何故出雲から紀州熊野なのか?そこにある重大な意味とは?

神武東征神話に繋がる物部東征も、仏教伝来も、熊野権現も何故かしら熊野、何故?
熊野に何があるのか?その謎がわかれば日本の隠された真の歴史が見えてくるような気がしています
#イザナミ, #花の窟, #比婆山、

8 Comments

  1. またまた、面白い動画をありがとうございます。考察しがいがありますね。
    土御門さんによると、古事記は不比等が書いたらしいですね。なので、無下には出来なかったようです。
    表博耀さんによると、鎌足は滅亡した百済(扶余族・フルリ人)の王子とも言われたりします。
    志度の「海女の玉取り伝説」によると、鎌足は唐の高宗皇帝に娘を嫁がせているので、もしかしたら不比等には唐の高宗皇帝の血が入っていたのかもしれませんね。
    レーダー技師の渡辺広勝によると、熊野神社がある山は、たいてい鉱脈で電気が通るので、山の上に社があると、雷などで燃えてしまうそうです。
    倭人は朝鮮半島で鉄を採っていたとも書かれます。鉱石や砂鉄を採る倭人があちこちにいたのかも。
    比婆神社という名前にも、ヒントがある気がします。
    ヒ:日置部(日下部)→比企→八尾比丘尼。氷川・斐伊川・ヘカウ(魔法→錬金術)・氷香戸辺・井氷鹿。
    バ:アラハバキ・アルバーキー(アッラーフの99の美名:不朽にして不変なる者)→バルク:雷(の光)、稲光。→スキタイ人?
    アラーのアルは、日本では「有」に置き換えられたのかも。→有間皇子(カール大帝の曽祖父)
    出雲大社の社紋が亀甲に有の字紋。
    長髄彦(大彦)はスネ、百済から鉄の技術を伝えたという温羅が本当の桃太郎と言われ、卑弥呼だと言われる百襲姫も百(モモ)。モモは百済の百、腿。どちらも足。
    気長足姫尊(神功皇后)は新羅のヒボコの子孫。新羅は金官加羅国(金氏・中臣氏)の家来が建てた国。金官加羅国が滅んだ時、新羅に吸収された。金山彦や金比羅山の「金」の勢力。

  2. 比婆山御陵についての解説ありがとうございました。比婆山御陵から花の窟神社まで大変、興味深く拝見いたしました。日本書紀でなぜ、出雲地方ではなく現在の和歌山(熊野)に祀られているか?天武天皇が舎人の親王に日本書紀を編纂を命じたのか?そして、忌部氏が舎人の親王を祀ることに関係している点などお教えいただきありがとうございました。
    ところで、仏教がガンダーラでなぜ、広まったのか?研究が長い間続けられてきたそうです。もともとは拝火教(ゾロアスター教)があったところだそうです。ゾロアスター教では死後、生前の善行とは関係なく審判を受けるそうです。それに対し、仏教は生前の善悪の行動が死後に影響を与えると説いたようです。これにより急速に拡大し西域から中国へと広まるわけですが、その時に重要な役割をするのが、お布施(通貨が社会的に流通していることが要件)と仏像(ビジュアル化)にあったと説明されています。古代インドでは仏陀を人として描くなど恐れ多いこととして仏像は存在していないそうです。ガンダーラの影響を受け、後世になってインドに仏像が逆輸入されたようです。唐の時代に則天武后が仏教を保護し多くの仏像を建立したことは知られております。
    前回の話にもあったように、クナト信仰がどうやって伊弉諾、伊弉冉へと変化していったかについては非常に興味深い点です。出雲口伝もヒントを与えてくれますように、KANJIさんのおっしゃることもなるほどそうだったのかと思っております。古代の磐座信仰(自然信仰)からの影響を引き継ぐ形で、神格化(擬人化)が行われていったという理解でよろしいでしょうか?仏教の影響が関与している可能性もある?また、社会の方も仏教思想を受け入れやすいように変化していった。

  3. イザナミ。
    は、観念上の神様。

    墓所など有りません。
    ただ、
    出雲族の太祖、クナト王(大神。)
    の后、
    幸媛命(サビメ大神)
    の神隠山は
    そのものズバリの
    サビメ山(三瓶山)

    幸媛命と、クナト大神が

    出雲王国滅亡の三世紀末以降に
    イザナギ大神(出雲)と
    イザナミ大神
    に改変させられました

  4. ありがとうございます。古い映像と言っても十分綺麗に見えます。
    古事記の方が先に完成しているので、これでは都合が悪い 事情があった、と言うか、出自の違う種族の二大
    勢力のパワーバランスが悪くなるのを危惧した?のでしょうか?
    日本書紀を正史とするわけですが、出雲の子孫の力は前に出したくないので?敢えて熊野という地域に、神話の上塗りをしたような・・・くらいしか私には考えが及びません。

