尾道水道が紡いだ中世からの箱庭的都市

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  1. 昨日2025年5月25日、香川県小豆郡小豆島町の「田浦の分教場」へ行ってこの目で確認してまいりました。

    「旧内海町立苗羽小学校田浦分校」として昭和46年(1971年)まで実際に使われていた教室の後ろの壁に「桃栗三年柿八年 梨の大BK十八年 壺井栄」と書かれた石碑の拓本が額の中に飾って展示されていました。

    1983年7月16日劇場公開の映画「時をかける少女」の主題歌2番に登場する少女とは、「まっちゃんこと川本松江」に相違ありません。

    2025年3月7日劇場公開「35年目のラブレター」の塚本連平監督は、西畑保さんという実在する人物に「川本松江」を重ね合わせ、家庭の事情によって学校へ通えなくなってしまった松江に大石先生がプレゼントした「ユリの花が描かれたアルマイト加工の弁当箱」のオマージュとして「万年筆」を何度も何度もスクリーンに映し出していたのです。

    松江が大石先生の匂いに気づき、「いい匂い!先生、お嫁さんの匂いがする!!」と叫んだ場面は本校の校庭でした。

    そのロケ地は「旧内海町立坂手小学校」の校庭だったようです。

    「ラべンダーの花とその香り」、そして「お醤油の匂い」は、それにかかっていたのです。

  2. 木下惠介監督1954年の映画「二十四の瞳」には「香川マスノ」という少女が現れます。

    マスノは、料理屋の跡取りでしたが、東京の音楽学校へ進学して歌の勉強をしたかったのです。

    「上白石萌歌さん」と「上白石萌音さん」の漢字「歌」と「音」を見ると、本当に驚かされます。

    「二十四の瞳」に登場していた少年少女12組は「実の兄弟姉妹」でした。

    また、原田知世さん20歳の誕生日(1987年11月28日)に発売された彼女のアルバムのジャケット写真をよくご覧ください。

    それは「モノロク写真」であって、知世さんは「セーラー服」を着用しています。

    モノクロ映画である「二十四の瞳」にセーラー服姿で登場した「香川マスノ」が1933年(昭和8年)10月の日帰り修学旅行の際、船上で独唱した歌は「浜辺のうた」です。

    それを作詞したのは「林古溪さん」ですが、1983年当時の西方寺住職の名は「林隆溪さん」といいます。

    1983年(昭和58年)10月23日付の本堂修築工事落慶記念碑にその名が記録されています。

    映画「時をかける少女」で大規模余震によって瓦が砕け落ちる場面の映像は、その工事の際、大林監督によって撮影されたものです。

    そして、NHKみんなのうたで「浜辺のうた」が初めて取り上げられたのは1967年(昭和42年)10月から11月の出来事であって、それは正に知世さんが生まれる直前とその直後(0歳)の時のことでした。

    いったい何なのでしょうか、これらの事実。

    こんなことが本当にあるのでしょうか、実際にあるんですけど。

  3. 大林宣彦監督は、映画「天国にいちばん近い島」で大女優の乙羽信子さんのことをチョイ役で出演させています。
    映画の主人公は、原田知世さんと高柳良一さんなのですが、なぜか乙羽信子さんがチョイ役で出演しているのです。
    その理由は、もちろん乙羽信子さんが元祖・ドラム缶風呂入浴女優だからです。
    知世さんが演じた万里がドラム缶風呂に入浴する場面は、乙羽信子さんが1960年「裸の島」で見せたドラム缶風呂入浴シーンのオマージュです。
    入浴シーンは、1991年「ふたり」で石田ひかりさんが演じた北尾実加のものもありますが、そのロケ地がどうして「糸崎のミカン倉庫」であったかをご存知ですか。
    乙羽信子さんが「裸の島」で演じた女性がドラム缶風呂に入浴したのは「宿禰島」だったからです。
    「糸崎のミカン倉庫」の跡地は現在私有地となっていますが、その場所から瀬戸内海を眺めてみてください。
    「宿禰島」と「糸崎のミカン倉庫」の位置は、ちょうど対岸の関係にあるのです。

  4. 映画「時をかける少女」のクランクアップは1983年4月4日(月曜日)でした。
    その日は、なんとNHK朝の連続テレビ小説「おしん」の放映開始日でした。
    「おしん」の老齢期を演じたのは乙羽信子さんです。
    乙羽信子さんは、1987年版の「二十四の瞳」では飯屋の女将を演じています。
    「4月4日」というのは、壺井栄さん原作「二十四の瞳」では、新米教師の大石久子先生が初めて岬の分教場に赴任した日です。

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