ハンガリーの総選挙から一夜明けて記者会見するマジャル・ペーテル氏(4月13日、写真:REX/アフロ)
(英エコノミスト誌 2026年4月18日号)
貧しい小国のリーダーがいかにしてEUをあれほどまでに牛耳ったのか。
世界が前回、欧州の小国の選挙の行方を固唾をのんで見守ったのはいつのことだったろうか。
ひょっとしたら2015年初めのギリシャの選挙だったかもしれない。あの時は急進左派連合(SYRIZA)が勝利し、ギリシャ救済策に伴う厳しい条件を覆すよう有権者から任されたが、ものの見事に失敗した。
その15年ほど前にはオーストリアで欧州連合(EU)初の極右政権が発足した。いずれのケースも欧州の血流に混乱を植えつけた。
対照的に、4月12日にハンガリーで行われた選挙は欧州の主流派の政治指導者が望んでいた以上の圧倒的な勝利だった。
EUの頭痛の種から悪夢へ
オルバン・ビクトル氏は権力を握った16年間で、ハンガリーをEUの頭痛の種から数々の計画を台無しにする厄介者に、さらには悪夢へと変身させた。
国を破産・孤立させた首相を引きずり下ろしたい願望だけでまとまった有権者の獲得にマジャル・ペーテル氏が大成功を収めたことで、域外の混沌と域内の大変動に見舞われている欧州主流派はいくらか自信を取り戻した。
マジャル氏は、オルバン氏が国内で推進した乱暴な施策の一部取り消し、EUにおける建設的なアプローチの回復、そしてウクライナ支援阻止の取りやめを公約していた。
ある外交官は「国民は欧州を求めている!これは本当の転換点だ!」と快哉を叫んだ。
オルバン氏が率いる政党「フィデス・ハンガリー市民同盟」の職員としてキャリアのほとんどを過ごし、政治家としては初心者のマジャル氏が、国民から寄せられた期待に応えられるか否かは定かでない。
しかし、勝利の熱気ゆえに忘れ去られているのは、他の欧州諸国にとって厄介な疑問だ。
貧しい小国のリーダーだったオルバン氏はいかにしてEUの最高混乱責任者に、そして保守ナショナリストの国際的なアイコン(象徴)になったのか。
オルバン氏の非リベラルな支配がEU域内であれほど長きにわたって続けられたのはなぜなのか。そしてEUは「次のオルバン」をどうすれば封じ込められるのか――。

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