三国志魏志倭人伝「末盧国」がわかった 劇的発見!!「末盧国の上陸地点を特定する」 #三国志魏志倭人伝の経路をたどる旅

唐津湾の海岸で、三国志魏志倭人伝一行が「末盧国」へ上陸した場所の謎解きをします。
前回動画で、釜山から福岡に到着。今回は「末盧国」=唐津市へ向かいます。
「末盧国」へ上陸ポイントとして、候補地を仮説として設定し、その周辺を散策して観察。
仮説1 浜崎海岸
仮説2 西唐津と唐津の海岸
仮説3 松浦川の沿岸(古代は中流付近まで海だった)
邪馬台国の時代の集落の遺跡と照合し、「末盧国」へ上陸した場所を特定します。

参考
唐津湾の古代の海岸線
松浦川のかなり上流のエリアまで海だったことがわかります
https://site-matsuwo.com/bar_yotabanasi/kaimenjousyou/index.html
https://nihonkodaishi.net/special/maruchi/beginning_of_the_yayoi-period.html

週末 三国志魏志倭人伝ツアー 邪馬台国へ!!

00:00 福岡天神から出発
02:17 地図と今回の経路
03:46 仮説1浜崎海岸
15:40 仮説2西唐津と唐津の海岸
22:12 仮説3松浦川の沿岸
24:03 「末盧国」がわかった 上陸地を解明

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#三国志魏志倭人伝の経路をたどる旅

7 Comments

  1. 唐津市の海岸エリアと、河川沿いのエリアを散策しました
    三国志魏志倭人伝一行が、九州に上陸した地点について、情報とヒントを探してさまよい歩きました。
    やっとのことで、魏志倭人伝の、末盧国と伊都国の経路の記述内容と合致し、年代もマッチする、
    末盧国の集落の遺跡と考えられる遺跡を発見しました。劇的発見です!!

  2. 私も糸島が伊都国の訳がない派です。『加治木義博』氏の説も検証の参考に入れて頂けると幸いです。

  3. 面白いコンテンツありがとうございます。

    私はこの辺りの歴史については疎いながらも「末盧国=松浦」「伊都国=糸島」と、極めて短絡的理由で、やはり九州説の方が有力、と言うか、邪馬台国が別の場所であっても、魏志倭人伝に大きく関わりのあった土地だと勝手に解釈しておりましたww
    でも、やはりこうやって科学的に一枚ずつ皮を剝ぎ取って行く様に仮説を現実化して行く作業は大変ながらも実に趣深いものがあります。VEGAさんの仮説が真実となって日の目を見る日が訪れるといいですね、

  4. コメントいただきありがとうございます。頑張ります!!今回の動画シリーズでも、まだまだ、新しい仮説を解説してゆく予定ですので、よろしくお願いします。

  5. 現場をみるだけで十分な成果と思います。「伊都国」は糸島でしょう。私も何度も足を運びました。仮説は物事を定めるには大事です。
    期待しています。 佐賀県武雄市 笠原某

  6. 私とほぼ同じ説です。実際に相知・厳木・多久・小城を通り吉野ケ里まで車で移動しました。残念なことは、方向と距離が当てにならないことです。
    文字とおりだと邪馬台国は沖縄の沖になります。そして東に海がある場所が邪馬台国です。私の説は「宇佐神宮」です。ここは立ち入り禁止場所が
    多すぎます。肝心の海が東にあります。2回ほど行きました。宇佐神宮を訪れてください。最後に私より英語が上手です。
    次を楽しみにしています。 武雄市若木町

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