天売、焼尻島観光と炭鉱で栄えた羽幌線。廃線となった国鉄路線の乗車記録
以前、夜間運転の急行羽幌号をご紹介しましたが、今回は昼の羽幌線をご紹介します。
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急行はぼろ
私のホームページより引用
駅はとてもすがすがしい朝を迎えていた。ディーゼルカーのアイドリングの音が静かなホームにカランカランと響く。これから乗ろうとしている羽幌線は141㎞もの長さを持つ赤字ローカル線で廃止指定を受けている。約67㎞の長さの留萌本線の支線であるが、支線の方が本線よりも長いというのは珍しい。
幌延も過疎化が進んでいる街だ。しかし、最近この街に核廃棄物を捨てる事が計画されている。ゴーストタウンのような街を見ていると恐ろしく感じる。5時11分。30%ぐらいの乗車率で1両のキハ22は出発。客の殆どは鉄道ファンと帰省客。仮乗降場ではホームに1両分も入らないので後部扉を使うようにアナウンス。
曇り空の車窓は一面原野か牧場で紫色の高原植物が綺麗だ。気温の関係で高原植物が咲いているのだ。あまりに雄大な景色で、写真を撮りたいがポイントが無い。いい景色というよりも寒々としていて好ましくない。
ウトウトしつつも駅とは言えぬ小さな無人の乗降場をいくつも通り過ぎ、やがて手塩大沢駅へ。日本海が良く見え目が覚めた。初山別駅の手前で海がぐっと近くなる。しかし、海は鉛色の寒々とした色だ。
築別駅に停車、かつて列車が走った側線は錆びて自然に還りつつある。ひどく朽ち果てている。
この駅は、羽幌炭礦鉄道の分岐駅で、築別炭鉱駅までの本線では旅客列車も運転されていた。
途中の曙駅から羽幌本坑の三毛別駅までの支線は、建設中の国鉄名羽線の一部を借用していた。
これらの炭坑は、1940年。昭和15年に開業し、羽幌炭礦鉄道が経営していました。1968年。昭和43年には産出量のピークを迎えたが、翌年。経営が悪化し、2年後の1970年。昭和45年。倒産。炭坑は閉山。鉄道も廃線となった。
最盛期には約1万3千人の人が住んでいた山の中の集落は消滅。しかし、近代的な炭坑の施設群が遺構として残った。
名羽線は開通後、わずか8年で廃線。羽幌鉱のシンボルである運搬立坑は5年。4階建鉄筋住宅群は1年しか使われなかった。
羽幌炭鉱鉄道のディーゼルカーは、最新車両の車齢は僅か4年。全車両、茨木交通にひきとられ、2014年まで活躍した。
幌延駅から2時間。7時にようやく街が現れたら羽幌着。増結の為10分停車。普段は増結しないのか、7月26日~8月17日までのみ10分停車なのだ。下り列車が切り離したキハ40×2両の増結作業中、私は街に出てみた。広い道には人影もなくゴーストタウンのようであった。車内は、地元の人で賑やかになる。それでも乗車率は20%ぐらい。ボックス席に4名座っている所もあれば0人のところもある。
羽幌は沿岸の中核をなす街、炭坑があった1970年に3万人あった人口は、この時点で最盛期の1/3になっていた。停車時間中に散策したが、駅前は既に寂れていた。
この街は、天売島、焼尻島の観光拠点でもあった。羽幌線には、観光客が利用できる急行天売号が走っていた。
苫前駅か上平駅か忘れたが、かつて有人駅だったのだろう。無人の駅舎がお化け屋敷のように荒れている。そのうち内陸部へ進入して海と一時的に別れる。トンネルを抜け、小さな丘の麓を進行。牧場を進行しているうちに、いつしか曇り空も青空に変わってきた。トンネルを抜け海と再開。そして昼力駅。千松乗降場からセーラ服が乗ってきて華やかになる。
鬼鹿駅で821Dの羽幌駅行きのキハ22単行と交換する。7時55分に出発すると間もなく海側の国道40号線を羽幌線と平行して走る沿岸バスが併走する。羽幌駅を7時30分に出発し、札幌には11時30分に着くバスである。全車指定席の豪華なデラックスバスであった。車内でスチュワーデスのような女性が接客サービスをしているのが見える。
こちらのオンボロディーゼルカーも新車のキハ40を2両も従えてバスと競り合う速度で快走する。こちらは次の富岡乗降場を通過するダイヤになっているので暫くはデッドヒートを繰り返したが、大椴駅へ停車するとバスはさっさと追い抜いていった。ここからは峠にかかり、歩むような鈍足になる。
小平駅を出ると、日本海はさらに近づく。海も明るい色になる。臼谷駅には海水浴場もあり何人か泳いでいる人を見かけた。三泊駅はどこまでがホームか判らないぐらいに草が茂り、花が咲いている。ハッキリ言えば荒れている。
オルゴールが鳴り、アナウンスが留萌着を告げた。3時間24分の羽幌線の旅も終わる。留萌本線のホームの間に側線があり、とても広く開いている。石炭を輸送する貨車が沢山止まっていた。8分停車で留萌線に入るが、こちらもローカル線で1両分もホームにかからないような乗降場も多い。10時05分深川駅着。
羽幌線は1987年3月29日に廃止された。
「日本の車窓・雨男の紀行文」
http://www2s.biglobe.ne.jp/~kurume
1 Comment
4:22
曇りのどんよりとした雰囲気がより一層荒廃感を引き立てていますね…
まるでパラレルワールドに1人だけ取り残されてしまったような独特の怖さがありそうです😱