところですけども今で言う なんか大体1万5000円から2万円 ぐらいのいいあの夕食朝食付きの和室旅館 みたいな感じかなお料理もさっきのに加え てですね大盛のご飯にそれからお雑煮にお 魚さんなんかもついていてちょっと豪快に なってるよ さそしてこれがですね中先道のわび宿 かつての宿場の模型みたいなんですけども これが超高大なのこれご覧ください宿泊に はかつてね430件の家が立ち並んでいて でその中でね本人はたったの2件だけって いうことですからこの本人の役割の重要 さってのよう分かりますよねそしてこの わらびシを取り囲むようにして水路がね ピーっと外側敷かれてるんですけどもこれ ちょっとね動画の後半でまた詳しく解説 するので覚えて終えていただければという 風に思いますおおとちょちょちょ横断歩道 以外での道路段はご遠慮くださいさお腹 減ってきたぞこの中先道わび区のど真ん中 にあるこちらのお店ちょっとこの木目のお 店がですね江戸時代っぽい感じを醸し出し ている結構人気なお店らしいですよお邪魔 いたしますちょうどランチ時きでね13時 過ぎてたんですけどギリギリ駆け込むこと ができました 日本料理屋さんということでメニューは 天丼刺身前天ぷら定食それから限定5色の ねこの色々なお料理がついた宿弁当も提供 されているみたいです日本酒はやっぱり あの中道沿いのものなのかなと思ったん ですけど結構東北のものとかね新潟系が 多かったかなさお席はこちらです主婦が ですねこのカウンター越しに料理をして くださる1人がけカウンターのお席そして 注文したのはこちら秘密うどんセットです 日本3大どの1つという風に言われている 秘密うどんねつやつやとしたうどんとそれ からサラダそしてこちらミニ天丼うまそう エビフライもねさっきあげてもらった ばっかり揚げ立たてのものですうどん から行っちゃいますいただきます 中線道はね残念ながら日までは繋がって ないですが この日うどんがですねもう腰がものすごい ツルっツるでですごく弾力があるんですよ 見た目体とねなかなか伝わらないのが残念 ですけども氷で閉められてるのかな冷たく てさっぱりいただきましたよ富山の秘密 地方の秘密うどんですけどもこれですね 手の辺とそれから手打ち両方うどまでこの 2つの製方が使われているという風に言わ れていてなので見た目じゃ伝わらないん ですけどめっちゃ腰がありますツるっツる してるそしてこの天丼も実は江戸時代後期 発症の立記とした日本色なので中先道で 江戸を目指していた方々は途中の宿場で 天丼を食べる方もいたみたい うーんここの天丼の天ぷらはサックサクっ ていうよりかはザクザクしてるんですよ これ本当になんかね醤油味のおせべを食べ てるような感じでザクザクと食べていくと プリっぷりの身がね中から顔出すような形 になってます こちらの天丼見るとこのエビとか見るとね ちょっとこう色が濃くなってるのが分かる かと思いますで今よく食べる天丼って こんな感じで天ぷらドーンと乗せて上から 後でね梅をかけるスタイルこういう天丼が 多いんじゃないかなって思うんですけど 本場のその江戸時代から食べられている 江戸前の天丼ってこうソースにね濃厚な ソースにこうくぐらせてからボンと 乗っけるタイプがこっちがね主流なんです よそうなのでこちらのお店の天丼は おそらくおそらくなんですけど宿場にあ るっていうことで江戸前の天丼を本格的に 再現してるんじゃないかなと思いましたね 味がしっかり染み込んでるんで僕もね天丼 はこっちの方が好きなんですよもうついお に口つけてご飯かき込んじゃった 美いしかったごちそうさですさあさあ そしてカ発入れずに酒屋さんに来ました こちらも倉作り我が出身埼玉県川越にあり そうなね建物の佇まいですけどもびっくり したのがわビというね日本種があるんです よどうやら埼玉県のねお隣浦和にある坂倉 が作ってるみたいいやちょっとねこの宿場 のあの酒屋さんにねさっき立ち寄ったん ですけどもあのわビの地材あるかなと思っ て探してみたらなんとなんとねあったわび とストレートな銘柄で45瓶なんですけど もちょっとこれがね最初のサイズだったん で買っちゃったま一応わビにはクはなくて 宿場もねお隣にある浦和にねクがある みたいなんですよねびっくり埼玉の浦輪に クラがあるなんて知らなかったけど ちょっと帰りの楽しみに買っちゃったで ですねちょっと残念ながら今日は定休日な んですけどもこちらのすごい大きな建物が あるんですけどこちらがえウナぎ今井さん ですあのさっきお見せした天丼もね江戸 時代の後半ぐらいにできて結構有名な昔 からある日本料理なんですけどもこの ウナギも江戸時代の頃からね食べられてき たお料理でこれ中道とウナぎって結構密接 な関係があって江戸前のウナぎってま東京 の江戸日本橋を出てで板橋ここわび浦和 浦和まではね食べれたみたいなんですけど そこからは本格的にもう埼玉の北部山奥に 入っていくんで大体ウナぎが食べれのが 中先道でこのわびとか浦和ぐらいまでだっ たらしいんですよそうなのであのここから 岐阜とかねチューブの方に向かう方はこの 辺りのお食事屋さんでウナぎを食べてね 影響を養っていざ出発と山を超えてたらし いっすよ歴史的な建造物とかあとはねそう いう風な歴史のあるお店のところには こんな感じでねわシの場合は白黒の看板が こうポーンと建てられていて分かるように なってますねなんか結構観光しやすい 分かりやすいわいやあと面白いのがねこう 道路のところに各中道の宿場のねそれぞれ のこの絵が描かれてるんですけど鉄道 チャンネルと旅行チャンネルで各地行っ てるんで地名が分かるっていうねおこれね おって言ってこれ名古屋なんですけどね今 ではこんな感じでね本当要塞って言われて いるお液があるんですけどもね行ったわ 鉄道チャンネルでこれがずっとこれ辿どっ ていくまで繋がってるってことですからね ロマンあるわそしてテクテクと歩いている