【坂城町の街並】坂城駅前から坂城神社・大英寺へと続く旧北国街道(善光寺街道)沿いには江戸時代に栄えた坂木宿の面影が今も残ります。
横町通りからスタートして坂城駅、そして旧北国街道を通り坂城神社・大英寺まで歩いてみました。
坂城町(さかきまち)とは、周囲をほぼ上田市に取り囲まれた長野県の北信地方でもあり東信地方にも属する埴科郡(はにしなぐん)の町です。
りんご、ぶどう、ばらなど、花と果樹の栽培が盛んな町ですが、特に「ばらの香りただようまち坂城」として町がPRするくらいばらの生産が盛んです。毎年5月下旬頃から、さかき千曲川バラ公園では「ばら祭り」を開催しています。※坂城町ではカタカナ表記ではなくひらがなで「ばら」と表記するようです。
また、機械金属加工を中心とした工場がおよそ280社ほど町内に集まり、県内産業の一大拠点となっています。長野県は元々精密機械工業が盛んな地ですが、坂城町は長野県を飛び越えた世界トップクラスの「ものづくりのまち坂城」を目指しています。※実際は事業所数・生産額ともに県内でもそんなに上位ではありません。
動画には、ネズミのイラストや人形が度々登場しますが、これは坂城町のマスコットキャラクター「ねずこん」です。町の特産品「ねずみ大根」をイメージして平成23年に誕生しました。
坂城町は、江戸時代に北国街道の宿場町「坂木宿」として栄えた歴史があり、町内を南北に貫く北国街道(現在は国道18号、県道160、県道339)沿いには今も当時の面影を残す木造住宅や蔵などが多く残ります。
坂木宿は、北国街道の中でも最初に宿場の指定を受けました。加賀百万石の前田家が毎年500~1000人の家臣を従えて宿泊するなど街道随一の規模を誇る宿場町だったそうです。
坂木が坂城に改められたのは明治になってからです。群馬にある中山道の坂本宿と見た目が似ているからという理由で変えたそうです。
明治に入ると、この地には坂城遊郭の設置が県により許可され、一時は娼鼓約60人、芸鼓20人以上を抱える大規模な遊郭として発展しました。
遊廓があったとされるのは横町通り沿いですが、残念ながら昭和初期には遊郭の建物は全て解体され当時の雰囲気をうかがい知ることはできません。
しかし、3個所ほど遊郭の名残が残っています。
①(00:18)大神社:遊廓設置の関係者「馬場吾三郎」「佐々木長一郎」の名前が刻まれた玉垣(石碑)が残ります。
②(07:05)坂木宿ふるさと歴史館:妖艶な雰囲気の漂う3階建ての木造住宅は、元遊郭経営者の住宅でした。
③(03:04)けやき横丁の奥に木製の出窓に木製の手摺がある遊郭の跡らしきものが残っています(無関係かもしれません)。
(00:00)スタート
(00:18)遊郭の痕跡が残る大神社
(01:09)心光寺
(02:16)鉄の展示館
(02:56)けやき横丁
(03:04)遊郭の痕跡?
(04:28)坂城駅
(06:50)旧坂木宿本陣表門
(07:05)坂木宿ふるさと歴史館
(07:15)明治天皇御小休所跡
(08:32)旧大門町春日家
(08:48)旧大門町山浦家
(09:55)村上氏居館跡の碑
(10:21)満泉寺(村上義清居館跡)
(11:55)坂城神社
(12:20)町指定有形文化財狛犬
(13:48)大英寺
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2 Comments
こんばんは〜😊
今日はこの動画のように愛知県、天気良くて気持ちいい陽気でした!
良いところですね〜。坂城町。
長閑なところですが昔の面影あって…。
新しい住宅もあれば古い家屋もあって。
坂城駅は古そう?にみえてワタナベさん好みではないサッシの窓枠ですね😅。
味気ない…わかります。
田舎の方などドライブしていて蔵がある家や木の格子窓がついているお家見ると羨ましいなぁって思います。
坂城町は「ばら」の生産が盛んなんですね。あえてひらがな表記!
岐阜の西濃地区にある大野市はバラで有名ですがこちらは「バラ」となってるみたいです。
なんかブルーローズとか青いバラがないのに品種改良して作ったと去年ニュースで言っていた事があります。
今の時期くらいからゴールデンウィークの頃はホント過ごしやすいからちょっとした買い物など近所なら散歩でいい気分転換になりますね😊!
坂城町って、国道と鉄道と千曲川で分断されちゃってるから地形が複雑なんです。
庭付きの大きな家って、昔はお金持ちの証しだったんですが、今は維持できなくてヤブ状態だったり、部屋も持て余してるところが多いですよね。かといって、大きすぎて買い手もいないというか。
おしぼりうどん、食べてきたんですか。辛いを通り過ぎて、苦いって感じですよ。