Text:森 朋之
Saucy Dogが、8月8日公開の『映画クレヨンしんちゃん 超豪華!灼熱のカスカベダンサーズ』の主題歌「スパイス」を手がけ、大きな注目を集めている。
SEKAI NO OWARI「RPG」(『バカうまっ!B級グルメサバイバル!!』[2013])、ゆず「OLA!!」(『オラの引越し物語 サボテン大襲撃』[2015])、あいみょん「ハルノヒ」(『新婚旅行ハリケーン ~失われたひろし~』[2019]、マカロニえんぴつ「はしりがき」(『謎メキ!花の天カス学園』[2021])、My Hair is Bad「思い出をかけぬけて」(『オラたちの恐竜日記』[2024])など、数々の話題曲を生み出してきた“映画クレヨンしんちゃん”シリーズ。TVアニメ『クレヨンしんちゃん』EDテーマとしても起用された「スパイス」もまた、世代を超えた名曲として浸透していくことになりそうだ。
Photo:日吉“JP”純平
Saucy Dogはこれまでにも3曲の映画主題歌を手がけている。まずは“Saucy Dog×映画主題歌”が生み出してきた、音楽と映像のケミストリーについて振り返ってみたい。
『君を愛したひとりの僕へ』(2022)/「紫苑」
映画『僕が愛したすべての君へ』と2作同時に公開された『君を愛したひとりの僕へ』。原作は乙野四方字による同名小説で、パラレルワールドを行き来しながら、“1人の少年がそれぞれの世界で別々の少女と恋に落ちる”という物語が描かれる。互いの世界が影響し合い、支え合うという構造も話題を集めた。
繊細で美しいギター、ピアノのフレーズが絡み合い、〈いつのまにか僕らはこんなに傍に居たのにね〉というフレーズで始まる「紫苑」。ファルセットを交えたエモーショナルな旋律、そして、“望んでいた未来とは違ったとしても、必ずいつかまた僕らは会えるはず”という思いを込めた歌詞が響き合うミディアムバラードだ。映画のストーリーや世界観とリンクしつつ、聴き手それぞれの恋愛や今は会えなくなってしまった大切な人への思いとも重なる、普遍的なラブソングと言えるだろう。
『スクロール』(2023)/「怪物たちよ」
上司からのパワハラに苦しみ、希死念慮に捉われている“僕”(北村巧海)、日々を刹那的に生きる“ユウスケ”(中川大志)、“僕”のSNS投稿に共感している“私”(古川琴音)、ユウスケと結婚すれば心が満たされるはずだと思っている“菜穂”(松岡茉優)を中心にした映画『スクロール』。葛藤や閉鎖感を抱えた4人の若者による群像劇のために制作された「怪物たちよ」は、石原慎也(Vo.&Gt.)のこの映画に対する強いシンパシーによって裏打ちされている。何者にもなれず、他者や周囲の視線・言葉が気になり、落ち込んだり、自暴自棄になったり。そんな“怪物”みたいな自分を誰が心の中に抱えている。それを踏まえて石原は、自身の経験も投影しながら、〈「それが僕だ」って答えはなくたって/悩め、生きて。怪物達よ〉と力強く歌い上げている。歪んだエレキギターを中心とした、緊張感と調和を同時に感じさせるバンドサウンドも素晴らしい。
『52ヘルツのクジラたち』(2024)/「この長い旅の中で」
2021年の本屋大賞を獲得した町田そのこのベストセラー小説を杉咲花の主演で映画化した『52ヘルツのクジラたち』。ヤングケアラーとして思春期を過ごし、大きな傷を抱えた女性・貴瑚は、東京から大分の海辺にある家に移り住む。そこで出会ったのは、母親から虐待され、声を発することができない少年。彼女は少年を見過ごすことができず、保護し、一緒に暮らし始める――。心に傷を持った人たちが互いの声に気づき、癒し、成長していく姿を描いた感動作だ。
本作の主題歌として制作された「この長い旅の中で」は、ギターのフィードバック音からはじまるミディアムチューン。鋭さと大らかな雰囲気を共存させたアンサンブルとともに、力強いボーカルが響き渡る。歌詞で印象に残るのは〈例えば君がペテン師でも/君を信じて後悔したいや〉というライン。傷を抱え、誰かに頼りたいと願いなながらも、どうしても人を信じ切ることができない“僕”。日々を鬱屈と過ごすなかで“君”と出会い、騙されてもいいから信じてみたいと思うようになる――そんな心の動きを捉えた歌には、映画と同様、多くのリスナーの気持ちに寄り添い、包み込む力が備わっている。
