ゆき農園・代表村上泰弘は昭和41年に広島県尾道市で生を受け、必ずしも裕福な家庭ではありませんが、家族には恵まれ、大学院まで進みました。
大学院を卒業後、博士業を取得し、農水省で研究員・技術員として8年、東京大学理学部で研究員として6年、広島の農業法人で常務として12年間勤務していました。その後、54歳で独立して、現在、主にイチゴを栽培・販売しています。販売先・取引先は北は北海道、南は奄美大島まであります。自分で探しました。
研究の専門は植物分子生物学、植物育種学、植物生理学、植物病理学です。
農業法人では売り上げが2500万円から7500万円まで伸ばしました。同じ土地で、同じ従業員で行いました。私は指導指揮する立場でしたが、利益を上げようと不眠不休で栽培試験・栽培指導・営業をしていました。また様々な農園を全国視察し、独自の栽培方法を確立しました。
高校を卒業してから、農業関連で40年間勉強、研究、普及してきました。私は農業を総合的に理解できるプロフェッショナルと自覚しています。
社会人になってから苦難の連続です。
これからも数多くの苦難に巡り合うと思いますが、それをくぐり抜け、能力と精神を鍛え上げていきます。
▼プロジェクトを立ち上げたきっかけ
どの産業もそうですが、特に、農業は儲かる人と儲からない人の格差が大きいです。私は今、底辺にいますが、これから登るだけです。
そこで、思い切って提案です。長野県で春夏秋冬イチゴのブランド化です!将来に向かって、皆が、社会が豊かになる仕組み作りです。
一年間キャッシュフローがあり、経営が安定するだけでなく、一年間仕事があり、障がい者、うつ病の方、高齢者の方が安心して暮らしていけます。
日本の中でも同じ地域で一年中イチゴを作れるのは長野県だけです。 冬春は冬春イチゴ、夏秋は夏秋イチゴを栽培します。同じ土地で一年中切れ目なくイチゴを栽培して、障がい者雇用を考えていたので、決意を固め、出身地の広島県から長野県に移住いたしました。
そう想い至ったのは、25年前、若くして最愛のパートナーの心が折れ砕けていたことに気付けなけなく、自殺し、私の人生が大きく変わりました。 そして自殺する前日にイチゴを食べたことから、イチゴでパートナーと同じように心に負担を抱える方々に希望を着てほしい思いました。 私自身もそうすることで、パートナーの死と向き合い、一日一生の想いで生きていきたいと独立を致しました。
人口減少が進む中、高齢化とともに障がい者も増えています。
年齢を重ねてくると、彼らは身体の衰えとともに生活に不安を感じます。
10年、50年を見据えると彼らをどのように活かすかが大きな課題だと思っています。
イチゴ栽培は 最新の機械で軽作業にすることができます。障がい者、高齢者なども仕事ができるようにします。
昨今の温暖化でイチゴが安定的に作れなくなっています。 私は博士号を取得して、14年間研究者でした。このキャリアを活かし、誰にも頼らず、5年間でやっと私独自の新たな栽培システムを確立しました。冬春イチゴ栽培も同様です。一年を通して、イチゴを安定的に生産されるようになりました。
イチゴを安定的に一年中作れば、仕事も一年中あります。
そうすれば、障がい者、うつ病の方、高齢者等が活躍できるチャンスがあります。さらに高齢になっても、安定的に現金収入が入ります。彼らは安心して生活することができます。
人口減少の中、彼らの力が必要です。 障がい者、うつ病の方、高齢者等は様々な特性を持ち、最初は「無理かな」と思ってしまいますが、重要なことは私たちが諦めないことです。
そこで、農福連携の拡充を目的に、イチゴハウスの規模拡大とイチゴ栽培の私独自の新栽培システムを導入していきたいと考えています。