とただならぬオーラを放つ建物を発見河屋 屋根のおそらく木造かな一体これは何なん だと思って見てみるとですねあらなんと なんと民族資料館さっきのところは本管 だったんですけどね文があってで説明書き 見てみるとどれどれ明治時代に折り物の買 をしていた家をそのまま利用したものええ そんな貴重なものがこんなところにと思っ てでこれ今中道に名しているところにいる んですけども 1887年に明治20年の建物らしいです 大日本帝国憲法明治憲法よりも年上こりゃ すごいよ 中に入っていくとですねこれ入場量も かからず入場は無料 正面が庭園池になっていてでこの北部の ところにクラまメインの建物があるような 感じですね結構中は広々としている当時の かなりお金持ちの方が住んでたんじゃない かなと思いますねそしてですねここ畳のお 部屋になってるんですけどもとあるものを 見つけましたこれです 天井近くに飾られているんですけどもここ 右から読むスタイルですね新徳修業という 風に書いてあります何のこっちゃって感じ なんですけど説明書きを見るとですねなん とこれ渋沢Aさん今の1万円札のお顔に なっている方ですねこの方の時らしいです 立派な人格を持った人となるためには勉強 すべし仕事をすし中心を尽くすことで特は 進むのであるというすごくポジティブな 意味合いになってますお庭でねここを管理 する方が作業してらっしゃったんですけど もこの4文字を見に来るためにわびにね 来る方も多いそうですやっぱ1万円札にね なったっていうことで結構話題性を呼んで たみたいですね ちなみにこの畳のお部屋はちょっと入り たいなって思ったんですけども老朽化も 相当激しいので立ち入りは禁止この外から ね眺めるのみになってるみたい そして中にもね古い本なんかがあるので 是非見てってくださいとのことでちょっと 中に入ってみるとこれがですねもう古いの 同こしているちょっと手に取って見てみた んですけどもこれなんかはですね明治天皇 に関しての記述かな自体もね明治天皇まで 読み取れたんですけどそれ以降もう古すぎ て読めないんですよお顔がこう描かれてい てなんかペラっとめくってもちょっと本当 髪がねちぎれちゃいそうだったんで あんまりあの不用にめくるのやめておき ましたけども中を見ると天皇は神聖にして 犯すべらずというね明治憲法でも有名な一 がこう記されていて発行の年代なんかも見 たんですけど確かね明治代だったと思い ますよ相当古いすごいよ今あの増所 コーナーに来てるんですけどこの扉も30 になっててほら何度も何度もけ帰えられ てるで古いやつが撤去されてないんですよ ねあえて残してるんだと思いますこれ1番 奥のもう動かなくなっちゃってで何度か 付け替えられてて今疲れてるのがこれです すごいこれあえて残してるんだろうな多分 うわあ 奥の方に入ってくるとこれまた貴重な設備 がありましたよこれ明治時代の電話 ボックスと書いてあります屋内に当時あっ たものがそのままね建物と同様に残されて いるみたいで普通にね扉が開くんですよ パカッとそうすると中央にね2つ箱のよう なものがあってこれが昔100年前ぐらい に使われていた電話ボックスちょっと気に なったのがねこの電話ボックスのね入り口 のこの高さがすごく低いんですよ170弱 の僕でもちょっと頭当たってしまいそうな くらいなんですけど明治代のね男性の平均 身長150cm以台だったんで当時をよく 表してるなって思いましたねでこのシ場の 入り口のところまで歩いてきましたけども この奥の方に行ったらえ東京の日本橋方面 ですねで長線がずっと続いてきてでここで この新しくできた国道とそれから長鮮が 分岐してますここにもちゃんとね大きい席 がక్షかれてますよ中道アラビフとでま かつての中道のルートはどんな感じなのか と言うとこれねマップも調べるとね乗って ますこんな感じで大体今までの経験上こう いう風な感じのその宿場だったりとか結構 歴史的な街並が残っているところはこう いう風に道路が途中で分岐をしてねその まま街並がこう残されてるパターンって いうのが多いんですよただそうではない エリアの場合はこんな感じで正面国道です けどもここはかつての中線道ですま昔あっ た中線道を幅広くしてでも国道に変え ちゃったりとかそういうことをしてる エリアもありますわびの宿場は比較的ね 結構大部分残されている感じなんだと思い ますけどもねここが別れ目ですけどもね 本当にこの右左です全然雰囲気違うから これも面白いすよねまたやっぱ道幅もこう してちゃんと見てみると当時の道幅使っ てるんで車2車線あるけどね1車線ずつ これはね狭いよ大型車とかはまあ通り づらいんじゃないかなちょっとそうでこれ さっきもねあの博物館に行った時に全く 同じ絵があったと思いますけどもこれが わビの昔有名な方がね描いた絵だと思うん ですけどこれねわらびなのにも関わらず船 でなんか海みたいなやつを渡ってるんです よそうこれがね虎戸の渡っていうもので今 でも東戸田公園とかね虎戸駅って北田駅と か公園とか最強線の駅であると思うんです けどこのわらびの宿場って超重要だったん ですよなぜかって言うと1個前の板橋を 出ると荒川を渡らないといけないですよね 当時は荒川って川っていう風に呼ばれてい たみたいなんですけどもそこの虎戸川を 渡るべくま当時橋なんかないですから 虎戸田の渡って言って船私を使って越さ ホイサこいでこっち側ま埼玉県側に入る わけですねなので板橋からこのわらビビっ ていうのはまちょっとね一踏ん張りという か宿場の中でも川を渡るので1苦したよう な場所だったらしいですよさっきの酒屋 さんの人に聞いたんですけど中道の宿場巡 結構人気あるみたいで中には全部宿場を 巡ったっていう妄さもねいたらしいですよ おそしてこれはクラの 宿川って大きい川渡るんでね群馬県に入る のにそれが描かれてるのかなそんでこっち は軽井沢色々な宿場の絵がねこう地面に 