【秩父の祭】岩田神楽_令和7年2月23日(日)

■長瀞町HP
岩田神楽 いわたかぐら
長瀞町大字岩田1881 白鳥神社所属
岩田神楽は秩父地方の主流をなす秩父神社の流れを受ける。大正3年(1914)の冬、耕地総出の薪山仕事の時に「岩田でもダイダイをやってみようではないか。」との話がまとまり、神楽主任浅見幸三郎、中村楠五郎両氏を師匠として約1ヶ月間、蚕室を借りて伝授を受け、2月の天神祭に初舞を奉奏、めでたく岩田神楽が発足したと言われる。神楽の道具衣装もよく保存されている。2月と11月の大祭、3月15日頃の滝野神社の春祭等に奉奏する。
https://www.town.nagatoro.saitama.jp/nagatoro-2/iwatakagura/

■白鳥神社
白鳥神社の祭神は、菅原道真公・日本武尊・埴山姫命で、例大祭は毎年二月二十五日である。
神社の起源は、元慶年中(877~885)に岩田(白鳥)武信が勧請し、白鳥天神宮と称し祀ったのが始まりといわれ、後の北条氏邦この白鳥大明神を厚く崇敬していたので近くにある根古屋城を天神山城に改めたと伝えられている。
 その後、明治三年に白鳥天神宮は、天満天神社となり、さらに明治九年七月八日に白鳥神社と改称した。この時村社に列格され、明治四十年五月八日、丹生大神社、思金神社、八幡神社を合祀して、現在に至っている。
 また社地は、初め椿の森と称されていたが、宝永二年(1705)の冬から毎年伐採されて、跡地に杉苗を植え付けた。現存する一部の老杉は、当時のものであるといわれている。

■岩田神楽
 神楽とは、神様をお迎えし、拝殿や神楽殿などで行われる舞などからなる神事芸能で、天照大御神が天岩戸に身を隠されたとき、岩戸から誘い出すために舞った天鈿女命の舞が起源とされている。
 神楽には宮中で行われる御神楽と、各地の神社などに伝わる民間の神楽=里神楽があり、秩父地方の神楽は六系統に分かれ、岩田神楽は宝登山神楽からの分かれで秩父神社神楽の系統に属し、特徴はまず舞の多くが「古事記」や「日本書紀」に出てくる神様の舞であること。そして、演劇的な座も岩戸開きや大蛇退治など神話を題材としたものが中心で、神代神楽ともよばれ、これら舞や劇はセリフのない黙劇(大蛇退治の最後の場面で素戔嗚命が和歌を朗詠する以外)である。また、湯立神楽の要素をもつ釜を神楽殿前面に懸け湯立神楽の要素を持つことが挙げられる。
 大正三年(一九一四)冬、地区総出の薪山仕事の折り「岩田でもダイダイ(神楽)をやってみようじゃないか」との話になり、藤谷淵神楽団(宝登山神楽)から伝授を受けその年の二月の祭りに初演されたという。以来山口・野口両氏を中心に一人が一役を担う形で神楽の継承に努力し、道具・衣装もよく管理されており昭和四十八年(一九七三)二月長瀞町の文化財指定を受けている。

◇神楽奉奏日
二月二十五日 春の大祭(祭日に近い日曜日)
十一月二十三日 秋祭り
この他宝登山神社で護持管理する滝野神社の春の例祭に、依頼を受けて奉奏している。

1 Comment

  1. 素晴らしいです👏
    私の兄も昔、この神社⛩️で神楽をご奉納させて頂いたと、一昨日話題にあがりました🥳

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