【思い出の旅】茅野から防府へ 1961年10月 茅野→防府
今回の動画は、ある視聴者の方から寄せられたコメントをもとに制作しました。
1960〜62年ごろ、小学生だったその方が体験した、茅野駅から三田尻(防府)駅までの長距離列車の旅。
当時の時刻表や資料をもとに、記憶に残る乗り継ぎルートを再構成しました。
準急「きそ」や「鷲羽」など、昭和の優等列車が走る“かつての旅”を感じていただければ幸いです。
他にも考えられるルートがあれば、ぜひコメント欄で教えてください。
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#国鉄 #鉄道 #昭和39年 #日本国有鉄道 #発車時刻表 #時刻表 #東海道本線 #東京駅 #広島 #過去鉄 #宮島
36 Comments
とても素晴らしい企画ですね。
茅野から防府までしかも呉線経由とはマニアックルートですね!。当時は塩嶺ルートが無いから、大八廻りだったんですね。因みに当時は中央本線は東京〜甲府まで、山陽本線も三原までしか電化されてなかったんですよね。後1961年当時は防府駅は三田尻駅でしたね(翌年に防府駅と改称)。
良い企画ですね🆗懐かしい列車名も多数出て来ました。運行区間が違ったりと勉強になる事も多々あります。
サン・ロク・トウの時刻表に電車列車の「M」、気動車列車の「D」表記は存在しなかったのでしょうか? 調べてもでてきませんでした😂😭🤣
ちなみに現在のダイヤで新幹線や特急無しの場合、茅野を610に出て、塩尻、中津川、名古屋、大垣、米原、姫路、相生、岡山、糸崎、岩国で乗り換えで防府には2343と当日中に到着でき、所要時間も約17時間30分で当時よりも時間短縮されていますね。
3:25 で金山が無いと思いwikipedia見たら1962年にできたと知りました。駅名や後に開業した駅、当時に合併前の自治体について色々な角度から見れるのが歴史の面白いところですね。
自分にとって初めて鉄道の乗車を主目的にした小旅行を覚えている。
中学入学を控えた2010年のちょうど今頃、仙台駅から国府多賀城駅を往復した。この時だけは弟も同行した。列車はどちらも719系。
初めての遠征と言えるのはその4ヶ月後の夏休みの終わり。
仙台地下鉄だけ妙に好きで詳しく部活の友人と仙石線に乗って石巻までいった。
帰りは14時台石巻発の普通列車に乗って行った。
半年余り経った2011年3月11日、その便は津波に流されて青葉通り駅に辿り着けなかった。
なかなかの長距離旅行ですね。塩尻からの「きそ3号」が不定期なのが気になりますが。これでいかないと、そのあとの乗り継ぎが、名古屋から「さつま」になって、条件が崩れてしまいますね。
こういうルート設定も乙ですね😊夜行がほとんどない現代、心の中で楽しめて良かったです。
いつもありがとうございます
昔は客車列車がメインだったんですね、しかも電化された区間が少なかったからSL牽引がメイン……長距離列車も数多くあったのがスゴいですね。
あえて年代がもう少し後の可能性を考えてみた、60年代後半だと「ちくま」の夜行が大阪まで直通になってるし、サンロクトウ以降で状況がかなり変わりそうな64年10月なら条件を満たしそうなのはないかと(続く)
いつもありがとうございます。長旅をされたのですね。かなりの乗り継ぎを経て三田尻まで向かわれていたとは思いますが、この時代の急行の金星号は1号車と6号車だけ座席指定、他は寝台車でした。ある意味プラチナチケットを入手できたのですね。