描かれていて面白いですよおこれは有名 ですよね新井宿当時の江戸時代の街の実を 色濃く残している宿でですねちょっと昔の その宿町の頃から歴史を伝えている歴史的 なねものをちょっと多分ねこの宿場に1 箇所しかないっていう風に言われてるよう なものがねあるんですけどもそそれを見に 来ましたいやなるほどねちょっとね理解に 時間がかかりましたけどこれですこの今ね 下水路がコンクリートの板で塞がれてます けどその横にあるこちら門があるんです けどこれただの門ではないんですよね名所 があって徳まる家の羽橋という貴重なもの になってますこれ一見すると門みたいな 感じになってるんですけどよく見るとその 手前側にこれですね金具で地面とこう しっかりこの木の板が取り付けられている のが分かりますこれ元々ここ水路があった みたいなんですねさっきの資料館でも見た 通りあの宿場を取り囲むようにして水路が ずっと張り巡らされていたと思いますあの 模型で見たやつですねでその水路っていう のはま昔家事が多発していたことだったり とかあと飲み水の確保そういう風な理由で 使われていてでこれも多分水路の後ですね でこの橋は水路を隔立隔立てたこの右手 住宅ですねで開手この道路を繋ぐための橋 だったらしいですよでこの羽橋っていうの が残ってるのもうこの1箇所のみです めちゃめちゃ多分貴重なものですね縦に だいぶ長いですけどもこれがだから早朝と かになると家から外に生きする方もいたの で橋がポーンとこれが下ろされてかつて ここ川があったんですけどそこにかけられ てこっちの右と左道路と住宅を生地する ことができていたとでさらに夕方とかに なって1日使い終わると再びこういう風な 形でこうこう伸ばされていたものがポンと こう上の方に戻されてまた収納される らしいですよいやこれはすごい後ろ見ると ね人力でこれ下ろしたり上げたりするん じゃなくてロープが付いてますねこれよく 見るとほらなので多分向こう側奥でね人が 操作をしてロープを操作してであげる時は ロープを引っ張ってくるくると巻いて収納 していたんだと思いますいやすっごいな これ1箇所のみでひっそりと佇んでいて Googleップには表示されてますだ からもう宿場中張り巡らされていた水路 なんかもこういう風に蓋がされたりとか あとは土の下にね果が通されてまって言う んですけどこんな感じの字を描いて水路と か皮がね地中に埋められてで地上からだと 分かんなくなってるこれがほとんどらし いっすねいやいいもん見れたこれはすごい わちょっとマジ穴葉観光って感じそうこれ さっきの博物館にあった写真なんですけど もこんな感じの水路がバラビの宿周辺一体 ですね至るところに張り巡らされていた みたいですここにも書いてある通り現在で は安居となっていてあの地面の下とかにね 水路は埋められちゃってるみたいさそして ね結構この時気温も厚めだったんでまじ屋 さんこちらのお店でちょっと昇給しアイス コーヒーをいただきます 建物はね結構こう新しそうな感じですけど もこのまじ屋さんもなんと店舗年間創業 ですあの店舗の改革でお馴染み店舗年間 江戸時代後半の言号ですね創業はとても 古かったりしますそういうお店が多いのが 宿周辺色々ねメニューがあったんですけど も頼んだのはアイスコーヒーとこちら たまに無償に食べたくなるんですよね本当 はねずっと江戸時代の頃から続くおせべが 有名なお店だったみたいなんですけども ちょっとたまには自分の好きなもの食べ ちゃおうということ で密うまいねでこの網密の中にこの観点と それからつぶとか色々入ってるじゃない ですか特に好きなのこれ2色のねピンクと それから緑色のやつ入ってるじゃないです かお餅ちみたいな食感でねあの僕も名前 知らなかったんで今回調べてみたんです けど牛皮日って言ってお餅ちとはまた別で 持ち米に砂糖とか水飴とかを混ぜたもの みたいこのもちっとした食感がねたまらん のですわうわ食べて休憩してたらだいぶ 涼しくなってきましたねではではここから はねさらっとま軽くではありますけども わら市にある大きい神社をね2つ紹介し ますまずこちら三岳ですいやこれびっくり するのがねこの結構完成な住宅街の中に もうかなりどでかいこれ神社があるんです よでけえないつもね赤羽とか大宮とか湘南 新宿ラインとかに乗ってね生きしてます けどま通ってはいましたけどもこんな でかい神社があったとはねやっぱ来てみ ないと分からない発見ってのは旅行って ありますからねいいねうおすごいねここ から入るのかなうわうわ待って待って待っ て待ってでかでか すっげえこれが山岳というジーンになって ます立派な作りやこれで新言州のねジ員 みたいなんですけどもあの双剣はいつだか 分かっていないなぜなら燃えてしまって いるからなんですねただねハ電の奥にある 本存の11面観音が平安時代ぐらいらしい んですねナウぐイス平安鏡なので794年 平安時代の後期とかなんで今から1000 年前ぐらいの本尊がこう祭祀られていると いうかねあの暗置されているとなので水定 でも相当前数百年前のらしいですよこれは 立派だ平安時代それ以降ですね鎌倉時代と か江戸時代の頃にはここ修行の場だった らしくて数多のね修行層の方がやってきて 優秀な僧侶を排出したそんなチーンらしい すよ立派だねでも作りは本当になんか すごく新しそうな作りしているので立て られたのは割とま最近と言ってもねあの 明治時代以降とかねそんな感じなんじゃ ないかなさあで敷地内めっちゃ広くて奥の 方に来ましたここあのぶっしゃりって言っ てもうなんか六角形のおみくじみたいな形 をしてるんですけどもま偉い人のお骨をね 収めるようなところぶっしゃりって言う んですけどここ昔の中国の層現状っていう 方のねお骨が納められてるっていう風に 言われていてこれね私たちにもちょっと 関係がある方なんですよここ説明書きあり ますけど孫悟最有機って書いてあります けどもこの現状という方は何をした人 