広島県安芸太田町 わずか30年で消滅した「中ノ甲」集落
中ノ甲は、昭和初期に帝国製鉄加計工場の製鉄造用の木炭を生産するために開拓されました。最盛期が昭和16~17年で、製炭窯50~60基、70世帯210名が住んでいたそうです。
昭和8年、中ノ甲から八幡村樽床までの道ができ、製材所や住宅が建設。
昭和13年、帝国製鉄加計工場が操業を開始。
昭和16年4月、戸河内小学校中の甲分教場が開校。
昭和24年4月、打梨中学校中の甲分校が開校。
昭和25年廃止、戸河内中学校横川分校に通学。
昭和32年、帝国製鉄が経営転換により中の甲が営林署に譲渡されることとなり、従業員は吉和村の立岩製炭所に集団移住。
同年、同年に小中学校も廃校となった。
【広島県安芸太田町 植林された廃村、田代集落、添郷集落、横川集落】
8 Comments
Thank you very mauch.
いつも投稿ありがとうございます。ドライブが趣味なのであの近辺は時々通りますが、今回の廃集落の存在は知りませんでした。地元の方でも知らない人も多いのかな?橋の手入れも全くされていない状態に見えるので、廃集落に通じる道も含めて人から忘れられてしまった存在なんでしょうか。安芸太田町は山間部に有りがちな過疎地ではありますが、かつては工業も盛んで人口も多い活気に溢れる町だったんですね。
橋昭和45年とありますから林道としてはしばらく利用されていたのでしょうか?道がわりとキレイに残ってましたし…橋が健在なのがビックリ!校舎は木造でしょうから跡形もないのは仕方ないですね。一瞬で消えてしまった、山から見ると幻の集落ともいえますね、お疲れさまでした😊
ニルスと不思議な旅を思い出しました。
一日だけ浮上し、1コイン稼がないとまた沈む街みたいなw
道中も深い山なのに短期間消滅とは…
国策に踊らされた挙句の成れの果てですね。
しかし毎度の杉林では無いので秋を堪能できましたwありがとうございます😊
撮影お疲れ様でした😊
林道の路面にびっしりと積もった落ち葉が腐葉土と化し長い間時が止まったままなのをうかがい知る。
突然現れるカーブミラーに、おぉっ‼️ここはクルマが通ることの出来る道路なんだと思い知る。
かつては人々の生活や往来の姿があっただろうに65年の歳月は自然の前にその痕跡を見事なまでに覆い包み込んで見えなくしてしまうんですね😢
こんにちは😊山は紅葉が始まってて綺麗ですね。集落の跡は何も残ってなかったのは寂しいですね😓
熊が出てきそうな雰囲気ですね。
積雪もあるでしょうから、痕跡が朽ちるのも早そうですよね。
何も無くなってしまいましたね。
やはり人は、あまりにも人里離れずきても暮らしにくいのだと思います。
狭い国土の日本だけれども、その80%近くが山であり森であり、だからこそ水が綺麗で空気が綺麗。
けれど、平坦でないからこそ、少しでも山に入ると行き来が大変になる。
せっかくの国土を広く利用しようとした計画も、住みにくさ故に断念したのでしょうね。
それにしても、せせらぎ、木漏れ日、紅葉…
気持ちの良い道でしたね。
配信ありがとうございました😊