~鹿島鉄道 廃駅舎 4選〜茨城県 B級スポット散策
茨城県石岡市、小美玉市、行方市、鉾田市を通る鉄道跡の内、坂戸駅、借宿前駅、八木蒔駅、小川高校下駅の廃墟が現存している。場所によって駅舎の作りが異なり、当時の遊びを感じ取れる。
坂戸駅 0:00~
借宿前駅 2:23~
八木蒔駅 4:45~
小川高校下駅 6:15~
「鹿島鉄道の歴史」より
鹿島鉄道は、石岡市のJR常磐線石岡駅から、小美玉市、行方市を経て、鉾田駅を結んだ、全長27kmの民営鉄道であった。
明治後期になると、行方地方を縦貫し鹿島神宮に至る鉄道計画がたびたび提唱された。 要村 (行方市)出身の実業家で代議士の高柳淳之助を発起人とする、石岡町 (石岡市) の有力者らが1921(大正10)年10月12日に行方鉄道株式会社を設立し、石岡一玉造町間に地方鉄道敷地の免許申請を行った。 行方鉄道に対する免許は同年12月12日に交付され、これにより、1922 (大正11)年9 月3日に会社設立総会が行われ、同日に商号を鹿島参宮鉄道に変更した。
1924 (大正13)年6月8日に石岡-常陸小川間の営業を開始し、ここに鹿島鉄道はその産声を上げた。 1926(大正15)年 8月15日には常陸小川-浜間を延長開業し、1927 (昭和2)年5月17日には、浜駅に隣接する汽船発着場から、霞ヶ浦航路による参詣客輸送を開始した。
さらに、鹿島参宮鉄道は資本金を増額し、行方地方を縦貫して潮来-延方に至るルートを変更し、北浦に望む鉾田町 (鉾田市) を終点 とするよう建設方針を転換した。これは、鹿島参宮鉄道が多大な建設費を要する行方縦貫路線の延伸より、最短距離で北浦航路及び計画 中の鹿島軌道 (大洗-鉾田-息栖間) と連絡することで、 鹿島参害を確保し、かつ鹿島郡役所・警察署・旧制中学校などがあり、発展しつつある鉾田町へ路線を延伸する方が経営上からも得策と判断したものと考えられる。
1928(昭和3)年2月1日に浜-玉造町間を延長し、 1929(昭和4)年5月16日、ついに鉾田までの全線開業に至った。
戦時の交通統制で竜崎鉄道を合併、1965(昭和40)年に常総筑波鉄道を合併して関東鉄道鉾田線となるが、 自動車輸送の発展による収支悪化の結果 1979(昭和54) 年4月1日に経営を分離され、 関東鉄道の子会社、 鹿島鉄道となった。
鹿島鉄道は、葉タバコをはじめとする農作物、 航空自衛隊百里基地へのジェット燃料輸送、学生の通学など多くの方に利用されてきたが、営業収入の基幹であったジェット燃料輸送は2002(平成14)年3月限りで廃止され、収支は一層悪化した。
親会社となる関東鉄道をはじめ、 茨城県と沿線自治体が財政支援し、列車は何とか運行されてきたが、2005(平成17)年のつくばエクスプレスの開業により、 関東鉄道は常総線や自社高速バスの利用者が大幅に減少し減収となったことを理由に、 2007(平成19)年以降の経営支援を行わない方針を示した。これを受け、 親会社の支援なしでの鉄道経営は無理であるとして、 2007 (平成19) 年 3月31日限りで、 開業以来83年の歴史を持つ鹿島鉄道の全線で営業を廃止した。
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