かって言うと中国からインドに渡ってです ね飛行機とかないですからね飛行機とか 全くない時代にインドに渡ってで仏教の 協点とかね色々な書物を持って帰ってきた 仏教の発展に大きく貢献したっていう風に 言われている方で実はこの最有機のモデル になったと言われている方なんですよね 各僕もそんなに見たことはないんですけど も聞いたことはね最勇機なんてもう絶対 多分日本国民ね知ってる方ほとんどだと 思うのでそのモデルになった方の骨がね ここ暗置されているでこれなんでその中国 の偉い人の骨がここにあるのかというと これもちょがるんですけど最近僕ね動画は ねあげてないかな今中国の南金に行ったん ですよその南金で昔この現状のあの骨ま 異骨が発見されたみたいなんですよ日中 戦争で日本と中国が戦争した時に当時の 中国の首都であった南金を日本軍が落とす わけですよそんな戦争中に南金で日本軍に よって骨が発見されたとでそれをどうする か色々議論が交わされた結果分骨をし ようってなってえ日本に持って帰ることに なって本当は増場寺にあったんですよね 東京都にあったんですけどもちょっと空 来るからワンチャンやばいということで 埼玉に持ってこられたとそしてここに納め られることになったという風に言われてい ますものすごい歴史だからただ単にこれ だけ見たらなんかあおみくじみたいな綺麗 な建物ってなるけど歴史を知ってたらその 背景がぐンと広がるじゃないですかで僕 このチャンネルあんまり最近長期間海外 行かないこともあるのであの旅行 チャンネルに直せばいいじゃんっていう声 もねあるんですけど世界旅行チャンネルっ ていう名前にしてるのはこれが理由なん ですよ日本の歴史日本市ってのはその世界 史を学ぶことで海外の国の歴史を学ぶこと でめちゃめちゃ奥行き広がるのでこれから もやっぱり世界規模地球規模で日本だけ じゃなくて外の歴史を知ってより深い日本 の歴史も触れていきたいということで世界 旅行チャンネルでえこれからやらせて いただきますよろしくお願いしますさあ ありましたもう1箇所ここもなかなか興味 深いですけど鳥がありますねさっきのはジ お寺でしたけども今度は神社ですわび神社 こちらですああやばい蚊がすごいよ ちょっとちょっともうね蚊がきすぎちゃっ てこのシーズンはあったかくなってきたん でねああしてこちらですわらび神社あの 駅名とかで使われている1文字のわびでは ないんですよねで特にこの真ん中です わらビの楽の字が今のねこういう風な感じ じゃなくてこういう風な難しい格数の多い 感じが使われてるんですけども9時対 1000ぐらいまでよく使われていた感じ ですねでここうわわわ うすご明治44年に撮影された写真とかが そのまま残ってしかもえめっちゃ高画質 こんなに鮮明に明治時代の人の顔見れるよ すごいこれ双剣地帯はね室町時代らしい ですよ相当 古い神社みたいでここにも書いてある通り 足将軍の一族渋川市この方がま昔わび城お 城もあったみたいなんですけどもその 守り神として神様を祭ったそれがこのわび 神社の発症らしいえすげえ参拝者駐車場右 なんですけど車のお払いって書いてある どういうこと車をもうお払いできるのかな 向こうの方に行けって矢印書いてあるけど ねあそこ通るってことなのかな分からん うわあ美しい鳥がすごく多くて緑豊かで この歯がかれる音が聞こえるいいねすごい ちょっとなんかね僕の頭情にこういう風な なんか糸みたいなやつが分かりますかね カメラでこういうの糸糸みたい目では ちょっと見えないレベルの糸がねこう頭情 に張り巡らされてるんですけどここカラス がね相当いるみたいでこんな感じの張り紙 があるんですよちょっと怖いね確かに頭 うわめっちゃか柱あるしかも頭常にカラス の巣みたいなやつがあるし怖いあら美しい ね木造すごく歴史は感じますけどでも整え られていて後期なそして高級感清潔感の ある神社ねわび神社わらびにはたくさん 神社があったみたいなんですけどその神社 を1つにガッとまとめたのがわらび神社だ そうですそうだからこのわらび周辺地域の ね方々の賛同を得るのには割と時間が かかったみたい明治代の頃明治心の頃に 新父分離っていう考え方とあと新法国境家 っていう考え方があったんですよ分離は4 で字のごとで仏教と新党を分離させよう 完全に分けようというやつで新党国境家 っていうのは神社のこの神様をこう崇める この新党を日本国の宗教にしちゃおうぜて 新党国境がでそれで国を一個にまとめ あげようみたいなことをしていたんですよ でその中で僕もこれ最近知ったんですけど 神社合併って言ってま神社地域に数ある 神社を1個の大きい神社にそれを集結させ ようっていう神社合併っていう考え方も 明治後期にあってでそれが行われたのが ここらしいです全部だからわびの神社が ここに集まってるんだと思いますうわ ちょっとすごいちょあんまカラスがいるん でね近寄りづらいんですがここに銅像が あるのが分かるかと思いますこの方乃木 ま助さんですねあの日路戦争日本とロシア が戦争した時に今の中国大陸のね呂って いうところで呂神攻防戦も大激闘をね 繰り広げたんですけどその時の指揮官の方 1番偉かった方ですねこの方の大きな力に よって日本はその戦いで勝つことができた と今の乃木坂なんかもね駅であったりそれ からアイドルグループであったりします けどもそのルーツとなってるのはこの 乃木助さん乃木助さんのお家乃木がその 東京の近くにあるのでその前の坂が乃木坂 という名前になってそこから乃木坂駅が 出来そして乃木坂46ができたとすごいよ ね全部繋がってるんすよねこれの木間 レ輔助さんが活躍をした攻防戦ってね戦い が行われた中国のね呂っていう場所今でも こんな感じであの海に向かって大砲設置さ れていたりしますけどもね現地行きました からねまた繋がったよ歴史がおれえおれえ よ歴史さあさあお次はですねちょっともう 横浜のね裏観光っていうこんな感じの動画 