ネタの元にした記事はこちら
https://www.itmedia.co.jp/business/articles/2302/28/news045_4.html

■■■使用音源■■■
フルハウス by Make a field Music

■■■活動実績■■■
2021年10月
北海道余市町さんと並行在来線問題についてのオンライン会議、町長との対談を実施。
この取組については、以下のメディアでご紹介いただきました。
・朝日新聞(21年12月8日掲載)
・北海道新聞(21年12月3日掲載)

2022年9月22日
河出書房新社より『鉄道会社 データが警告する未来図』を上梓

2022年10月15日
出雲坂根スイッチバック、どうにかなるか?シンポジウムに登壇者として参加

■■■余談■■■
チャンネル名の由来
主が鉄道好きな50代ハゲのおっさんなので、鐵坊主です。(オール巨◯師匠似)
「鐵」が旧字体なのは、小湊鐵道、大井川鐵道などに影響受けていて、字面がカッコイイ、それだけでございます。

■■■連絡先■■■
コラボ、案件のご要望はこちらまでお願い申し上げます。
メール contact.tetsubozu@gmail.com
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※動画にして欲しい内容についてのご要望については、コメント欄をご利用ください。メールでのご連絡はお控えくださいますよう、お願い申し上げます。
また、メールでの個人的なご連絡もお控えください。

■■■コメント■■■
個人、団体、企業などに対して、根拠のない誹謗中傷などの書き込みは削除させていただきます。ご了承ください。

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50 Comments

  1. 地方中核都市だが 愛媛県松山市の いよてつ高島屋は テナントリニューアルしながらですけど 健在 これからも 撤退は ないだろう。

  2. 首都圏に関しては、南船橋のららぽーとや、越谷レイクタウンなど駅直結のモールもあり、電車利用も多いんですよね(再来週幕張新都心のイオンモールも駅直結になりますし)
    休日に人が集まる場所が都心一等地から周辺に分散したと言う事でしょうか

  3. 関西では2010年代に入り、梅田阪急、阪神、あべの近鉄が建て替わり、電鉄系百貨店の存在感はいまだに大きいです。ただ、上本町近鉄はやや勢いが陰り、河原町から阪急が撤退するなど、長い目で見ると関西でも百貨店は廃れつつあるのかもしれませんね。

  4. 単純に関東に本当の私鉄ターミナルがない
    阪急梅田、南海難波、近鉄上本町・阿倍野のような
    相互乗入れも、元々巨大ターミナルがないってのが大きい

  5. 静岡は清水市の山奥からパスで静鉄新清水まで行き(山から清水駅に行くのに清水に住んでいながらも清水へ行ってくると言ってた)都会だなと思い、そこから静鉄電車(まだ300系が走っており新車として1000系が投入されたばかり)に乗って新静岡センターへ。もう大都会だと思った。
    途中には狐ヶ崎ヤングランドという遊園地がありました。
    鉄道が街の開発とはっきりリンクしていた。
    元々はお茶を静岡から清水港へ運ぶ鉄道であったが。
    鉄道と関連してなくとも清水にも西友デパート、長崎屋、丸井、ヤオハンなどがあって子供の頃に親や親戚の人との思い出が残っている。もうみんな他界してしまって悲しい。
    沼津も西武デパートもイシバシプラザもなくなり、車でららぽーとまで行くしかない。

  6. ニッチなお話をする・・・
    カナダのお話や百貨店のお話など、本筋の鉄道だけだとマンネリやネタ切れになることもあるでしょうから添え華的にはいいのではないでしょうか?
    百貨店でもイオンなどモールでも、売り物ではないにもかかわらず、子供向けの遊具スペースを提供しているように、こういったものも必要なのではないでしょうか?
    商店街の小売店では提供できない一見無駄な要素を付加価値として提供できることに魅力が発生しているのだと思います。
    鉄道ならコンセンやWiFiを提供することで移動時間も仕事時間とできることで長時間の移動でも飛行機にない付加価値・利便性を提供して集客に役立てられているように。
    ちなみに数日前にドクターイエローを見た。嬉しかった。孫に「黄色い新幹線だよ!」っと声かけたが「えー、キティーちゃん違うからいらん~~」て返された。悲しかった。
    レアな物も、人に刺さるものと刺さらないものがあるってことですね。「バナナが走ってるみたいでキモイ」らしい。

