愛猫・愁くんと写真に納まる遠野なぎこさん(本人のインスタグラムから)

 【激動2025芸能・社会(7)25年著名人レクイエム(下)】1999年のNHK連続テレビ小説「すずらん」でヒロインを務めた女優遠野なぎこさんが7月、亡くなった。享年45。自宅で遺体が見つかり、本人と判明するまで約2週間。晩年近しい人はいなかったとみられる。一緒に暮らしていた愛猫・愁(しゅう)くんの安否も心配された。いつ訪れるか分からない“もしも”のために、今からできる備えとは。ペットジャーナリストの阪根美果さん(59)に話を聞いた。(小田切 葉月)

 朝ドラヒロインの悲しい最期からまもなく半年。郵便物が届き続けているのか、自宅マンションのポストには紙がたまったままだ。

 衝撃の訃報に多くの人が胸を痛めた。自宅で発見された遺体は捜査関係者によると、本人確認できる状況ではなかったという。7月17日、親族が遠野さんの死去を報告。悼む声が相次ぐ中、安否不明だった愁くんが保護されたと分かり、安堵(あんど)する人もいた。

 まぶしいスポットライトを浴びる一方で、複雑な家庭環境が影を落とした。幼少期から実母に虐待を受け、家族と断絶があったという。私生活では3度離婚。近年はうつや摂食障害に悩み、自身と似た境遇の人を励ます活動に取り組んだ。

 だが、その死に気付く人はいなかった。そばにいたのは愁くんだけ。捜査関係者が慌ただしく出入りしても離れなかったといい、遠野さんに大切にされていたことがうかがえた。現在は保護され、安心できる環境で過ごしているという。

 阪根さんは「かけがえのない命に対し、その終生にわたって責任を果たすことが重要」と語る。今からできる“もしも”の備えとして5つの対策を挙げた。

 (1)水と食料の確保

 一般的に犬や猫の生存可能日数は水なしで数日、食料なしで1~2週間。自動給水器、給餌器の利用も有効。

 (2)信頼できる預け先の確保と意思表示

 “もしも”の際にペットを託せる人を見つけ、事前に引き受けの意思を確認。

 (3)経済面の備え

 託す人が見つかった後も、飼育費用は大きな負担。近年は「ペット信託」などの法的な仕組みも注目。

 (4)ペット情報の詳細な記録

 種類や病歴などを詳細に記録。新しい飼い主への円滑な移行を促すことができる。

 (5)「ペットを飼っている」とのメモを携帯

 “もしも”は家の中だけとは限らない。普段持ち歩く財布などにメモを入れておくことで、ペットの命を危険にさらす確率が減る。

 政府が立ち上げた「孤独死・孤立死」の実態把握に関するワーキンググループでは、死後8日以上経過していたケースを孤独死と推認。警察庁が今年発表した集計などから、昨年は2万1856人が当てはまった。生前生きがいや励みとしてペットを飼う人も多い。“もしも”には確実に備えることが必要だ。

 生前、遠野さんはSNSで「愁くんを守る」とつづり、写真を頻繁に投稿していた。阪根さんは「親交のある人に引き取りを依頼していた。スムーズな保護につながったのでは」と話す。壮絶な人生に安らぎを与え、家族となった愁くん。遠野さんの思いと共に今も元気に生きている。

 【中山麻理さん(77)7月12日死去(女優)】バレーボールチームを舞台にした「サインはV」で主人公のライバル役を熱演。79年に映画「限りなく透明に近いブルー」で共演した三田村邦彦(72)と翌80年に結婚。3人の息子に恵まれたが、99年に離婚。

 【吉行和子さん(90)9月2日死去(女優)】78年に大島渚監督の映画「愛の亡霊」で主演を務めたほか、TBS「3年B組金八先生」、フジテレビ「ナースのお仕事」などドラマでも活躍。母は美容家でNHK連続テレビ小説のモデルにもなった吉行あぐりさん。

 【橋幸夫さん(82)9月4日死去(歌手)】1960年に「潮来笠」でデビュー。「いつでも夢を」「霧氷」などがヒットし、舟木一夫(81)、西郷輝彦さんと「御三家」として人気を博す。23年に一度引退し、翌24年に復帰。認知症を公表し、闘病していた。

 【村山富市さん(101)10月17日死去(元首相)】社会党の委員長などを歴任。1994年に自社さ連立政権の首相に就任。95年、戦後50年で「村山談話」を発表。長く白い眉がトレードマークで、番組企画で松村邦洋(58)がアポなしでカットする企画も行われた。

 【仲代達矢さん(92)11月8日死去(俳優)】小林正樹監督の「人間の條件」シリーズで頭角を現す。その後、黒澤明監督の映画「影武者」「乱」に出演。影武者はカンヌ国際映画祭の最高賞パルムドールを受賞。劇団「無名塾」も主宰し、役所広司(69)らを育成した。

 【原田眞人さん(76)12月8日死去(映画監督)】79年監督デビュー。代表作に「クライマーズ・ハイ」「検察側の罪人」など。「スター・ウォーズ」日本語吹き替え版(82年)の翻訳を監修したほか、「ラストサムライ」(03年)では俳優としてハリウッドデビュー。

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