金星号の指定券が取れなければ、茅野駅をこの時間に出て名古屋で2時間以上待って8時5分発の名古屋始発の急行のさつま号で三田尻に19時25分に着いていたのではないでしょうか。(「時刻表置き場」さんのページより)
私の方からは1973年の祖父の七回忌の時に横浜からはやぶさ号で佐賀県の武雄温泉に向かった時の時刻表があれば幸いです。
4歳の私とまだ1歳にならない妹を連れて横浜駅17時11分のはやぶさ号のA寝台で向かったことは記憶しているのですが、佐賀駅で降りてからどの列車に乗ったのか想像がつきません。
その時は帰りは長崎から横浜までさくら号で帰宅したことは覚えています。後に福山雅治さまが上京の時に使われたルートです。
来月、2ヶ月前に亡くなった母の出身地である武雄を訪ねます。長距離なので羽田~福岡は飛行機を使いますが、博多からは特急なので当時を思い出して利用してみたいと思います。
(一部文面を訂正しました。)
普通→夜行準急→急行→急行→準急→準急で5回乗り換えで21時間超えの旅。当時は中央線にも名古屋の隣の金山駅が無かったのですね
ある方の体験を基に時刻表を追うシリーズは面白いなあ
大変ありがとうございました。年をとってくると小さな頃のことが妙に懐かしく、リクエストしました。
私の叔父さんと叔母さんが結婚し、叔父さんの弟が私の父、叔母さんの妹が母ということで、父と母の両方にとって、兄妹に会いにいくということだったので、こんな長旅を思い立ったのだと思います。数年後には東京オリンピックもあり、お互いの生活にも若干の余裕が出てきたので、「久しぶりに」となったのではないかと想像します。
アップロードして頂いた列車は、断片的な記憶と一致しますし、当時列車便数がたくさんあったとは思わないので、きっと当たっています。
思い出にひたされた時を過ごさせて頂きました。
Thank you.
優等列車は常に通過、昭和初期の名建築の我が兵庫駅。
いい加減にエスカレーター作れよ。
自分の祖父母の家は、母方・父方共に電車で1時間半程の田舎の駅が最寄駅で、小学生の夏休みの頃はそこから車で迎えに来てくれていました。この視聴者さんと比べると小さな旅でしたが、一人で電車に乗って離れた田舎に住む祖父母に会いに行く旅はワクワクしていた記憶があります。高校生になって、人生で初めて普通列車だけで東京に行った時は、自分はもう何でも出来るんじゃないかという興奮を感じていました。
あれくらいワクワクした列車の旅は、もう出来ないのでしょうか。経験を積む事は同時に何かを失ってるのかも知れません。
良い企画ですね。
「準急」が多いですが、準急行券が必要だっただけあって、かなり速達に走っている印象があります。
駅名も変更が多く見受けられました
1961/昭和36年10月のダイヤ改正はキハ82系の全国デビューもあった白紙ダイヤ改正の時ですね。この当時東海道本線こそ全線電化されていたもののその先は山陽本線すら電化は途中まで、概ね岡山辺り(先に宇野線かも?)迄の頃(広島電化は翌1962/昭和37年)。
ただ、気になった点が一つ。大阪からの乗継で、何故わざわざ途中乗り換えが2回も必要な列車に?わざわざ宇野線直通(岡山乗り換え必須)列車や敢えて呉線経由(所要時間長い)の列車に?当時大阪に限らず京阪神否東京からでも東海道山陽直通で三田尻(現:防府)迄乗り換えなしで行ける列車が何本もあったのに?それも普通列車のみならず急行列車も多々あったにもかかわらず?
急行料金と準急行料金の違いが当時の依頼主さん並びにご家族にとってご負担だったとしても、何度も乗り換えるより通しで乗った方が割安になるのに?