  7. 家族連れ需要を今でも比較的掴めているのは二子玉川の高島屋でしょうか。
    大都市ターミナル立地ではなく、電車でも車でも行きやすい。

    ただ一般論としては郊外立地の百貨店(SC化したものも含め)自体は軒並み厳しく、
    やはり後背地の小金持ち人口の多寡という要素は大きそう。

  8. 阪急の後追いでターミナルデパートを開業した他の電鉄系百貨店が存在感を失いつつある一方、
    本家本元の阪急百貨店が今でも圧倒的な存在感を維持しているのはなかなか興味深いものがありますね。

  9. 買い物ニーズの変化だけではなくて、文化・ファッション・流行の発信源として都心の「ストリート」の役割が低下しているように私は感じています。東急文化村、WAVE Quatro、SEIBU SEEDみたいなのって昔はもっといろんな「主張」をしていたと思うんです。

  10. 郊外のイオンモールの徹底した子育て応援のスタイルが、実際に子どもできてみるとめちゃくちゃ刺さるわけですよ。ミルクやオムツ替えスペースの心配は無用。まわりも同じようなファミリー層ばかりだから安心。
    あれが当たり前になると、とても人混みの都心まで電車で出ようとは思いません。

  11. ある意味で、東急渋谷店が閉店したばかりで、タイムリーな話題と言えますね。
    電鉄系百貨店だけではなく、百貨店という形態の商業施設が、既に時代にそぐわなくなっているという事だと思います。
    近年、各地で出来ている大型ショッピングモールや、アウトレットモールは、いわばテナントと専門店の集合体です。
    商業施設側は、あくまでも「ハコ」というスペースと駐車場を提供して、そこに各テナントと専門店に入って貰うスタイルです。
    お客さん側も、ショッピングモールにある「H&M」に行こうとか、「無印良品」に行こうとか、食事時ならフードコートで好きなモノを食べるとか、そういうスタイルが好まれているという事です。
    昔の百貨店のように、一つのお店があらゆるモノを扱うスタイルでは、お客さん側のニーズに応えられなくなったのだと思います。
    クルマ社会が進んでいる事も、電鉄系百貨店の衰退の理由の一つだと思いますが、決して、鉄道利用でのターミナル駅の買い物需要が廃れた訳ではなく、近年の梅田周辺のように、家電量販店のような大型テナントが入った方がお客さんが喜ぶという事だと思います。
    今後は、鉄道会社がターミナル駅で商業施設を持つ場合でも、鉄道会社自身が系列の百貨店を経営するスタイルではなく、ターミナル駅内の「ハコ」を用意して、そこにテナントで入って貰う形態がメインになると思います(というか、既にそうなってますね)
    鉄道会社としても、テナントの魅力で乗客が増える可能性があるし、何よりも安定したテナント料収入が得られるので有り難いと思います。

  12. 大阪の郊外に住んでいた子供の頃、阪急電車に乗って、阪急百貨店の大食堂に連れて行ってもらうが一番の楽しみでした。
    もちろん、梅田駅は地平の時代です。

  13. 利用者の立場からすると、時代遅れなショッピング施設ってありますよね。特に地元の商業施設だったりしますが…。それに、駅弁などの物産展も、地元のスーパーなどでしますので、百貨店にしかできないことを開拓できていないことが問題だと思います。

