壷阪寺(南法華寺)の大雛曼陀羅

2025年3月1日 奈良県の寺院
南法華寺は、奈良県高市郡高取町壺阪にある真言宗系単立の寺院。山号は壺阪山。
本尊は十一面千手観世音菩薩。一般には壺阪寺(つぼさかでら)の通称で知られる。西国三十三所第6番札所。
草創については不明な点が多いが、伝承によれば大宝3年(703年)に元興寺の弁基上人により開かれたとされる。後に元正天皇の祈願寺となった。

平安時代、京都の清水寺が北法華寺と呼ばれるのに対し当寺は南法華寺と呼ばれ、長谷寺とともに古くから観音霊場として栄えた。承和14年(847年)には長谷寺とともに定額寺に列せられている。貴族達の参拝も盛んであり、清少納言の『枕草子』には「寺は壺坂、笠置、法輪・・・」と霊験の寺の筆頭に挙げられている。また、寛弘4年(1007年)左大臣藤原道長が吉野参詣の途次に当寺に宿泊している。

往時は36堂60余坊もの堂舎があったが、嘉保3年(1096年)に火災にあい伽藍のほとんどが灰燼に帰した。その後、子島寺の真興上人が当寺の復興にあたり、これにより当寺は真言宗子島法流(壷坂法流)の一大道場となった。

承元5年(1211年)に大門、僧房の罹災を始め、数度の火災にあい、戦国時代には戦乱に巻き込まれている。当寺を庇護していた越智氏の滅亡と共に衰退し、残ったのは室町時代の礼堂と三重塔くらいであった。

慶長年間(1596年 – 1615年)、豊臣秀長の家臣で高取城主本多俊政が当山の伽藍復興に尽力し、江戸時代には高取藩主植村氏の庇護を受け栄えた。

本尊の十一面千手観世音菩薩は眼病封じの観音様として親しまれ眼病に霊験があるといわれ、お里・沢市の夫婦愛をうたった人形浄瑠璃『壺坂霊験記』の舞台として有名となった。

1961年(昭和36年)には日本で最初の養護盲老人ホーム「慈母園」が建てられている。他にも国の内外で福祉事業を展開している。

1964年(昭和39年)よりインドで行っているハンセン病患者救済活動への尽力に対する返礼として、インド政府から提供された古石を使用して1983年(昭和58年)3月に完成した「天竺渡来 大観音像」は、高さ約20m、総重量1,200トンの壮大なものである。その他、インド渡来のものとしては、「天竺渡来 佛伝図レリーフ」、「天竺渡来 大石堂」などがある。

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