そこだけが気になりました。
調べてみたのですが、この改正以前(61年3月改正)だと、もっと乗り継ぎがよいですね。茅野からの普通列車(419)松本行きには、名古屋行きの車両が併結されており、塩尻から準「きそ1号」に連結されて名古屋(4:38着)に行けます。名古屋からは「明星」「彗星」「金星」が接続しますが、このうち「金星」だけが電車列車、これで大阪着8:58。このまま連絡するのは特「かもめ」ですが、大阪で朝食をとったと考えれば「鷲羽1号」「吉備」「長門」と乗り継げます。
すみません細かい点ですが、準急鷲羽の吉永停車は和気ではないでしょうか。
前回の「廃線の旅」に引き続き、今回も素晴らしい企画をありがとうございます☺️
今回の動画を見て、私も子供の頃(昭和50年代)に行った家族旅行を思い出し、復刻版時刻表で当時のルートを辿ってみました。
呉線内でのタイムスリップ、ひよっとして安芸の時刻かな~、味がありますね~(東京、名古屋、京都・大坂を起点、終点にしない企画・・・)
2025では
茅野駅を朝イチに出たとして
6時10分の普通で636塩尻714(しなの2号)→918名古屋926(のぞみ13号)→1202徳山1257→防府1326着。
帰りも防府を15#時過ぎに出れば茅野までその日のうちに帰着。
ただ、新幹線をはじめ現代の列車網は首都圏や京阪神などの大都市中心に設定、地方から地方となると不便になりつつあるのは寂しいところではありますね。
ともやん様の体験かと思ったら、違う視聴者の方の体験談なんですね。
(おそらく、ともやん様は関西の方かと推察されますので、それを前提とするとしっくりこなかったのです。)
それにしても1960年代(おそらく70年代も)は夜行の急行運転(準急ですが)が多く、たくさんの人が利用していたのでしょうね。時期が外れているかもしれませんが、小さい頃懐メロで「夜汽車に乗って」云々という歌詞や、「汽車に飛び乗って」大切な人と別れた歌詞とかが良く聞かれました。
この手の歌詞は80年代後半くらいには聞かれなくなってしまいました。その後、空港が出てくる歌詞もありましたが、今はもう遠方への旅による別れの歌を聞かなくなってしまいました(単に個人的に最近J-POPを聞いていないからかもしれませんが)。
仁方・広島間の時刻が間違えですね
当時、私は影も形もありませんでしたが、旅情だけは強く感じます。
そうか。防府駅は昔は三田尻と言ってましたね。
自分の初鉄道旅、ミニ周遊券を握りしめて巡った関西地区を思い出しました。
この列車、昭和34年頃乗りました。正月を自分は母の実家の甲府で過ごし、兄は父の実家の岡谷で過ごしました。母と自分は甲府を19時頃発車で車内は激烈な混雑。兄と父は岡谷から乗車。早朝、名古屋で兄と父に合流しました。その後は親父の会社の京都府の福知山まで。
着いたのは昼過ぎですが4歳頃ではっきりとした記憶はありません。
早朝の名古屋駅ホームで兄と父と会った時は嬉しかったです。
準急とはいえ深夜に須原、野尻に停車していたんですね。
三留野(南木曽)、大井(恵那)、土岐津(土岐市)とか懐かしい。
とても良い企画だと思います。
上質な動画をありがとう
今年3月のJRダイヤで茅野から防府まで中央東、中央西、東海道、山陽線経由で跡を辿りました。茅野06:10発の電車に乗り、防府に21:23に到着。乗換時間を含め15時間13分、途中には特急利用ありです。
新幹線利用ならもっと速く着きます。
今は夜行列車は走行していないから、昼行列車利用しか出来ないです。
1964/10のダイヤ改正からしか出来ませんが、
茅野 21:32
↓ 433
塩尻 23:00
塩尻 1:00
↓ 806D 急行あずみ
名古屋 5:30
名古屋 5:45
↓ 1115M 急行第2いこま
大阪 9:30
大阪 9:45
↓ 303M 急行関門
防府 17:24
のような旅路もあるのかなと思いました
1961年には約21時間かかっていた行程も2025年の今は約7時間で到達。「のぞみ」と「しなの」のスピードアップに鉄道の進化を覚えます。