八雲町を歩いていたら不思議な銅像を発見。
徳川さんとしか書いていませんが…いったい誰?
調査隊によるアンケートの結果、八雲を支える産業として6割弱が水産業、4割弱が農業
と答えた一方、観光業を挙げた人はわずか1%でした。
“そんな八雲の観光が変わるかもしれません。
開園から10年を迎えた噴火湾パノラマパークです。
11ある道立公園の中で、長年、利用者数トップを守ってきた札幌の真駒内公園を超えました。園内には外国人観光客の姿も目立つように―
海外向けのガイドブックに載っているわけではありませんが、高速道路のトイレ休憩で止まって、風景を撮ってSNSで発信したことが理由です。
隣接するハーベスター八雲。ケンタッキーフライドチキンの試験農場として開かれ、農村風景と噴火湾の眺めを楽しむことができるレストランも。
“ここを開いたジェーシーコムサの大河原毅(おおかわら・たけし)さんは、八雲町の観光大使にもなっています。外国人に八雲の風景と食を楽しんでもらう宿泊施設を作る構想を持ちます。
八雲町にはおぼこ荘をはじめ秘湯や源泉かけ流しなど7つもの温泉があります。
複数の泉源を持つ温泉が多く、豊富な湯量が特徴の八雲町の温泉。
その地中からの恵みを生かそうと進んでいるのが地熱発電の調査です。
かつて金や鉛、マンガンの鉱山があった鉛川(なまりかわ)地区。
学校の跡地に建っていたのは日本最大級のボーリングの櫓です。
掘削は7月から始まり、現在は地下1,200メートルまで掘り進んでいます。
想定しているのは、一般家庭2,300世帯分の電力をまかなう比較的小規模の発電所です。町内では他に、熊石地区でも地熱発電の調査が進んでいます。
八雲を代表する企業。第3位は日本フードパッカー道南工場。
240人が働く八雲町内で最大の事業所です。
1日に豚を1000頭、牛は30頭の処理をしています。
1975年に日本ハムグループ入りしてから豚の処理能力は15倍に。
原木と呼ばれる塊を食品スーパーなどに出荷するほか、ハムやソーセージの原料をグループの工場に供給しています。
北海道ではこの八雲町が一番最初というものが実はたくさんあります。
酪農やハーブ鶏、バター飴、そして木彫りの熊も八雲が発祥とされています。
旧八雲町の開拓の歴史は、1878年、徳川御三家の旧尾張藩の藩士などが遊楽部川河口付近に上陸したことにさかのぼります。
町の名前の八雲は、古事記に載る日本最初の和歌に由来しています。
町内には、東海地方とのつながりを表す地名も見られます。
2年前にオープンした木彫り熊資料館。今年は来場者がおととしの3倍以上になっていると言います。
木彫りの熊は、尾張徳川家の当主だった徳川義親(よしちか)が、スイスから持ち帰った見本を八雲の農民に渡し、冬の間の副業にと製作を勧めたのがはじまりとされています。
あの銅像の人物は、町民に徳川さんと呼ばれ、親しまれた義親なのです。
落部の漁港は、今、ボタンエビの水揚げの最盛期。大ぶりのエビを生きたまま出荷します。
取材をしているとホタテ漁の仕事を楽にしたという八雲のアイデアマンを見つけました。
トドマツとアルミで自作するこの道具。稚貝を成長に合わせてかごから移し替える時に成
長の邪魔になるゴミや他の貝を取り除くために使います。
隙間を一定に保ったまま、効率よく製造する方法を考案。これまでに200個以上を販売し、八雲町内だけではなく、道東や青森県からも引き合いが来ていると言います。