【埼玉・本庄】江戸、明治、大正、昭和を味わえる超穴場スポット
皆さん、こんにちは。チンスポの達人です 。今回は埼玉県と群馬県の境目にある本上 の歴史について見ていきたいと思います 。はい、ということでやってきました。 この本上は江戸時代に中先道の宿場が置か れた場所でして、店舗14年の記録では 人口が4554人いました。この数字は 中仙堂の中で1位らしいんですけど、正直 本上が1番って結構意外ですよね 。で、なんでかって言うと、江戸時代中期 以降に盛になり、すぐ近くを流れるト側の 水運を生かしてキートの集席地として栄え たんです [音楽] 。この旧中先道沿いには豊八商店という 瀬戸物賞があるんですが、創業はなんと 1560年と言われています。1560年 って言うとの戦いがあった年で埼玉県最古 の企業になります [音楽] 。この富家の文家の富判兵は関東1の合唱 として名をせました。家は事前活動にも力 を入れていて、基金の際に土蔵を建設して 米を配ったり、川に橋をかけたりしていた そうです。 残念ながらクは2015年に解体されて しまったんですけど、むしろ近年まで残っ ていたっていうのが驚きですよね 。で、実は本上はクの町という一面があり ます 。このクラは安静に建てられたもので、 現在は美容院として利用されています 。左奥には同じくらい古なクラが見えます 。で、他にも建てられた年代はバラバラ ですが、街の至るところにクラがあります 。 綺麗にリフォームされているわけじゃない ので、観光資源にはならないんでしょう けど、個人的にはこっちの方がリアリティ があって好きですね。 本場は明治に入ってから真城として ますます栄えます。特に明治7年に富岡の 工場長から眉の海入れを依頼されたことも 大きな要因となりました 。こちらは明治29年に建てられた旧本条 商業銀行のレガ倉庫です。 [音楽] 本条商業銀行は眉王担保に商人に資金の 貸し付けを行っていて、豊八郎財門が渋さ の親戚でもあるモイ浩工ジ郎と設立しまし た [音楽] 。右から3番目に移っているのが富門です 。現在では交流施設として本の歴史を展示 したり、多目的ホールとして貸し出され たりしています 。あとレガ作りの建物で言うと本条駅の そばに大正8年地区の旧大マ商店もあり ます 。あの本城子の隣が日本初の機械式のレガ 工場があった深屋市でしてどうやらそこで 製造されたレガのようです。 [音楽] 街中に普通にこういう建物が残っている ところに本上の歴史を感じますね [音楽] 。で、昭和初期の建物も残っていて、この 旧本条仲待ち郵便局は昭和9年に建てられ ました 。アルデコ町の装飾が採用され、登録有計 文化剤に登録されています。 ちなみにこの郵便局を建設したモロネは 秩父セメントを設立してセメントとも呼ば れています [音楽] 。町を歩いていると似たような昭和の看板 建築もありました [音楽] 。先ほどの旧本条商業銀行のそばには明治 16年に建設された旧本条警察署があり ます。警察署が移転した後は消防団本部や 公民館、図書館などとして利用されてき ました 。いかにも文明会化を感じさせる西洋建築 です。 柱にはアカンサスの歯が彫刻され、窓は阪 になっています 。この警察署の隣には江戸時代の宿町だっ た頃の田村本人の門も一区保存されてい ます 。本人っていうのは大名などの確式が高い 人が止まる宿で田村本人は富橋の隣にあり ました。 [音楽] で、中先道最大の宿町だった本条には当然 のごとく飯盛畑がありました。1843年 の記録では70件の畑があり、そのうち 50件ほどが飯盛り女を抱えていたよう です 。しかも1件につき78人置いていたよう で、そうすると400人近くいた計算に なります。なかなかの数字ですが、それ だけ本条塾が賑わっていた証言かもしれ ません 。中線を少し外れたところにあるこの俯瞰 には江戸時代中期に活躍した俯瞰のお墓が あります 。家事と喧嘩は江戸の花と言われるくらい 家事が多かった江戸ですが、不安商人は カナ余けの祈願をして回り、江戸の商人 たちから絶大な信頼を得ていました 。カジノでも有名な吉原優の老師たちから の進仰も熱く、その名残りを玉きに見る ことができます [音楽] 。有名な角美老を始め、一元や品川といっ た技郎の名前が刻まれています。 [音楽] 明治に入り将棋開放例が出され、それまで 春を売っていた場所は貸座敷へと移行して いきました。多くの飯盛り畑があった本条 ですが、埼玉県は群馬県同様に廃正権と なったため貸座敷はありません。ただそれ は表向きの話でお津市料理店っていう形で 営業はこっそり続けられていました。その 以降がこちらの建物です。 [音楽] 他とは一線を隠す風格が漂っています 。この丸窓が最高ですね 。で、正直今回個人的にはこれを見に来た と言っても過言ではないので見られて本当 に良かったです 。この辺りは古くから飲み上がりとして 栄えていたのか、いかにも昭和な雰囲気の スナックがポツポツとありました。 ちなみに今はさらちになっているこの場所 をGoogleのストリートビューで遡る ことができます 。最新は2024年7月なんですが、 2022年1月に変更してみると、ご覧の 通りここにもおそらくお寿司料理店があっ たのが分かります 。本当2年でどんどん街の景色も変わり ますよね 。こういうスナックは是非少しでも長く 残っていて欲しいです。 [音楽] 他にも本上にはこういう昔の映画館跡が あって、本当江戸から昭和までバラエティ に飛んだ風景を楽しめます 。全然観光地化されていないのでほとんど 認知されていない気がするんですけど、 やる用によってはすごくポテンシャルを 秘めている街だと思いました 。はい、ということで今回は以上となり ます。それでは次の動画でお会いし ましょう。ではまた。
埼玉県と群馬県の境にある本庄は
中山道最大の宿場町でした。
江戸時代の蔵をはじめ、
明治・大正・昭和の建物が街の至る所に
残っていて歴史を感じさせます。
普寛霊場の玉垣には吉原遊廓の名前が
ずらりと並んでいます。
オススメ動画
【目次】
0:00 オープニング
0:18 中山道の本庄宿へ
1:50 蔵の街・本庄
2:33 旧本庄商業銀行レンガ倉庫
4:46 旧本庄警察署&普寛霊場
7:28 妓楼建築
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3 Comments
ほほう、これが本庄事件の現場ですか
ほほう…本庄市は超穴場ですね~クラブ東京なんて高そうですょ
本庄市には2か月だけ住んでた事があります