を前あげたんですけどそこからちょっとね 僕戦頭巡りに若干はまってましてこういう 風な街にある戦闘って意外と歴史あったり するんですよわびにもあるんですこの景色 の写り変わり注目をしていただけたらと 思うんですけどまここ相当車通り多くて 新しい住宅地が広がってるんですけどどう やらこの辺りにうわすっげあったあった あったあったあったあったうわありました こちらやばいさっき僕が立ってた道路から マジ徒歩15秒ぐらいのところにあるん ですけどこれが死偽戦頭亀の湯さんです まず注目すべきはこの入り口の屋根ですよ ねマジなんかこう韓国風センターパート みたいな髪型ってか屋根の形してますけど これ色々このチャンネルでお寺とか言って ますけどもカラハフっていう建築様用式 ありますよねこんな感じの多分それをてる んじゃないかなと思いますすごいこんな 住宅街の中に佇んでいて違和感やばいです けどこれね双剣がなんと1932年日中 戦争のさらに前とかですからねで ちょこちょこ内装は回してるみたいなん ですけど全体の改築はしていないみたいな のでもしかしたらこの建物マジぐらいから あるやつなのかもしれないすっごすぎる ちょっとお邪魔します ふうお風呂上がり天井もすごく高くて解放 感があって男湯と女湯の間にこの岩が スペースがあって漫画とかもね置いてあり ますよテレビも流れてて でバダというかねあのスタッフの方に写真とか撮って大丈夫ですすかって聞いたところオッケーをいただきまして撮っております 瓶のコーヒーとかはなかったんでね今回は水で水分補給ちょっとこの後ねまたトルコ料理食べに行くんでねお腹をかせておかないとそして地味にありがたいの このうちはねお風呂上がりはね体温上がっ てその上がった体温でまた汗をかいて髪が 濡れてしまったりするんでね内輪は地味に ありがたい このチャンネルでは結構最近ね下町ちの 戦闘とか紹介したりしてるんですけども昔 の方々はこうお風呂のないお家とかもあっ たのでこう地元のねこの周辺の近隣の方々 が夕方になると一斉にこうやってくるなの で靴箱それからこの葛の数も多いっすよね いやあめちゃめちゃ気持ちよかったです まず入るとフロントがあってそこで受付し て女とで別れるようなスタイル昔はね番台 もあったみたいなんですけども回収工事が 一部施されて番台廃止されたで営業案内の ところにねしっかり書かれている通り ちょっとねこんな感じでですねジェット バスがめっちゃ多かったな用のジェット バスが5種類ぐらいあって電気ジェット バスみたいなやつと座るタイプのジェット バス立つタイプのジェットバス高圧の ジェットバスとかめっちゃあるんすよで 大きい浴草もあってこれすごいのがね天井 高くなってますけどもお風呂入って湯分で 疲るじゃないですか気持ちいいつってで図 を見上げるとね天井めっちゃ高くてで白と 緑色で塗装されてたんで分からなかったん ですけどよく見ると全部木それできてるん ですよ屋根はだから多分前からのものなん じゃないかなと思いますであと水ブロと それからミストサウナとドライサウナが 男女でそれぞれ1つずつあってそれが交代 交代で今日はドライサウナあったので サウナ1発かましてでサウナ入る時の個人 的なおすすめなんですけど夏って結構 めちゃ暑いじゃないですかでお風呂上がっ た後も汗ばんだりするんでサウナ入ってで 水風呂入りますで金キに冷えた状態で 上がるとこれね結結構おすめです体 しっかり冷えるし涼しいしあの汗もね 上がった後だらになんないんですよいや しかも水風呂の温度もすごくちょうど 良かったしもう1セットぐらいサウナ行っ ても良かったかもしれないマジで気持ち よかったでしかも金額が500円です超 安いでバスタオルを借りても1枚20円と かなんで520円とかで入れます最高経済 的木も落ちてきてわび駅前のブ銀通り商店 街もギラギラと明りが灯ってまいりました こっから先はちょっと行きたいお店がある のでちょいと移動です駅から1駅南 へで時間ある時僕このJR東日本の液タグ スタンプをねちょろちょろっとこう集めて たりするんですけど結構ねスタンプの中 こういう風なイラストを描かれていてあの 新しい発見とかあるので面白いですよ 例えばこのスタンプの1番上のところこれ 実はねわび市って成人式発症のうちという 風に知られているんです元々は青年祭と いうイベントでこれ第1回目の様子みたい なんですけども1946年戦争に負けて国 全体が割とこう脱力ムードだった時にです ね未来を担う若者の背中を襲うぜという ことで開催されたのが青年祭これが今の 成人式につがっているなのでわびでは成人 式という名称を使わずにその大元となった 青年祭という風な名前を今でも使い続けて いるみたいなんです埼玉で生まれ育って 早や27年初知Sirりでした はいということでお腹もちょっと減ってき たぞ1駅移動して西川口駅の方にやってき ましたあれですねわビよりも西川口駅の方 がま今降りてきた感じだと海外の方多い ですね特にあの中国語あとはねトルコ マクルド人の方々多くてもうね僕の後ろで 聞こえる言語が皆さんあの喋ってる言語が 日本語よりも全然外国語の方が多いんです よこれがやっぱ新鮮ですねさあそして到着 しました西川口で来たかったトルコ料理の お店ここえハウスバーレストランさんいい 感じのお店でここのお店もねどうやらあの 開業したてほやほや新しい店舗みたいです やっぱあの移住車が増えて最近になって オープンするお店も結構多いみたいすよ お邪魔しますうわこれトルコで食べたわ あだ名ケバブこれ現地でもめっちゃ有名 なケバブっすねわちょっと待って種類多く て迷うよ朝行ったお店よりかはメニューは ね控えめですけどもこのドリンクメニュー ねビールの他にこちらラクこれラクって トルコのね結構有名な上流なんですけども 動画にはしてないんですけどトルコ行った 時飲んだんですよちょっと今日飲もうと 思ってまとりあえず1発目はこいつでやら