懐かしい町並  益田市飯浦町  島根県

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懐かしい町並  益田市飯浦町
 益田市飯浦町は島根県の最西端に位置し、日本海に面した漁業集落である。
飯浦は東に人形(じんぎょう)峠、南は傾成峠、西は仏峠を控えた交通の難所であった。元和4年(1618)に高津港が出来るまでは、津和野藩唯一の港であったので、この浦まで輸送する労力は並大抵ではなかった。 又、石見と長門の国境の要地でもあって、両国の国境紛争は絶えなかった。嘉永~安政(1848~60)のころ当地に遠見番所・武器蔵を置いて海岸を警戒している。
石見銀山の記録である明治4年の「石州銀山領万手鑑」(島根大学所蔵)によると、家数173(うち農76・漁師93)・人数729(うち農295・漁師421)、漁船47、商船2とある。
今集落を歩くと、赤褐色の瓦屋根の家屋が多い。平入り切り妻造り、平屋・中2階建ての家屋が多いのは、冬の季節風を避けるためだろうか。集落は比較的平坦な所に位置している。一見して漁師町と判る集落であるが、雪深い北国のように軒の深い中2階建ての家屋が多いのはどうしてだろう。
そしてもう一つは鏝絵が多くみられることである。土蔵や戸袋の意匠として鏝絵が使われている。鏝絵の好きな左官職人が腕を振るったのだろう。
この飯浦は漁村としても古い町並みとしても、なかなか見ごたえのある集落だった。

古い町並を歩く  長年の私のホームページです。
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音楽:中北音楽研究所

1 Comment

  1. 🤓新しいのも古いのも、茶色の屋根瓦ですね。左官は伊豆の長八が有名ですが、ここも自慢気に腕をふるっていますね。

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