▼プロジェクトの内容
このプロジェクトは一年中キャッシュフローがあり経営が安定して、これまで不安定だった仕事から、一年中、障がい者、うつ病の方、高齢者が安心して仕事ができるようにするために、イチゴハウスの規模拡大と私独自に開発した新栽培システムで必要な機械の導入等の設備費で使用します。
日本の中でも同じ地域で一年中イチゴを作れるのは長野県だけです。 冬春は冬春イチゴ、夏秋は夏秋イチゴを栽培します。夏秋イチゴは主に洋菓子店などで使われますが、外国産も出回っています。
長野県は、夏は比較的冷涼で、冬は積雪量が少なく、日照時間が長く、日射量が高いです。水はアルプスの水で豊富です。これらのことから長野県は施設園芸には適しています。
太陽の下で、安曇野の寒暖差で、そして有用微生物を使って、四季によって変わる、美味しいイチゴを一年中作って、皆様方に安全・安心な国産イチゴを食べていただきたく思っています。
私独自で作り上げた新栽培システムでイチゴが一年中安定的に作れるようになってきました。
そうすれば、仕事が一年中あることになり、農業と福祉の連携を拡充することができます。
支援者と寄り添い、彼らは人と競うのでなく、自分のペースで仕事をして、少しずつ作業ができるようになっていきます。
私は人にやさしい、うきうきワクワクする、ホッとする農園にしていきます。
障がい者、うつ病の方、高齢者等が希望を着て、さらに他の方々にバトンタッチしていく環境作りを行っています。 そして、障がい者の方々はキャリアップして、一般就労に移行します。
完全閉鎖型の植物工場ではなく、障がい者などの働く人たちは太陽の恵みをいっぱい浴びて、土と触れ合います。自然を肌で感じます。そして、疲れた体を癒し、ゆったりと睡眠がとれます。 明日が今日よりも好きになるように、私たちは彼らに道を切り開いていきます。
農業は生命(いのち)を守る基盤産業です。さらに福祉は日本の財産になります。そして、障がい者、うつ病の方、高齢者の方等は大きな国力となり、サステナブルな経済発展を支える不可欠な国の資産となります。
ようやくイチゴを一年を通して安定生産できるようになってきました。今です!10年後、50年後を見越して、私たちは彼らを資本としていかなければいけません。 農業経営が安定して、農業ブームを引き起こし、広げていきます。日本の農業のGDPは全体の約1%から約1.6%です。他の産業に比べてかなり低いです。彼らの力を借りて、皆が集まってGDPを上げていきましょう!
現在、従業員は2人です。
一人は健常者で頼りっぱなしです。
もう一人は障がい者でたくましく仕事をしています。
少しずつ基盤が整ってきました。これからさらに彼らが豊かになるようにしていきます。そして規模拡大して、障がい者雇用は20名以上を目標にしています。彼らのうち一人でも多く一般就労すれば、これまで税金に依存してきた人たちが税金を支払うことになります。また、健常者の方は支援員として手当が加算されます。彼らは金融機関に貯蓄し、経済が好循環します。
小さい農園ですが、還暦直前、最後に奇跡を起こします!そうすることで未来に繋がります!

▼プロジェクトの展望・ビジョン
この農福連携がモデルとなって、他の地域でも広がっていくことを期待しています。
障がい者、うつ病の方、高齢者等が安心して生活できる環境にしていくことが私にとって第一義的なことです。
グループホームなども併設して、家族がいない、行き場所がない人が農業で自立し、生活できるようにすることも一つのビジョンです。
散在する古民家を活用していきます。放棄された土地は竹林で覆われています。私たちはイチゴ栽培ハウスの建設や古民家の改修で農村風景を維持していきます。
また、さらに規模を大きくして、長野県の春夏秋冬のイチゴを東南アジアを中心に輸出することが目標です。
以前の赴任先のベトナム、インドネシアで身寄りがない施設の子供さんが日本からのイチゴを美味しそうに食べていたことが目に焼き付いています。イチゴは日本が誇る果物です。輸出を視野に入れています。
そうなれば、健常者、障がい者、うつ病の方、高齢者の方が農業に誇りを持ち、農作業に向かいます。そして、他の産業と同様に豊かな暮らしができます。
春夏秋冬イチゴもそうですが、長野県は米、レタス、セロリ、キノコ類、キャベツ、白菜、リンゴ、ブドウ、桃、アンズ、ネクタリン、プルーン、栗などなど、多くの特産品があります。今農業ブームが起こっているブラジル(アグリビジネスはGDPが全体の34%で、経済を牽引しています)のように、障がい者等を巻き込んで、長野県を農業ブームにしていくことが究極の目標です。


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