キャンピングシェルで行く沖縄車中泊旅行49渡具知ビーチ 米軍上陸の地#shorts#渡具知ビーチ#米軍上陸の地

渡具知ビーチに来ました。 読谷村の泊城(トゥマイグシク)公園にあります。 駐車場、売店、シャワー、トイレなど、 設備が整っており、 東屋ではバーベキューが楽しめます。 ちょうど高校生らしきグループが、 バーベキューをしていて、 「もう一泊したーい」と叫んでいました。 トゥマイグシク公園の小高い丘の上に、 梵字碑と米軍上陸の地碑があります。 ここには三つの石碑がありました。 碑文の全文は説明欄に貼っておきます。 梵字碑です。 第二次世界大戦末期、1945年4月1日、 米軍は沖縄本島に上陸しました。 この上陸作戦の主な拠点が、 ここ渡具知海岸で、 米軍はここを「イエロービーチ」と名付けました。 そして、沖縄地上戦が始まったのです。 この「沖縄戦」によってなくなった人は、 沖縄の住民9万4,000人、 沖縄出身者もふくむ日本軍約9万4,136人、 米軍1万2,520人といわれます。 今はこんなに穏やかなビーチ。 このような悲劇が二度とおこらないことを、 願うばかりです。

石碑の碑文
【2枚目の碑文(20241209_115102.jpg)】
勿為沖縄戦
昭和二十年四月一日、米軍はこの地、読谷村の西海岸から沖縄本島に上陸した。
沖縄は鉄の暴風といわれ、緑豊かな故郷は、やがて一木一草焼き尽くされるという悲惨な地上戦があった。
巻き込まれた住民、その上戦いに命を失った幾多の兵士、どの命もかけがえのないものである。
この美しい海岸が、二度と再び上陸の地とならないように、太平洋戦争、沖縄戦終結五十周年を期してこの碑を建立する。

一九九五年十二月
沖縄県読谷村

【3枚目の碑文(20241209_115124.jpg)】
上陸後前線部隊への軍需物資などを陸揚げする米軍。
この碑の建つ付近から比謝川の河口部・旧渡具知港を望む。対岸は現在の嘉手納町。

梵字碑とは、中世(鎌倉〜戦国時代)に大流行した供養塔の一種です。 多くは使者の菩提を弔うためや、願主が生前に死後の法事を営む「逆修」(ぎゃくしゅ)のためのものです。 関東では、板碑(いたび)と呼ばれ、緑泥片岩ですが、当地方ではほとんどが安山岩系の自然石を用います。

🌴渡具知ビーチ紹介|美しい海と歴史が交差する場所【沖縄・読谷村】
沖縄本島中部・読谷村に位置する「渡具知(とぐち)ビーチ」は、透明度の高い海と白い砂浜が広がる、美しいローカルビーチです。観光客にも地元の人にも親しまれており、リラックスやレジャーに最適なスポットです。

ビーチの設備・魅力ポイント
駐車場完備(無料)

シャワー・トイレ・更衣室あり

BBQ施設(予約制)

海岸遊歩道が整備され、散策も楽しめる

夏季はライフセーバー常駐で安心

波も穏やかで、お子様連れのファミリーにもおすすめです。夕日スポットとしても人気があり、ロマンチックな時間を過ごすこともできます。

⚔渡具知ビーチと沖縄戦の歴史
しかしこの美しいビーチは、かつて激しい戦火に見舞われた地でもあります。

1945年4月1日、アメリカ軍は沖縄本島への大規模な上陸作戦を開始し、渡具知ビーチ周辺の西海岸がその主要な上陸地点となりました。この「沖縄戦」は、日本国内で唯一の本土決戦であり、住民を巻き込んだ凄惨な地上戦が展開されました。

ビーチ近くには当時の様子を伝える石碑があり、「この美しい海岸が、二度と再び上陸の地とならないように」との平和への祈りが刻まれています。

この動画では…
渡具知ビーチの現在の美しい景観
ビーチ周辺の設備・施設紹介
沖縄戦の上陸地点としての歴史
戦争慰霊碑の解説と現地映像
を収録しています。

#渡具知ビーチ
#米軍上陸の地
#沖縄地上戦

1 Comment

  1. こんばんは😃🌃
    綺麗で穏やかなビーチを見ていたら突然涙が出てしまいました😢
    もう一泊したいと言える日々がいつまでも続きます様🙏

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