せていただきますはいねけんさっぱりして てうまいんすよねそう風呂上がった時に水 しか飲んでなかったからこいつでしっかり 水分補給 日本のビールよりもあっさり水っぽいんで このちょっとあったかくなってきた5月 ぐらいにはねハイ根県最高ですでこちらの お店にもねトルコの絵画なんかが飾られて てかなりオシャンティ うわあ来ましたいや本場で食べたの結構似 てますよこれ 串シっていう料理でトルコでシって串っていう意味があるんですけどもシカバブシケバブなんかが結構日本では言葉として有名かと思うんですけどもあの羊の串焼きなんで死ケバブという風に言うとだ今回ね羊の肉結構人気でなかったのでチキンの串焼きダークシト本場でもねうわうわうわうわ美いしっすてめっちゃ香ばしい匂い [音楽] しますねトルコでもやっぱ羊の肉が確かに メインではあるみたいなんですけどただ あの鶏肉豚肉はね食べれないので鶏肉とか それからビーフ牛肉なんかを使ったこの 串焼きが出ること結構現地でもあるみたい ですもうあれですね串焼きで焼かれていた はいたんですが串が取られてる本番はね串 のまま出てきますこれでそうそうこんな 感じのあのトマトとか玉ねぎそれから キュウリ あえてあるこのさっぱりしたお野菜と一緒にいただくんすよねうわやばちょっとわびでトルコ旅行できると思っていなかったぞうまいですねチキンは身がめっちゃ詰まっていて現地で食べたお肉はちょっとね辛くて油も多かった印象なんですけどチキンお肉さっぱりですねで見た目かくなくてちょっとスパイシーな味付けになっているのでま多分日本で提供するっていうことで日本人向きに多分味 合わせてるんじゃないかな すごくさっぱり食べれるお肉でこのお野菜もねビネガーソースかなんかを会えてるのかな?ちょっと酸味のある そしてシャキシャキとしたね新鮮なお野菜 でこういう風に包ん でこれチキンとセットで出てくるお野菜な んですけどもトマトそれからピーマこれね 現地でも付け合わせで出てきましたでこれ がねチキンと一緒に食べると美味しいん ですよキーピーマンとトマト両方とも一部 はこういう風に結構焦げがつくぐらい こんがり焼かれているので中ね水分が結構 ジュわっと出てくるので外は香ばしいけど 中はねすごく柔らかくて火が通ったような ねトマト甘みとか果物のような水みしさを 感じながら食べることができるとこ意外と こうの付きやうまいんすようんうまいね 玉ねぎとかも結構甘い甘味が強いなんか 日本で食べるサラダとかに味は近いかなっ ていう感じで現地で食べた時は玉ねぎ が辛くて辛くて食べれなくて残しちゃった んですよそうなのでまどちらかっていうと 日本人向けにアレンジされたトルコ料理て いう風なのが近いのかもうまい [音楽] いやあそして注文しちゃった2 杯目にいただくのはこのちょっとシャイのようなね器で入ってくるこれラキーイヤニラキーって書いてありますけどトルコでこれ楽っていうお酒になってます [音楽] ちょっとカルピスのような見た目してるん ですけど楽っていうのはこんな感じで ボトルみたいな感じになってますでこれ イスタン空港とかトルコの空港行くと面点 にいやってほど置いてあるんですけどこれ は上流なのであのモッカとか人とかの仲間 ですねで見てみると楽単体のやつを見ると 無職透明の色をしているんですよでこれ楽 自体はぶドを原料としていてブドに工防を 入れて発酵させて作る蒸流でこれ不思議な ことにこれ今ね水と氷が入ってるんですよ でなくって元々は透明なんですけど水 入れるとこういう風にカルピスみたいに 白く濁るんですよね不思議なことにねそう なのでライオンのミルクって言われている ぐらいトルコでは超有名ポピュラーなお酒 になってます と言ってもそのちょっと午前中解説しましたけどオスマン帝国とかそういう風な時代からある超歴史あるお酒になってますからね これがね本当に不思議な匂いでなんかぶどねミンティアと歯磨き粉たようなそんな匂いなんですよ いただきます [音楽] いいねうまいね [音楽] [音楽] これはあの匂いで表現した通り本当にあのミンティアとそれからブドを足して割ったようなアルコール飲料になっていて結構ね水で割ってると思うんすけど下がしびれます多分 20°ぐらいはあるんじゃないかな日本酒よりも数は高いのでちょっと気をつけないとうんでもねやっぱり僕は好き美味しいねいいねやっぱ店員さんが取る頃ね [音楽] 多分人の方なのかなんですけど僕は1 人でニコニコしながら飲食してたらねニコって向こうも微でくれる海外の方って結構目が合うとねニコニコっとしてくれるんでねなんかいい気分になっちゃう独特だ なんかちょっとね眉間にし寄せてまずそうな感じで飲んでるけどそんなことはないですよ あの日本だと本当に馴染みのないような味 なので結構あの味わって飲んでるっていう 感じでしたね帰りはお店の人とちょろっと こうお話するとですね本格的なC車それ から裏手にはトルコのお酒びっしりです いい経験させてもらいました本当また トルコ行きたくなったごちそうさでした いや美味しかったトルコ料理ということで え西川口駅戻ってきました今回はえ日本一 小さい市わ観光いかがでしたでしょうか 本当にね昔の宿場とそれからクルド人の 方々によって形成されたコミュニティって いうことでちょっと海外旅行気分とそれ から国内のね日本の歴史も堪能することが できてすごくね面白い旅になった正直その 訪問する前はもうどうかなとかあるのかな と思っていたんですけどね正直でもすごく 面白い刺激的な旅になりましたしま クルド人問題っていう風にニュースでね 取り上げられることありますけどもでもま 少なくとも僕が入ったお店のねそういう風 なクルド人トルコ人の方々はとてもあの 規作でいい方でしたねまた新しい発見に なったかと思いますということで今回の 動画はここで閉めたいと思いますまた次回 の動画でお会いしましょうありがとう ございました帰ります