    例えば、アフガニスタンのラピスラズリを使った宝石やトルコ絨毯など、老舗百貨店にしかできない分野を怠ってるからだと思います。世界中の行商を集めて展示会をするべきだと思います。それに、百貨店業界もお得意様などを活用して、物販の敵である消費増税を阻止するべきだと思います。

    ちなみに、北海道新幹線の拠点駅には、イオンモールとの連携を通して、道民の生活拠点としての役割を目指して欲しです。

  14. かつては乗物へのベビーカー持ち込みなど考えられなかったのに、人々は電車で百貨店に行くのを楽しみにしていましたよね。確かに「ハレの日」でした。百貨店は庶民が届く価格帯のものを供給し、あの店へ行けば間違いないものが買える、という信頼性がありました。
    現在は団塊の世代が高齢層になり、消費者も商品知識が豊富になって好みが細分化しました。ネットショップのほうが商品を選びやすいし、店員に煩わされません。
    新潟では大型スーパーでも同じ役割を果たしていました。新潟交通がバスセンターを中心として開発した「万代シテイ」に出店したダイエー新潟店(当時)は全国一位の売り上げを誇りましたが、車社会の新潟では今や、必需品を買いに郊外のイオンまでいかなければならない感じです。

  15. 時代は百貨店と高層ビルですね。
    あべのハルカス、梅田ツインタワーズ、なんばパークスが成功例。
    どうする京阪!

  16. 岡山ではイオンモールが駅前に出店してきましたね。百貨店が退潮気味なのは専門店の躍進もありますが、日本人が貧しくなった裏返しかもしれません。お店の形態が大衆向けになればまた鉄道で駅に来るお客さんも増えてくれるかもしれません。

  17. 南海電鉄は自前で百貨店を持たないですが、本店(なんば)、堺(堺東)、グループの泉北高速鉄道沿線に泉北(泉ヶ丘)に高島屋をテナントに招いて非鉄道事業のコアとし、これで鉄道事業の赤字を吸収できました。かつては和歌山(和歌山市)にもありました。
    現在は本店がそれなりに維持できていますが、堺、泉北は周辺にショッピングモールが北花田、七道、鳳などに進出して子供を遊ばせられるスペース(特に鳳)もあるので徐々に厳しくなっています。
    堺が政令指定都市堺市の中心ながら夜7時に食品含めてすべて閉まるのは便利とは言えないですね。

  18. 私は平成うまれで33歳の神奈川県民ですから鐡坊主様の子どもくらいの世代ですが、父親がデパート券を貰ったら家族で「横浜そごう」に行って1日過ごした思い出がありますよ。パソコンや家電製品を見に行くときは秋葉原電気街まで行きました。けど、こういう感覚が死んだのは体感では1999年くらいだと思います。そごう経営破綻の頃です。あの時期、海老名ビナウォークが開業したり、三井アウトレットが八景島にできたり、ショッピングモールへの移行が神奈川県でも進みました。

    けど、先生と少し認識が違い。都心への直通利便性が高いことがデパートを閉店させている面も多いと思います。相模原市は政令指定都市ですが百貨店が1つもなく、市内に唯一あった相模大野の伊勢丹が閉店しましたが、相模大野から小田急で1本で新宿に出られるので行こうと思えば余裕で伊勢丹新宿本店に行けるのだから潰れて当たり前だと思います。新宿伊勢丹はこのご時世、業績はむしろ上がっていて百貨店で独り勝ち状態です。店の地下にある新宿三丁目駅は、副都心線で埼玉や横浜市内からのアクセス環境もよく、相鉄乗り入れによってさらに神奈川方面からの直通事情が強化されます。昔よりも1本の電車で早く都心に出られる商圏が広がったことが招いた好調の背景でしょう。

    つまり「ハレの場」としての高付加価値性をデパート側が時代に合った形に工夫して維持できれば、便利な電車でデパートに行くというモデルは変わらず残るかと思います。そごう破綻当時、日本中の店舗がなくなったのに横浜そごうだけ残ったのもそうでしょう。

