3月3日の攻撃後、テヘラン上空に立ち上る煙。アメリカとイスラエルによる対イラン戦争は、世界経済を根底から揺るがしている。 ATTA KENARE / AFPアメリカとイスラエルによる対イラン戦争の開始から、1カ月が経った。収束の兆しがほとんど見えないこの戦争は、わずか30日間で世界経済のあり方を根底から覆してしまった。原油高から物価上昇、さらには航空路線の運航に至るまで、あらゆる影響が世界中の消費者を直撃している。
世界経済はいま、容易ならざる状況に陥っている。
アメリカとイスラエルによるイラン戦争勃発から1カ月。その衝撃は、サプライチェーンから空の旅行に至るまで、あらゆる分野を混乱に陥れている。
開戦前に1バレル(約159リットル)70ドル(約1万1200円、1ドル=160円)だった原油価格は、100ドル(約1万6000円)台で高止まりし、アメリカのガソリン価格は1ガロン(約3.785リットル)あたり4ドル(約640円)に迫っている。2022年のロシアによるウクライナ侵攻以来の最高水準だ。一方、地球の裏側にあるフィリピンやインドといった国々では、政府が枯渇しつつある燃料を配給制にし、消費者がその配給を受けるために何時間も列に並ぶ事態に陥っている。

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「どの国もこの危機を免れることはできない」
「事態がこのまま進めば、どの国もこの危機の影響を免れることはできないだろう」
国際エネルギー機関(IEA)のファティ・ビロル(Fatih Birol)事務局長氏は先週初め、オーストラリアで記者団に対しそう語った。
このエネルギー供給ショックはインフレをさらに加速させる恐れがあり、それは金利上昇、ひいては景気後退を招きかねない。戦争という不確実性にあふれた状況下で、経済の微妙なバランスを適切に舵取りすることは極めて困難だ。一部のエコノミストは、物価高、経済の停滞、そして失業率の悪化が同時に押し寄せる最悪の事態、つまり1970年代のような恐るべき「スタグフレーション」の再来に警鐘を鳴らしている。
しかも、この戦争は、AI革命を支える半導体チップに不可欠な素材「ヘリウム」、やがては食料品価格の高騰につながりかねない「肥料」などのサプライチェーンに深刻な打撃を与えている。
ドナルド・トランプ(Donald Trump)大統領は、イラン戦争の目的について、イランの弾道ミサイルや疑惑の核開発計画、さらにはレバノンのヒズボラ(Hezbollah)やイエメンのフーシ派(Houthis)といった中東の代理勢力による「差し迫った脅威」を封じるためだと主張している。
だが、イランは依然として持ちこたえ、抗戦している。この戦争がいつまで続くかは、世界がその経済的打撃にどれほど耐えられるかにかかっていると言っていい。
対イラン戦争がこの1カ月で世界経済にどのような打撃を与えているのか、注目すべきポイントを紹介する。
「史上最大」のオイルショック
ガソリンスタンドのノズルから滴り落ちるガソリン。アメリカ・イスラエルの対イラン戦争は石油の供給網を混乱に陥れた。原油価格は1バレル100ドル(1万6000円)超まで急騰し、一部の国では燃料の配給制が余儀なくされている。Alain JOCARD / AFP
軍事衝突が2月末に始まってから、世界の原油価格は急騰している。最大の原因は、ホルムズ海峡が事実上の封鎖状態に陥ったことにある。世界の原油と液化天然ガス(LNG)の約2割は、イラン沖のこの海峡を通過しているからだ。
アラブ首長国連邦(UAE)のフジャイラ港(Port of Fujairah)をはじめ、中東各地にある主要な石油拠点が被害を受けたことで、原油価格は1バレル100ドル(1万6000円)を突破した。3月27日(現地時間)の市場の終値は、北海ブレント原油が1バレル112.57ドル(1万8011円)、WTI(ウェスト・テキサス・インターミディエート)原油が同99.64ドル(1万5942円)となった。
一般消費者にとって、この余波が意味することは主に2つある。支払うガソリン代の上昇と、光熱費の高騰だ。アメリカでは、2月に1ガロンあたり2.98ドル(約477円)だったガソリンの全国平均価格が、3月29日には同3.98ドル(637円)まで上昇した。
一部の国では、配給制を導入することで“急騰ショック”を和らげようとしている。フィリピンもその一例で、政府職員に対して一時的な週4日勤務(週休3日制)を導入し、企業にも省エネするよう求めた。パキスタンでも石油消費を抑えるために、勤務日数を減らしたほか、学校を2週間にわたって閉鎖し、公務員に在宅勤務をさせるといった措置を講じている。