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(チャプター)
0:00 OP
3:09 移民経営のケバブ料理🇹🇷
11:57 蕨・川口に住むクルド人とは?
14:36 中山道の宿場町
19:11 宿場町・空襲の歴史
25:20 中仙道 山あつ
31:21 明治から受継ぐ木造家屋
35:48 中山道 蕨宿
43:17 平安時代ルーツの三学院
47:55 神社合祀を受けた和楽備神社
52:37 唐破風のレトロ銭湯
58:36 川口のトルコレストラン
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<キーワード>
埼玉,クルド,ひろき,旅行,世界旅行,鉄道,ひとり旅,

40 Comments

  1. 蕨の駅前に「イトーヨーカ堂」当時がありました。今もあるのが知りませんが…
    屋上「遊具施設」で遊んでいたら「風に舞った」1万円札が数枚飛んで来ました。拾って駅前交番に届けて、半年後「5万円全額いただき」ました。もう50年ぐらい前の事です♪
    良い思い出しかありませんね〜

  2. 57年間、蕨市に住んでいました。今は川口市に住んでますがこの動画で紹介されているものはよく知っているところが多いですが、ケバブのお店には行ってみたかったです。蕨をあげてくださってありがとうございます。😀

  3. 鳩ヶ谷市は川口市になってしまいました…蕨市は合併されず残っていてくれて何か嬉しいです遊びに行きますね

  4. 通勤時蕨駅利用者です、いらっしゃいませ。来てくださり嬉しいです。
    ずぅーと気になってた店が出てきたので今度行きたいと思います!そして、中山道、出身地も関係しているので興味深く拝見いたしました。
    ありがとうございます♪

  5. 3大うどんは稲庭、水沢、讃岐うどんじゃないの?氷見うどんも有名だけど…諸説ありってやつか?

  6. 外部がネガキャンしまくってるけど平和な街。利便性も高いから人口も増え続けてる。

  7. 誇るたり(ほるるたり) 歩いたり(ありいたり) 泳いだり(おるいだり) 呪いたり(あるいたり) 東(あずま) 乾菓子(ひがし)
    誇っている(ほるっている) 歩いている(ありいている) 泳いでいる(おるいでいる) 呪いている(あるいている)
    納める(おほめる) 収める(あろそめる) 修める(あろそめる) 治める(あろそめる) 納める(あろそめる) 蚊(ひ) 日(か)

  8. 50年くらい前まで蕨在住でした。小学校が和楽備神社と三学院の間にある北小学校でしたので寄り道の通学路でした。亀ノ湯がまだやっているんですね、近所の銭湯が休みの時には亀ノ湯へ行ってました。

  9. ええーー!お隣の川口出身なので蕨紹介されてちょっとびっくり!!

    とは言え近所なのに蕨全然行ったことないので今度行ってみます…🥹
    (北辰テストで武南高校行ったくらいです…笑)

  10. 夜勤から帰るとそれとなく必ず観るチャンネルなんですけど喋り口調は大好きだし、日本や海外の歴史までとても勉強になるので見ていて本当楽しいです

    これからもどうかお身体にはお気を付けてご活動下さい。陰ながら応援しています。
    いつもありがとうございます。

  11. まさかの蕨❗
    隣の西川口出身なので、嬉しく思っていたら、最後にも登場してびっくりでした😊
    住んでいたのは大昔ですが、生まれ故郷の思い出深い地です。
    蕨の方の💬が多くてびっくり😮

  12. 中山道面白い!街道巡りしてほしいなー!
    落ち着いたしゃべりで今回も面白いです!
    でもいつも「ワンチャン」の使い方が気になるよ!
    「空襲くるからワンチャンやばい」はおかしいでしょ〜!