  19. 阪急百貨店できたのが1920年。一世紀で小林一三コンセプトが陳腐になってしもたちゅう事やね。

  20. 高島屋は、流山おおたかの森みたいなSCもやっていますからね。
    〈高島屋流山おおたかの森SC〉
    JR東日本の駅ナカは、新しいもの好きな店が、多い。

  21. 長文ご無礼をば。時間都合で視聴が遅くなったこともあり、ここは純度高い?「文系鉄」的な一種の文化論になりますが。ハレとケの分離の問題かなぁとアレコレコメントも拝読して思いました。数十年前の昭和後半の記憶を持つ人は、私も含めて数多くみえるわけですが、共通して、百貨店(デパート)というと、ハレの日のお出かけ感が強いということ。まず服装からして違うし、買うものもその目的も違うし。子供向けの娯楽も充実してましたが同時に、あんまり騒いでると「よそ行き」の叱られ方されたもんですよねぇ。対して最近のイオンモールなどですと、おむつ替えに授乳室など、家族連れにはよく充実してて、それ自体は高く評価できますが(そう、あくまで否定することではありません)、しかし商業スペースに、おむつや授乳などの日常生活空間が同居する、というのがハレ空間からケへの変換を意味するのは、想像に難くないでしょう(論証の難しい人文的なことなので、こういうあいまいな表現になりますが)。かつては商店街が町のオモテの顔で、今もそうかもしれませんが、それはまさしくハレの場だったわけですが、そもそもの話をすると、お金を使う場というのが非日常性を伴うことなので、ハレ的な性格を持っているのかもしれません。歴史的には市が立つということもあるし、東アジアによく見られる銭信仰(銭洗い弁天や死出の6文銭など)も視野に入れたいところです。もちろん網野史観も。これに比べれば昨今のショッピングモールなどは、中世や近世の市場などとは比較にならないくらいに自宅(オウチ)の延長線上と言えるでしょう。なので、非日常のハレ性をウリにしてきた呉服屋さんと、近代以降それを取り入れて「都心」という非日常的な空間を演出してきた電鉄各社にとって、概ね90年代以降のケの影響力の伸長(それは私の90年代頃の記憶によれば、消費者主権や価格破壊など、概ね改革系の文言で彩られてきたので、百貨店、商店街、儀礼、贈答文化=虚礼などのものは守旧派とされやすい)は、単純に脅威でしかなかったはずです。これを乗り越えるためには、都心のハレ性を、さらにハレっ気あるものにすべくアップデートする(名駅が好例かと)か、業種転換でもするかってとこだろうかと思います。実際の経営論では、こうも単純にくくれないかもしれませんが。そうしてみると、一つは、百貨店や都心空間にも一定程度はケの要素、特に子供連れにとって必要な各種コンテンツ、さらには高齢者や障碍者・マイノリティ各層向けの種々の配慮(こういった後発的なものは、やはり後発組の郊外型店舗が得意、トイレなど)を可能な限り取り入れて、郊外との「格差」を埋めていくこと、もう一つは、それでも都心の商業というハレ性は至極当然なので、その意味をアップデートしてより洗練していくことによる新たな非日常性の創出、というあたりかと思うのです。で。鉄的にはここから何を読み取れるか。クルマが改良され大型化される中で、子供を乗せやすくなったのは、やはり90年代以降のことですが、それ以前に子供だった私などは、親のクルマ(もちろんセダンタイプ)に乗せられてても、後部座席で騒いでたりしたら叱られたものです。このあたりに、クルマのハレからケへの変換が見て取れます。では鉄道はどうか。田舎の過疎地でもかつては栄えていた中心街があったので、そこへの交通路として鉄道は重要だったわけですが、それがクルマと郊外型店に変わられ、それらも日常つまり自宅の延長線上の空間になりました(特に子供にとっては)。つまりハレ空間の消滅です。都会でも下町風な場所ではジャージ姿のオヤジがポケットに手突っ込んで買い物してる姿がありますが、田舎の大型スーパーだと以前からサンダル履きもありましたので、大都市以外の地方の「ケ化」が物凄い、ということかもしれません。となると、公衆の場である鉄道車内の在り方も、何等かの考察の対象になるかもしれません。鉄道開業後すぐに、少なくとも明治30年代の絵画作品で、鉄道利用が庶民化し車内空間が大衆化しているのが見て取れますが、それは本来公共性あるハレ空間だったはずの車内に、それとなくケの性格が入り込んでいくことを意味しているかもしれません。両者混在で厳格な区分はできなかったと思いますが、それが分割民営化あたりまで続いていたかもしれません。てことは、JR各社は鉄道空間をケ化させた要因者かもしれません。誰がいいとか悪いとかではないのですが、そのあたりの仕切り直しを迫られたのが、昨今のローカル線議論かもしれません。例によって因果関係の論証の難しいハナシなので、確たる結論にはならないかもしれませんが。

