明治元年~明治2年(1868年~1869年)の戊辰戦争で、会津藩は、15歳~17歳の少年で『白虎隊』を編成、彼らは明治元年(1868年)8月23日、戸の口原での戦いで決定的打撃を受けて潰走し、負傷者を抱えながら郊外の飯盛山へと落ち延びました。だがここから眺めた戦闘にによる市中火炎の模様、黒煙と炎に包まれる鶴ヶ城を見て、自分達の至らなさで会津をこんな火の海にしてしまったと いち早く会津の負けを悟り、自ら命を絶っていきました。 そんな飯盛山をお参りし、ついでに紅葉を楽しみました。

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