2025年6月に熱中症対策が罰則付きで義務化され、農業法人などの経営者にとって、もはや単なる「暑さ対策」だけでは済まない時代に入っている。全国唯一の農業法人ネットワーク組織である日本農業法人協会が研修会で伝えている熱中症対策のポイントを紹介する。

 

2025年6月に
熱中症対策が義務化

今年も暑い夏がやってくる。近年の猛暑は農業現場に深刻な影響を及ぼしており、2024年夏の農作業中の熱中症による救急搬送者数は2,322人と、この5年間で最多を記録した。農作業死亡事故でも2024年は熱中症による死亡者が59人にのぼり、前年より22人増加している。

日本農業法人協会は、主に外国人材を対象とした「雇入れ時農作業安全研修会」を各地で実施している。今年3月には香川県坂出市で、タイ・ラオス・ミャンマーから来日した技能実習生27名を対象に研修会を開催し、農作業の安全対策とともに熱中症への注意を呼びかけた。講師をつとめた同協会業務課の田沢知也さんに注意すべきポイントを聞いた。

1.農業現場のリスクを
正しく知る

香川県で開催した雇入れ時農作業安全研修会=2026年3月18日(写真提供 日本農業法人協会)

熱中症のリスクが特に高いのは、草刈りや薬剤散布などの重労働、エアコンの効かないトラクターでの長時間運転、ハウス内作業だ。同じ屋外作業でも環境によってリスクは異なる。畑は直射日光にさらされるが、風通しがある。一方、ハウス内は高温多湿で風通しが悪く日陰もないため、リスクが格段に高まる。

危険は真夏だけに限らない。救急搬送は5月頃から増え始め9月まで続く。身体が暑さに慣れていない時期こそ、実は警戒が必要になる。

外国人材特有の課題もある。講師の田沢さんは「暑い国から来た実習生でも、日本は湿度が高く、自分の国より暑いと感じる人が多い」と話す。そもそも熱中症という概念自体を知らない人も多く、症状が出ても気づかないことが大きなリスクだ。

2.のどが渇く前に
水分・ミネラル補給を


雇入れ時研修テキストの一部。イラストで分かりやすく伝えている(提供 日本農業法人協会)

研修会で強く訴えているのが「のどが渇く前に水分を補給すること」。作業に集中していると、体調が悪化していることに本人が気づかないまま脱水が進行し、重症化してしまうケースがある。

水だけでなく、スポーツドリンクや経口補水液、塩飴でミネラルも合わせて補給し、身体への吸収を高めることがポイントだ。

3.症状を確認し、
初期対応を素早く

雇入れ時研修テキストの一部。熱中症を疑う症状が出た際の動きをフローチャートで紹介している(提供 日本農業法人協会)

体調が悪いのに熱中症と認識できず作業を続け、発見が遅れる。これが重篤化につながる最も危険なパターンだ。研修会では、軽症・中等症・重症の段階別に症状を伝え「頭痛や吐き気があったら、すぐに作業を止めて報告してほしい。重症になると意識がなくなるので、周りが気づく前に自分で気づいた段階で動くことが大切」と話す。

発症時の初期対応は「呼びかけに反応するか」が分かれ目になるという。反応があれば涼しい場所に避難させて休息をとる。反応がなければすぐに救急車を手配する。初動対応を日本人も外国人も誰でも行えるよう、普段から社内で確認し合う体制が重要だ。フローチャートを作成し、外国人材向けには母国語に翻訳して配布することを勧めている。

4.法人経営だからできる
組織的対策

雇入れ時研修テキストの一部(提供 日本農業法人協会)

法人経営では組織的な仕組みで従業員の安全を守ることができる。日本農業法人協会が研修会などを通じて伝えている主な対策は以下の通りだ。

①作業管理 朝礼で「いつ・どこで・誰が・何を」を共有し、可能な限り単独作業を避ける配置を心がける。

②健康管理 体調不良を訴えやすい雰囲気づくりが重要。上司や同僚が声をかけ合い、無理をしないよう促すことが早期発見につながる。バディ制(2人1組で体調を確認し合う制度)を導入すれば見落としを防げる。

③環境整備 冷房付きの休憩場所を確保し、スポーツドリンクや塩飴を会社負担で常備して自由に補給できるようにする。福利厚生の一環として取り組む法人も増えている。

④熱中症対策アイテムの活用 ファン付きベストや冷却タオル、塩分タブレットといった熱中症予防グッズの活用。全従業員分を一度に揃えるのが難しい場合は貸し出し制にするなど、できるところから取り入れたい。通気性のよい服装を心がけることも基本的な対策の一つ。

⑤外国人材への対策 症状や予防策を母国語に翻訳して掲示し、先輩従業員がフォローしながら理解するまで説明する。

⑥勤務時間の工夫 早朝から出勤して昼前に作業を終了、暑い時間帯は休憩にあて、夕方から再開するシフトを採用する農業法人も少なくない。ただし技能実習生は労働基準法が適用されるため、日本人従業員のように柔軟な勤務時間の設定が難しい面もあり、法令に沿った調整が必要になる。

先進事例を一つ紹介する。北海道で酪農を営む株式会社Kalm角山では、数年前に別の農場で起きた外国人従業員の事故を受け、外国人には日本人以上にしっかり理解してもらわなければならないと安全対策を強化した。熱中症対策にも力を入れ、インドネシア人従業員向けに母国語で翻訳した「症状と分類」を掲示し、注意喚起を日常的に続けている。

株式会社Kalm角山の熱中症症状と対策の掲示資料(写真提供 日本農業法人協会)

5.法改正を知り、
体制を整える

押さえるべき法改正は以下の2つ。

2024年4月に農業分野の雇入れ時安全衛生教育の一部省略規定が廃止され全項目が義務化された。さらに2025年6月には改正労働安全衛生規則により、熱中症の早期発見体制の整備、対応手順の作成、関係者への周知が罰則付きで義務づけられた。

日本農業法人協会では会員向け週報「Fortis」で社労士による解説やフローチャートの配布を行い、対応を促してきた。同協会総務政策課の名取芙海さんは「農業現場も建設現場のように安全衛生が求められる方向に向かっています。当協会は、農業法人の組織であり、働きやすい環境づくりへの取り組みの支援として積極的に行っていくべき分野だと考えています」と語る。2026年度から農業機械等の作業安全オンライン研修の事業も開始する予定だ。

まとめ
~夏前のいまこそ準備を~

5つのポイントに共通するのは「知ること」と「備えること」の大切さだ。症状を全員が知り、フローチャートを整備し、日常的に確認し合う。それだけで防げる事故は少なくない。

日本農業法人協会の「雇入れ時農作業安全研修会」は随時受付中。申し込みは協会ホームページから申込書をダウンロード。受講料は1人あたり会員8,000円(税別)、非会員10,000円(税別)。

次回は、先進的な熱中症対策に取り組む茨城県稲敷市「れんこん三兄弟」を紹介する。

DATA

日本農業法人協会 雇入れ時農作業安全研修会

取材・文/佐藤美紀

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