    史実と神話というフィクションが混ぜ合わされた記紀の意図には、興味深々です。

  5. いつもありがとうございます。以前の動画を拝見し、先日、春分の日から晴天が続くとの天気予報だったので
    熊野、和歌山、奈良を回ってきました。やはり熊野、和歌山、奈良には、神武天皇、徐福、饒速日伝説が
    数多くありました。徐福の宮、大上神社、神倉神社も参拝(登山)してきました。
    確かに大上神社の案内には、「熊野連の祖神、饒速日を祀る」となっていました。
    また比婆山の近くに、那智の滝があったのは初めて知りました。きっと出雲族が熊野へ移動し、
    同じような名前を付けたのだと思います。

  6. 日本人はそろそろ世界を見た方が良い。もうそろそろ悟った方が良い。古事記日本書紀は古代メソポタミア古代エジプト古代ギリシアの出来事が書いてあるんですよ。

  7. 今回はマニアにはたまらないですね。
    熊野には、真理の源が隠されている気がします。

  8. 【産子の岩戸】
    凄いですね。

    これが祭祀の本質であり、
    出雲のサイノカミなんですが、
    実は世界共通の概念なんですね。

    勿論、出雲以前から
    日本列島にいた縄文人も
    同じ祭祀をしていたんですよ。

    出雲族のことは
    幸いに、口伝が残されて
    はっきりとその構造が分かるので
    神さまを説明できるのですが、
    縄文人は文献を残していないので
    見過ごされがちです。

    ですが、
    土器や土偶、縄文遺跡から、
    はっきりとその様子が伺えます。
    勿論、磐座もそうです。

    そして、それは
    現代まで続く祭祀も
    同じことを繰り返しているのです。

    それを【マツリゴト】と言って、
    人間の営みそのものであったわけです。

    それを文章で表したのが、
    古事記や日本書紀を初めとする
    文献です。

    史実を残したのではなく、
    この宇宙や日本という国が出来た
    科学的・哲学的観念を描いており、
    それに基づいて現象化しています。

    つまり、文献においても
    マツリゴトを行っていて、
    未来を生み出しているわけです。

    鶏が先か卵が先か…

    正史は史実を元にして
    その概念を綴っていますが、
    それが記されたことで、
    正史に則った神社や伝承が
    更に生まれてゆきます。

    【☯️の重なり】
    この表現の繰り返しが正史です。

    天津神⇋国津神
    伊勢⇋出雲

    これは観念的なもので、
    実際の氏族の出自が
    全てそうではありません。

    自在に入れ替わったりします。
    相対的に描かれます。

    イザナギ・イザナミ神話は
    8世紀に正史によって作られます。

    それ以前から
    出雲でも熊野でも
    縄文時代からの祀りが行われており、
    その斎場に正史の物語が
    重ねられてゆきます。

    おっしゃるとおり、
    大山(男山)⇋ 比婆山(女山)
    であり、
    比婆山は古代から
    サイヒメの山であったでしょう。

    出雲も熊野も
    黄泉国であり、隠国です。
    陰の要素を持つ地域です。

    出雲に関しては
    【八千矛・八重波津身の事件】を
    【黄泉国】という暗号とし、
    語ることのできない史実が
    暗示されてゆきます。

    比婆山がイザナミの御陵とされたのは
    黄泉国の主となった
    イザナミの中に
    あの事件が包まれていると
    思われます。

    一方、熊野と対になるのは
    日向です。

    イザナギは
    【竺紫(つくし)の
    日向(ひむか)の
    橘の小門(をど)の
    阿波岐原(あはきはら)】
    で禊をし、
    多くの神々と三貴神を生みます。

    それは
    イザナミのいた黄泉国から
    帰って来たときです。

    【黄泉がえり】(蘇り)という
    【再生の儀式】です。

    ここで対になる
    【イザナギ(日向)】
    【イザナミ(熊野)】
    というのは、

    物部が九州から出港し
    熊野へ上陸したという史実を元に
    【精子】🔥(物部)が
    【卵子】💧(磯城王朝)へと
    入ってゆくマツリゴトを
    表現しています。

    🔥(男)が💧(女)の中に
    入る現象は
    幾度も幾度も繰り返されています。

    山幸物部🔥と
    海幸海部💧の物語もそうです。

    【丹塗矢🏹伝説】もそうですね。

    生命誕生の儀式こそが
    全てに表現され、
    現象化しているのです。

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