3月、IEAは世界経済の混乱を和らげるため、戦略備蓄から4億バレル(636億リットル)の石油を放出した。同機関は、この戦争が「世界の石油市場において、史上最大の供給混乱」を引き起こしている」と指摘している。
金融市場に走り始めた亀裂
3月9日、ニューヨーク証券取引所のトレーディングフロアで、食い入るように画面を見つめるトレーダー。Spencer Platt/Getty Images
トランプ大統領は言葉巧みに立ち回り、これまでも自身の発言を戦略的に使って市場を動かしてきた。だが今週、複数の株価指数が調整局面(直近1年間につけた高値から10%超の下落)入りしたことで、株式トレーダーたちもついにその実態に気づき始めたようだ。
主要株価指数のダウ工業株30種平均とナスダック100は現在、いずれも弱気相場(直近1年の高値から20%超の下落)突入に至る折り返し地点まで落ち込んでいる。アメリカのテック企業を中心に構成されるナスダック100は、ソフトウェア企業がAIによって受ける打撃への警戒感からすでに不安定な値動きが続いていたが、ついに3月27日の取引終了時点で調整局面に転落した。
一方、より幅広い銘柄をカバーするS&P500種株価指数も、27日の終値ベースで5週連続の下落を記録。1月につけた6980近いピークから下落を続け、調整局面入りまであと一歩のところまで来ている。
独立系のグローバル投資調査会社BCAリサーチは、このペースで株価の下落が続けば、トランプ大統領が戦争戦略の見直しを迫られる強い「動機」になるだろうと指摘した。
だが、市場にとって悲惨な数週間が続いているとはいえ、戦争が現状のままであれば、AIが牽引する「産業復興」やトランプ政権肝いりの「One Big Beautiful Bill(一つの大きく美しい法案)」に基づく減税策への楽観論を完全に打ち消すほどの打撃になる、と誰もが考えているわけではない。
「結論から言えば、今回の『イラン・ショック』はアメリカ経済に吹く強力な追い風を打ち消すほど深刻なものではない」
アポロ・グローバル・マネジメント(Apollo Global Management)のチーフエコノミスト、トルステン・スロック(Torsten Sløk)氏は27日にそう語った。
「スタグフレーションの悪夢」再び
イランとの戦争により、アメリカにおけるガソリンの全米平均価格は1ガロンあたり4ドル(640円)近くまで跳ね上がった。カリフォルニア州に至っては、すでに1ガロンあたり5ドル(800円)を優に超えている。Frederic J. BROWN / AFP
インフレは経済にとって大きな問題だ。景気後退もそうだ。そして「スタグフレーション」とは、その両方が同時に襲いかかってくる最悪の事態を指す。
前出のスロック氏は、トランプ政権の二転三転する関税政策が引き金となり、インフレの加速と経済成長の鈍化が同時に進む「スタグフレーション」の悪夢が現実になる可能性があるとの警告を、2025年の大半を費やして強調し続けた。しかし2026年1月、彼はその論調を一転させ、経済状況は好転したという楽観的な見通しを示した。
ところがその1カ月後、トランプ大統領がイラン爆撃に踏み切ったことで世界に衝撃が走り、スタグフレーションが再び現実的な脅威として浮上した。
今回のトリガーは、原油価格の高騰が誘発するインフレのリスクだ。最後にスタグフレーションが猛威を振るった1970年代も、その元凶は同じく原油価格の高騰だった。当時のスタグフレーションはアメリカ経済に壊滅的な打撃を与え、国民の生活水準は低下し、消費者の家計を容赦なく圧迫した。
スタグフレーションは、経済における最悪のシナリオと見なされることが多い。一度陥ると、そこから脱却するための解決策を見出すことが極めて困難だからだ。
アメリカ連邦準備制度理事会(FRB)も、景気後退を食い止めるための利下げに踏み切りにくい。金利を引き下げればインフレをさらに加速させる危険性があるからだ。
FRBのジェローム・パウエル(Jerome Powell)議長は3月初めの記者会見で、そうしたスタグフレーションの脅威を一蹴した。足元の経済状況が厳しいことは認めつつも、1970年代と同列に語るべきではないとの見解を示した。
しかし、ノーベル賞受賞の経済学者ポール・クルーグマン(Paul Krugman)氏はその見立てに懐疑的な目を向けている

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