物部東征と神武東征を同時に検証、南紀熊野の不思議をあぶりだす

古代信仰の原点はやはり出雲なのか?
そしてここに祀られる貴公子「高倉下」とは?
謎が謎を呼ぶ歴史考察、熊野の巻き
#神倉神社, #高角神社, #神武東征、

6 Comments

  1. こんな凄い階段を登ってくださいまして、ありがとうございます。こういう動画が無ければ一生見ることができない神社です。あの石段を造った人々にも感謝いたします。

  2. 熊野古道を歩いていて、本宮から交通機関を使って時間がなく熊野速玉大社から眺めて、那智に行き、登れなかったので現地の雰囲気が見れて感動です。本宮近辺ではなくこちらで泊まって南紀を探るのもいいですね。
    神倉神社の案内にある、宇井、榎本、橋本(穂積)氏の三氏が熊野での八咫烏の足を表していると、熊野でもお勤めをされた添御県坐神社の宮司から教えて頂きました。
    きっと高倉下の子孫の方々がかなり協力されたのでしょうね。
    三宝荒神様も祀られていて、神道、密教、修験道も大切にされていて、
    紀氏、姫氏、徐福(物部)、お稲荷様もあり秦氏との関係も面白そうですね。
    御燈祭の松明は星で流星を表しているんでしょうかね。「下り竜」となっていますが。

  3. 架空・神武さんの即位年代BC660年は、革命が起こるとされる「辛酉説」から設定したもの。海村雲大王の后・タタラ五十鈴姫を后とした等々900年間の空間物語と言えるでしょうね。

  4. 海(アマ)高倉下命(紀伊国造の祖。徐福の孫の一人)の血脈が
    結果的に
    皇室に繋がった。

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