このたび豊永浩平さんの新刊『はくしむるち』が、第39回三島由紀夫賞の候補作にノミネートされました。本作は今の沖縄に生きる少年少女の日常と、80年前の戦争に従軍した少年兵たちの時空を交差させながら、時代を超えて続く暴力の連鎖を描いた長篇小説です。とりわけ現代パートに盛り込まれた数多のサブカルチャー要素に注目する渡辺祐真さんに、書評を寄せていただきました。
豊永浩平『はくしむるち』の挑戦
ウルトラマンやファイナルファンタジー、ポケモン、家庭教師ヒットマンREBORN!まで、そうした現代のサブカルチャーと、第二次世界大戦期から現代までの沖縄をめぐる暴力を、同列に語れる文学があった。
豊永浩平『はくしむるち』の最大の意義は、ここにあると思う。
『はくしむるち』は、現代と過去(太平洋戦争時代と沖縄返還の1972年)を行き来しながら、沖縄に根付く暴力を描いた小説である。
著者の豊永浩平は、2002年、沖縄生まれ。『月ぬ走いや、馬ぬ走い』で第67回群像新人文学賞を受賞してデビュー(2024年)。
本作は満を持しての第二作目となるが、そのスケールや試みは、一作目を超える壮大で挑戦的なものだ。
この書評では、本作に描かれる多彩な言葉を軸に、そのすごさを紹介したいと思う。
地域方言と社会方言
言語には「方言」がある。
日本語で言えば、大阪弁、津軽弁、北海道弁、そして沖縄方言など、特定の地域で流通している言葉だ。
だが地域だけではなく、世代や趣味、職業によっても、「方言」は分かれている。
例えば、銀行で働く友人たちの集まりに僕が顔を出すと、金融用語が連発されていて、頭の上にでっかいハテナマークが浮かんでしまう。逆に、彼らが僕や文学好きの仲間の会話を聞いても、意味不明だろう。
先述の地域差による方言が「地域方言」と呼ばれるのに対して、集団の役割や特性によって分かれる方言を「社会方言」と呼ぶ。
こうした広い意味での「方言」を、小説で用いるのは諸刃の剣だ。
その方言が分かる人には深く刺さるだろうが、分からない人を遠ざけてしまう可能性がある。
だから、方言を用いずに、多くの人に届けるように書くというのが、長らく小説のスタンダードだった。
ところが、『はくしむるち』にはあらゆる方言がてんこ盛りだ。
まず、沖縄方言(うちなーぐち)である。(タイトルの「はくしむるち」の「むるち」からして沖縄方言だ)
「うれーやー盗人(ぬすらー)ぐとぅー気持(ちむぐくる)し我んは、」、「騒ぐな(あびんな)」のように、ルビが活用されながらも、沖縄方言がそのまま用いられる。
ルビが抑制されている箇所などは、沖縄方言が分からない私にはほとんど理解できなかった。
更に、在日米軍に関連した英語も駆使され、方言は幾重にも重ねられていく。
作中で、とあるアメリカ人が驚きを持って語る次の言葉は、象徴的だ。
英語を話し、日本語も、沖縄語(オキナワン・ランゲージ)も話して、それからかつては漢文(クラシック・チャイニーズ)も学んでいたのだろう、この島は? (『はくしむるち』より)
ここで語られるような、沖縄の地域方言の多彩さは、琉球王国時代、日本への編入、第二次世界大戦後のアメリカ統治下という、政治体制の歴史と無関係ではない。
しかも、平和的な言語使用ではなく、暴力的に言語を抑制・強制していた過去がある。
まさに、『はくしむるち』で描かれる第二次世界大戦下のパートでは、軍隊で沖縄方言を用いた若者が「私ハ方言ヲ使イマシタ」という札をかけさせられるというシーンがある。
これは現実に行われていた「方言札(ほうげんふだ)」という、標準語を話させるための暴力的なシステムだった。
言葉の問題でありながら、極めて射程の広いテーマなのである。
(なお、この抑圧に対して、作中では痛快な抜け穴を見つけ、それが作品のキーワードの一つになっていくのは、本作の読みどころの一つだ。)
『はくしむるち』に描かれる若者の「方言」
とは言ったものの、沖縄方言だけなら、豊永の一作目『月ぬ走いや、馬ぬ走い』にもふんだんに用いられていた。
だが、『はくしむるち』には、社会方言、とりわけ若者(1990年代から2000年代ごろの生まれ)が好むポップカルチャーやサブカルチャー、ヒップホップの言葉が多数盛り込まれている。
子供のころ憧れだった物の代表に「クルトガのシャープペン」を挙げ、中学生のオタク女子の趣味が『家庭教師ヒットマンREBORN!』(しかも雲雀恭弥の夢女子)と『銀魂』、住宅地の中にぽっかりとある変な空間を「なぞのばしょバグ」と表現する。(「なぞのばしょバグ」とは、昔のポケモンでバグを使うことで異空間に行くバグ技。そこでは珍しいポケモンが捕まえられたので、子供達は心惹かれて足を踏み入れてしまうも、たまに脱出不可能になる大惨事もあった)
こうしたポップカルチャーにまつわる表現や固有名詞が、特に注釈や説明なく、バンバン用いられる。
というのも、若者にとっては当たり前の感覚だからだ。沖縄に住む人々が、沖縄方言を用いるくらいに自然なことなのである。
だから、そういう広い意味での方言によって、彼らの生の息遣いや感性が伝わってくる。
例えば、瑞人(みずと)という少年が、危なそうな年長者と話した際、男のタトゥーを見ながらこんなことを考える。