  22. 比較的新しくJRが百貨店と手を組んだターミナル百貨店は成功していますよね(札幌、名古屋、京都、博多)百貨店が斜陽と言われて久しいですが、今後も人気テナントの集約などによる商品展開力と出店先の購買層、購買力などのニーズを掴めばまだまだ健在出来る証なのではと思います。

  23. 今回の電鉄系百貨店が時代に取り残された話は、説得力あります。私が小さい頃に名古屋の松坂屋や名鉄百貨店、名古屋三越に行く「ハレの日」があった記憶が残っています。確かに名古屋や栄まで行くのに車では行きません。公共交通機関を利用します。
    20年前から自動車所有する近郊地のファミリー層をターゲットにした店(イオンモール、ファミレス、家電量販店)、Amazonなどの通販サイトの普及など手短に購入できるビジネス形態ができる過程を感じ取りました。
    でも、私たちの世代(40代半ば)は百貨店は高級品があり、それを見る付加価値があったと感じていますが、私より下の世代は百貨店の業態を古臭く感じると思いますが・・・。

  24. 大阪特に梅田で百貨店が圧倒的に強いのはキッチリした棲み分け出来てるからだろうな
    食に特化の阪神、アニメゲームに特化の大丸、高級志向の阪急
    それらが超至近距離で運営しててどこも好調なのは大したもん

  25. 子供の頃、日曜日銀座三越や高島屋に家族でよくいきましたね。高島屋や地下に大きな食堂がありお昼をよく食べていた記憶がありました、デパートですから安くはなかったとは思いますが、買い物も今より安いイメージ今より気軽な感覚でしたね。昔は定価販売が基本でしたから

  26. クルマ所有が当たり前で休日はそれで郊外にお出かけが増えてますもんね。
    ただ、クルマも高くなって若者のクルマ離れもありますので再び地方の政令指定都市あたりの主要駅はまた盛り返すかもしれません。

  27. トイザらスの日本上陸辺りで郊外の幹線道路に専門店が増え百貨店の需要が下がったんじゃないかな。

  28. 元々、「百貨店」という業態がじり貧です。そごうの破綻はかなり前ですが、三越も伊勢丹と合併したり、業界全体の売り上げは下がっているはずです。電鉄系百貨店は、立地がいいので生き残ってきましたが、それも限界ということではないでしょうか。後発のJR東日本は、「百貨店」という業態を最初から採用していません。
    池袋の東武は、「日本一の売り場面積」がウリでしたが、ニトリやユニクロが複数のフロアごと占めていて、百貨店というよりはテナントビルになりつつあります。池袋の西武もヨドバシが入る話がありますし、生き残るのは専門店ですね。電鉄系百貨店は貸しビル業になりつつあると思います。

