多坐弥志理都比古神社 二人の姫が紡いだ祈りの道

奈良県田原本町に鎮座する 「多坐弥志理都比古神社(おおにいますみしりつひこじんじゃ)」。

この神社は、天照大神の鎮座地を求めた皇女・豊鍬入姫命(とよすきいりひめのみこと) が訪れた地と伝えられています。
そして、その祈りと使命を引き継ぎ、伊勢神宮へと至る巡幸を続けたのが 倭姫命(やまとひめのみこと) です。

今回の動画では、二人の姫が繋いだ祈りの旅 をテーマにしたオリジナル楽曲 「倭姫が歩む道」 とともに、多坐弥志理都比古神社の神秘的な歴史をお届けします。

豊鍬入姫命の決断 祈りの始まり

天照大神の御霊代は、元々宮中で祀られていました。
しかし、第十代 崇神天皇 の御代に 宮中に疫病が流行 し、神の力を鎮めるために皇女・豊鍬入姫命に託され、宮の外で天照大神を祀るよう命じられました。

豊鍬入姫命は、天照大神を奉じて 倭の笠縫邑(かさぬいむら) に鎮座させ、その後も新たな鎮座地を求めて各地を巡りました。
その旅の途中で訪れたとされるのが 多坐弥志理都比古神社 です。

この神社の御祭神である 神八井耳命(かむやいみみのみこと) は、神武天皇の皇子であり、多氏の祖神。
豊鍬入姫命がこの地を訪れたことは、天と地、人と神を結ぶ祈りの旅 の一部であったと考えられます。

しかし、豊鍬入姫命はついに最終的な鎮座地を決めることができませんでした。
その後、倭姫命 がこの大いなる旅を引き継ぐことになります。

倭姫命の巡幸 使命を果たす旅

第十一代 垂仁天皇 は、豊鍬入姫命に代わり、天照大神の鎮座地を求める新たな皇女として 倭姫命 を任命しました。
倭姫命は、前任者の祈りを胸に抱きながら、各地を巡り、天照大神の鎮座するにふさわしい地を探し求めました。

長い巡幸の末、倭姫命は伊勢の地にたどり着きます。
そのとき、天照大神の神託がありました。

「この国は美しき国なり。永く鎮まらんと欲ふ。」

こうして、天照大神は伊勢の地に鎮座し、現在の 伊勢神宮 へとつながる歴史が始まったのです。

倭姫命の旅は、豊鍬入姫命が築いた道の先にありました。
二人の姫が紡いだ祈りの道が、今も私たちの信仰として続いているのです。

「倭姫が歩む道」との融合 祈りを繋ぐ音楽

今回の楽曲 「倭姫が歩む道」 では、天照大神の鎮座地を求めて旅を続けた倭姫命の姿を描いています。
しかし、その物語は 豊鍬入姫命が歩んだ道の続き でもあります。

歌詞に登場する 「宮を離れたその朝に」 や 「風は静かに 道を照らす」 のフレーズは、
二人の姫がそれぞれの想いを胸に、新たな道を歩んでいく姿とも重なります。

祈りの地を求め続けた豊鍬入姫命。
その願いを引き継ぎ、大いなる使命を果たした倭姫命。

二人の姫が繋いだ祈りが、今も私たちの未来へと続いています。

神々と人が繋がる場所、多坐弥志理都比古神社

長い旅路の中で豊鍬入姫命が立ち寄り、
そして倭姫命がその意志を継いだ 「祈りの道」。

それは、天照大神が鎮まる地を求めた旅であり、
同時に、日本の神々の信仰が形作られる 壮大な神話の旅 でもありました。

多坐弥志理都比古神社は、ただの通過点ではありません。
それは、祈りのバトンが手渡された神聖な地 なのです。

七福弁天バンドの音楽とともに、二人の姫の祈りの軌跡を感じてください。

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