  13. 学生時代ゴリゴリのサッカー部だったので、武南高校のお陰で蕨市を知ることになりました。

  14. 蕨市にクルド人が多くなってるのはおそらく川口市の影響だろうな。
    川口市はもう外国人の吹きだまりで最恐に治安の悪い街。
    そこから蕨市にもクルド人が流入してきてるんだろう。
    動画内でクルド人が増えてトルコ料理店も増えて来てるとか喜んでるが、そんな喜んでばかりもいられないと思うぞ。
    結局蕨市にクルド人が増えているって事は蕨市も川口市並に危険地帯になって行く可能性が大有りって事だと俺は思うけどね。

  15. 昔は蕨市、鳩ヶ谷市(現川口市)、与野市(現さいたま市中央区)と
    狭い市の上位が埼玉県で占めていました。鳩ヶ谷駅が無い時代は
    蕨03蕨駅東口~鳩ヶ谷バスセンター(浦寺操車場)が満杯でした。
    (現・蕨03蕨駅東口~イオンモール川口前川~鳩ヶ谷商店街~新井宿駅、蕨03-2蕨駅東口~イオンモール川口前川~鳩ヶ谷駅西口)
    埼京線が無い時代は増14蕨駅西口~成増駅北口(笹目橋)、赤07蕨駅西口~赤羽駅東口(戸田橋)、高島平地区行(笹目橋)、
    途中の戸田市内で乗り降りがありました。増14下笹目~笹目橋~成増駅北口に変更。その他は廃止。
    東口はイオンモール川口前川循環かなり利用あるようです。
    西口も一時期東口駅前のイトーヨーカドーが錦町に移転で送迎バスのサービスがありました。
    経営苦で送迎バス終了、お店も撤退で蕨市からイトーヨーカドーは無い状態になりました。
    降車停留所が東口のみずほ銀行前(蕨市)時代は乗車場に行くには商店街を走行していましたので路線バス大変でした。
    今の場所は川口市です。川05、川08、川09蕨駅東口~川口駅東口(経由地違い)で3系統ありましたが、
    今は路線再編成をして川05のみですが、本数が少なくなりました。代替で蕨01上根橋循環、蕨01ー2上根橋行が
    本数が多いです。

  16. 昔からの市長の主義でムダな公共事業をやらないということで
    やたらとボコスカ高いタワマンはありません
    なので隣の川口みたくゲリラ雷雨の発生源になりにくい
    蕨神社も結構歴史長いらしい
    昔日本信号の社宅がたくさんあったせいか高齢者は港区出身の方が多く品がいい
    ちなみにいいのか悪いのか成人式日本で初めてやったのも蕨市らしい
    クルド人で問題になる前はワラビスタンと呼ばれていた
    気のせいか川口市のクルド人よりおだやかな人が多い
    トルコ料理屋にあるイエニラク、通称ラキはおそらくカルダモンのリキュール
    クセありますが結構うまいです
    加水すると白濁する不思議な酒
    中東系のお店のいいとこはラムとかマトンが食える

  17. 30:58 中山道小田井宿は長野県北佐久郡にあるもので、名古屋地区の小田井とは全く別ですよ!

  18. ハッピーケバブの建物はたしか全部クルドの関係が入っている建物なはず。
    そういえば、川口や蕨の警察は外国人を捕まえても、検察が不起訴で解放してしまうので、面倒だからあまり関わらないらしいですね。
    ソースは、微妙なタイミングで歩行者妨害で交通違反で切符切られた友人が、その際クルド解体事業者の過積載の問題を指摘したら、そう言われたそうです。
    以前西川口のベトナム人研修生の資格外労働について自分も指摘したのですが、理由は同じでした。
    もう日本の司法もどうなっているのか?蕨西川口近辺の治安は本当に乱れてきています。
    埼玉出身のひろきさんが知らないで行くはずもなく、紹介する事で他の人に訪れてもらって問題を体感してもらう問題啓発的意味も含めているのでは?

  19. 蕨駅前のシティータワー住んでいました。夜、ゴミ捨て場から見る電車はとても綺麗で胸が躍ったのを覚えています。今は三鷹に住んでいて行くことが一切ないのでとても懐かしく感じています。ありがとうございました。

  20. クルド大国やん。  駅周辺は本当に治安が悪い。

    夜に歩いてみな。野蛮なクルド人いっぱい居るから。

  21. theALFEE高見沢俊彦、工藤静香が確か蕨市出身じゃなかったかな?間違っていたら、コメントよろしくお願いします。

  22. 青年祭が最初の頃ですぐに成年式に変わりました。
    今でも「成人式」とは言わず、会場の市民会館も「成年式」となっています。
    一般的に言われてるのは
    成人式発祥の地
    人口密度日本一
    日本一狭い市
    五十音で出てくる最後の市
    こんな狭い所なのに案外芸能人とか多い。
    高見沢俊彦さんは先輩で、勝村政信は後輩。
    昔、蕨を有名にしたのはジャズの坂田。
    時計のCMかな?で「ニューヨークタイム、ワラビタイム」ってやつ😊
    その後、更に有名にしたのは元ヤクザの「蕨郵便局立てこもり発砲事件」。

  23. 昨年まで蕨に4年住んでました。
    転勤族で首都圏4県6地域に、住みましたが、
    蕨市がダントツで民度が低かったです。2度と行きたくないです。
    (特に蕨駅周辺の川口エリア)

    移住の方ではなく、
    在住の日本人の品位がとてつもなく低く、驚きました。
    若年層から高齢者まで
    公的な感覚を逸脱した方の割合が多いです。

    同じ埼玉でも、西(西武線沿い)とは雲泥の差でした。

  24. 父親の親友であり電気設備会社の社長の実家が蕨市にあったそうです。
    有名人では高見沢俊彦さんと星野源さんが出身者として知られています。

  25. 面白かったです。そして単純に動画の作りが上手くて完成度高すぎます。どんな街、国でもPR動画やドキュメンダリー作れちゃいますね。

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