「スパイス」に込められた”あなた自身の未来”へのエール
『映画クレヨンしんちゃん 超豪華!灼熱のカスカベダンサーズ』の主題歌として書き下ろされた「スパイシー」もまた、映画のストーリーやメッセージとSaucy Dogの音楽性、メンバー自身の生々しいエモーションがしっかりと共存している。
まずは「超豪華!灼熱のカスカベダンサーズ」のあらすじ。インドの“ハガシミール州ムシバイ”が春日部と姉妹都市になったことを記念して、「カスカベキッズエンタメ フェスティバル」が開催されることに。このフェスティバルのダンス大会で優勝を勝ち取ったしんのすけと“カスカベ防衛隊”は、賞品のインド旅行をゲット。インド観光を満喫する中、怪しげな雑貨店に入ったしんのすけとボーちゃんは、そこで「鼻の形」に似たリュックサックを購入する。しかし、そのリュックサックにはとても恐ろしい秘密があった――と、ストーリーの入り口だけでも「面白そう!」とワクワクしてもらえるはずだ。
それはおそらく石原慎也もまったく同じ。子どもの頃から「クレヨンしんちゃん」の大ファンだったという石原は、映画の主題歌のオファーを受けて、「自分たちの未来にもつながるような楽しくて前向きな曲を書きたいという気持ちでした」とコメントしている。
最初に聴こえてくるのは、軽やかなアコギのフレーズ。さらにエレキギター、ベース、ドラムが重なり、心地よいグルーヴが広がっていく。「スパイス」の基軸になっているのは、大らかさ、楽しさ、そして、ほんの少しの切なさが込められたバンドサウンド。石原、せとゆいか(Dr./Cho.)、秋澤和貴(Ba.)の現体制になって10年が経ち、3人のアンサンブルはさらに広がりと深みを増しているようだ。ゆったりとした手触りとエモーショナルな力強さを兼ね備えたボーカルも素晴らしい。ただ穏やかなだけではなく、要所要所で鋭い歌声を差し込むバランスの良さにもぜひ注目してほしいと思う。
歌詞で描かれているのは、毎日がワクワクに溢れていて〈失敗なんかいちいち数えなかったあの頃〉、そして、大人になって〈いつからかいつからだ/良い人でいなきゃなんて〉とどこか窮屈な思いをしている現在。子供のときはシンプルに未来を思い描いていたのに、いつの間になくなってしまったのか……それはたぶん、多くの大人が共有している思いだろう。
そんな状況をしっかりと見据えながら、それでも石原は“未来を描こう”とリスナーと「クレヨンしんちゃん」のファンに呼びかける。特に心に残ったのは〈期待値に焦がされたって/イメージは枯らさないように/無責任な言葉に自分を見失わないように〉というフレーズ。周囲の視線を気にし過ぎず、あなた自身の未来へのイメージを大事にしてほしい。この歌詞からそんなメッセージを受け取ったのは、筆者だけではないだろう。
前述した「クレヨンしんちゃん」関連の楽曲と同じく、「スパイス」もより幅広い層のリスナーに届くことはまちがいない。この曲をきっかけにSaucy Dogは、国民的バンドにまた一歩近づくはず。2025年1月4日に行われる初のドーム公演(京セラドーム大阪)に向けて、さらなる飛躍を呼び込む1曲になりそうだ。
リリース情報
シングル「スパイス」
2025/8/1 RELEASE
配信リンク:
https://saucy-dog.lnk.to/spice
公演情報
【Saucy Dog DOME LIVE 2026】
2026年1月4日(日)
大阪・京セラドーム大阪
OPEN 14:00 START 16:00
https://saucydog.jp/feature/domelive2026
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