瑞人は男の背中から二の腕にかけて、互いの尾っぽを喰らう、二匹の蛇のタトゥーが刻まれているのを目にした。これはなんてマークだっけかな、たしかユッキーが好きなゲームとかにもよくでてた、ディアブロスだったっけか、違うなあれは『モンハン』にでてくる砂漠の暴君、それともバルボロス? ちゃうなそれは『ドラクエ』で、たぶん「ポケモン』の、むし/ほのおタイプのウルガモスでもないんだろうな、でも、まーとにかくそういう名前だ。
この場にきみがいれば、ウロボロスでしょ、と指摘しただろうが(後略)
(『はくしむるち』より)
ここに列挙される固有名詞にピンと来た人は、今すぐ『はくしむるち』を読んでほしい。きっと楽しめる。
だが、もちろん分からなくても問題ない。
固有名詞が分からなくても、話が理解不能になるわけではないし(単に様々な方言や固有名詞を並べ立てているわけではなく、ルビや前後の表現によって、きちんと読者のための配慮がされている)、なによりも、本作に出てくる固有名詞や方言が全てわかる人の方が、おそらく珍しいからだ。
そして、分からなさを味わうことが『はくしむるち』の醍醐味でもある。
いくつもの「方言」と「暴力の連鎖」
僕らはすべての方言(言語)に精通することなどできない。
だから普通は、その方言を適度に「翻訳」し合ったり、時にわかる部分で補完したりすることで、コミュニケーションをとっている。
「分かる」を寄せ集めて、「分からない」を埋める、それがコミュニケーションだ。
『はくしむるち』は、そういう読書体験になる。
様々な題材、言葉遣い、歴史、文化がごちゃ混ぜで届けられる。きっと一つは分かる言葉がある。だからそれを糸口にしていけばいい。
読者それぞれの入り込み方がある。
一方で、そんな個人差なんて関係なく、誰にも平等に突きつけられる鮮烈な暴力描写が、より一層胸に迫ってくる。
その暴力は、沖縄という地域の固有な歴史に由来する、構造的で執拗なものであり、これは本作の重要なテーマの一つだ。
誰しもが目を覆いたくなる暴力の連鎖。
それに立ち向かう手段が、主人公たちが愛するサブカルチャー(つまりは、ある種の「方言」)なのも見逃せない。
きみは恐怖を押し殺して、暗闇を走りながら、みずからのなかにある覚悟を決めるための、一押しの言葉を探す。それは『アンダーテール』のなかでは、運命を変えたいという心であり、死後も魂を存続させる、ニンゲンが抱く感情であるとされていた。
きみはケツイ(ディターミネーション)で満たされた。
(『はくしむるち』より)
『アンデーテール』は、日本でも大人気を博する、アメリカのコンピューターゲームだ。
モンスターの住む地下世界に落ちてしまった主人公は、モンスターたちと仲良くなるか、彼らを殺すかを選びながら、地下世界を進むという内容。
『はくしむるち』(沖縄)では、暴力が連鎖していた。
だが主人公である「きみ」は、それに対して非暴力の抵抗を選び取る。
そのときに勇気を与えてくれたのは、まさにモンスターを殺さず、平和的に解決することが選べる『アンダーテール』だった。
『アンダーテール』という言葉は、人気ゲームとは言え、伝わらない人も多い「方言」だ。しかし、いやだからこそ、きみは勇気づけられた。
きっと流れるBGMは「SAVE the World」だろう。(「MEGALOVANIA」が捨てがたいけど、あれはGルートだからダメだ)
「分からない」にアクセスする体験
『はくしむるち』は、地域差、世代差、趣味といった様々な「方言」によって出来上がった、サラダボウルのような小説である。
私は比較的著者に年齢が近い世代の人間として、サブカルチャーの多くに心惹かれたが、同時に、沖縄の歴史やいくつかのヒップホップ文化などについては分からない部分も多い。
だが、ともかく自分の分かる「方言」から、沖縄の抱える大きな傷や歴史に触れることができた。
だから読者それぞれの「分かる」を通して「分からない」にアクセスしてほしい。
確かに「分からない」に付き合うのはストレスがかかる。
自分が分からない単語や言葉遣いが話されている間は、まるで除け者にされたような心地がするし、自分の悪口が言われているのかもしれないと不安にもなる。
その不快感や警戒心が、時に方言を抑圧させたり、他者の趣味を否定させたりすることになる。
逆に言えば、慣れていけばその向き合い方も分かるし、ストレスも減っていく。
『はくしむるち』を読むことは、多様な方言を聞き、理解しようとする体験そのものになる。

『はくしむるち』豊永浩平(講談社)
デビュー作『月ぬ走いや、馬ぬ走い』で群像新人文学賞と野間文芸新人賞をダブル受賞した大型新人が、圧倒的な筆力で描く衝撃の長篇第一作!
暴力が支配する世界に、「ヒーロー」は現れるのか? 戦争の傷が刻まれたこの島で、新しい地図を描くための「戦い」がはじまる。
きみは沖縄に生まれ育ち、ウルトラマンに憧れるオタクになった。小中学校とエスカレートする「いじめ」を生き抜いたきみは、この島を分断する「壁」に向かって、ある「計画」を実行していく――。
沖縄の今を生きる少年少女と、80年前の戦場を生きた少年兵たち。ともに白紙のような彼らを呑み込んでいく巨大で残酷な暴力に、どう立ち向かうのか? 現代と戦中戦後の時空を交差させて描く、鮮烈な青春小説にして、新しい世界文学の誕生!

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