  29. ハレの日はデパートの大食堂でクリームソーダとホットケーキが子ども時代のエエ思いでした。帰り道で蓬莱の豚まん。幸せいっぱいやってん

  30. 私は「多様化」が一番大きいと思います。大昔の電鉄ターミナル中心の小売り商業が衰退する一方、自家用車利用の郊外スーパー中心の発展、さらにネット販売が加わって多様化したのです。娯楽施設もそれぞれに複合化して発展しています。百貨店も昔のままでは没落するので様々な方法で生き残りを図っています。

  31. 駅の周辺人口の動画、私は好きだけどなぁ。頑張って作成してください。楽しみにしています。

  32. 百貨店はスーツをオーダーメイドで作るときだけ行くイメージです。

  33. 梅田の大丸にベビーカーを連れて行きましたがエレベーターに乗るのに10分以上待ちましたよ。優先エレベーターのはずなのに全然乗れなくて。もうこりごりですね

  34. 地方の百貨店すらその傾向にありましたね
    岩田屋やいよてつ高島屋、天満屋…

  35. 今の時代、わざわざターミナル駅の百貨店に行かなくても親子連れで楽しめる場所が近所にあるというのは大きいと思います。

  36. デパートは20年ぐらい前からはもう、場所貸し商売だからな。。。。。。やっぱ地味な話題はウケがもうひとつですかぁ。

  37. 神戸はやはり、大丸神戸店が一番活気溢れてますね。平日昼間にどちらも全てのフロア廻ってきましたが、大丸のほうが絶対的に客が多い…
    駅から遠いが、ブランド力ですかね。

  38. 時代の変化…超高齢社会 少子化
    貧困層の拡大 価値観
    そもそも使えるお金がない…財布は一つ…

  39. 今は専門店が強いからなぁ!
    新宿に行ってもヨドバシカメラばっかだし。京王なら駅弁大会や北海道物産展なら行くけど。

  40. 阪神間って平地が少ないから郊外型モールが意外と少ない印象。西北、甲子園、尼崎とか大体は駅近が多い。確かに梅田以外にも分散化はしたけどね。埼玉に住んだこともあるが関東の方が郊外型モール全盛って感じがする。

  41. 昭和の頃から人口5万人から15万人の都市というか街では、ダイエーやヨーカドー、ニチイ、ジャスコなどのGMSがデパート的地位を占めており、平成10年頃に「百貨店が衰退してイオンが伸びています」という報道に「何を当たり前のことを言ってるんだ?」と面食らったことがあります。自分にとって三越が千代の富士ならダイエーは小錦みたいな感じで、ほとんど遜色なかったですから…。

    大都市のターミナル駅の百貨店って、「気になるカノジョを振り向かせたい20代男性」とか「彼らのカノジョになりそうな20代女性」とか、要するに「めざましテレビ」を見てそうな人たちが主力だな、と感じだ記憶があります。コンビニスウィーツ特集もしてますし、コンビニのヘビーユーザーと百貨店は相性がいいのかもしれません。

  42. 有り様は、時代と共に変わって来るんだろうけれど?、対応に追われてるのかも?、良い金銭教育に成っちゃったりしたかも、鉄道の時代ってのもオワコン化かも知れない?、

  43. 昭和の百貨店は、それこそ「百科」で、日曜日に母親に連れられておもちゃ売り場に階段を駆け上り(子供だから余裕で駆け上れた)、母親の洋服買い物に退屈し、屋上の遊園地で汽車に乗り、ファミリー食堂でお子様ランチを食べるのが大きな楽しみでしたね。NHK合唱コンクールの課題曲に「遊園地の汽車」というのまでありました「10階建てのデパートの~そのてっぺんの遊園地~」。今の子供にはわからない世界・・ファミリー食堂も閉店・・時代ですね。

  44. 電鉄系百貨店といえば、松江の一畑百貨店も2024年1月で閉店らしいです。これで島根県からも百貨店がなくなります。

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