岩手県内で死者・行方不明者6255人が犠牲となった東日本大震災の発生からきょうで10年が経った。
県内は一日、大切な人への鎮魂の祈りに包まれた。

あの日から10年を迎えた朝。
昇る太陽に被災地が照らされた。

夫と長男を亡くした人
「常に、常に心の中に主人も長男もいました。『悲しみとともに生きていくんだ』と笑顔でいこうかなと思っています」

両親を亡くした 浅沼誠さん
「10年前の午後、あの向こうから津波が来たと思うと悔しいです」

娘と孫を亡くした人
「私の宝物が亡くなっちゃって。朝晩に祈っていて、天国に届いてもらっていればそれ以上望みは持っていない」

宮古市では大津波警報を想定した避難訓練が行われた。

無線「近くの高台に避難してください」

自宅を流された人
「(10年前は)こんなに大きな津波が本当に来るって感覚がなかったので、そのことを忘れないようにという意味合いで来ています」

避難訓練の参加者
「子供たちのお手本になれるように、自分もちゃんと訓練に参加していきたいと思います」

大槌町では750キロ離れた2つの被災地をつなぐ「希望の灯り」を前に祈りがささげられた。
希望の灯りは阪神・淡路大震災の被災地である神戸市から分けられたもの。

大槌ライオンズクラブ 大萱生修一会長
「全世界からの援助もありました。地道に自分の足元を見つめながらやっていくのが恩返しであり、思いに報いる道だなと思っています」

山田町では、まちなか交流センターに「震災伝承ギャラリー」が開設された。
地区ごとの東日本大震災直後の被害の様子や復興の状況をまとめたパネルが展示されている。

津波で孫を亡くした 菊池キヤウさん
「仏様拝んで、ご飯あげて、朝日を向いて手をはたいてお祈りする。毎日お祈りしている」

2020年、陸前高田市にオープンした文化会館には献花台が2カ所設置され、朝から多くの人が花を手向けに訪れた。
また、会場では身元不明者の相談会が開かれ、似顔絵や所持品が公開され、家族を捜す人の姿があった。

家族3人亡くし母親が行方不明の人
「亡くなった人の分も頑張って長生きする。そういう気持ちです。母も兄夫婦も病気していなかったから長生きしてほしかったと今も思っている」

陸前高田市ではいまだ202人の行方がわかっていない。
高田松原津波復興祈念公園の砂浜では警察が集中捜索をした。
県によると、東日本大震災で県内では5144人が亡くなり、1111人が行方不明になっている。(2月末時点・県まとめ)

県警本部 警備部機動隊 田中誠也巡査部長
「震災から10年が経過するが、これからも被災者の方々の想いに寄り添って、一つでも多くの手掛かりを見つけられるように懸命に取り組みたい」

三陸鉄道では午後、特別列車を走らせた。
その名も「3.11を語り継ぐ 感謝のリレー列車」。
教訓を県内外の乗客に伝えた。

三陸鉄道 中村一郎社長
「大きな地震があったときには、皆さんでしっかり避難していただく」

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