ヴェネチア・ビエンナーレ開催地の近隣となるパラッツォ・ピザーニ・サンタ・マリーナ(イタリア・ヴェネチア市)で、「身体と物質のエスノグラフィー―加速社会における遅さと深さ」が5月9日から開催されます。

本展は、2020年から毎年北陸で開催し好評を博してきた芸術祭「GO FOR KOGEI」の国際発信プロジェクト。同イベントのアーティスティックディレクター・秋元雄史氏がキュレーションを担当し、工芸を⼀つのジャンルとして位置づけるのではなく、あえて工芸的な態度を批評的なレンズとして用い、現代美術そのものを読み替え、再解釈することを目指しています。

本展は、情報と消費が加速し続ける現代において、「つくること」に宿るもう一つの時間感覚と身体的知覚の回復を目指す展覧会です。ここでいう「エスノグラフィー(民族誌)」とは、素材に向き合い、手を動かし、時間をかけてかたちを生み出す作家たちの実践を、文化的・社会的な記述として読み解く態度を意味しています。

出展するのは、陶、ガラス、漆、繊維、刺繍、木彫といった多様な素材を扱いながら、それぞれ異なる「遅さ」や「深さ」を作品に刻み込む10名の日本人アーティスト。現代美術の祭典であるヴェネチア・ビエンナーレの熱気に包まれた会場至近の地で、日本の「工芸的アプローチ」が世界から発見される重要な契機となりそうです。

身体と物質のエスノグラフィー―加速社会における遅さと深さ

会場:パラッツォ・ピザーニ・サンタ・マリーナ
(イタリア ヴェネチア市カンナレージョ地区6104)

会期:2026年5月9日(土)~11月22日(日)

開館時間:
11:00-19:00(5月9日-9月30日)
10:00-18:00(10月1日-11月22日)

休館日:火曜

観覧料:入場無料

アクセス:
ヴェネチア・テッセラ空港からバスまたは水上タクシー、
サンタ・ルチア駅から徒歩または水上バス(ヴァポレット)

詳細は、展覧会特設サイトまで。

展覧会の見どころ
1. コンセプトと作品

本展『身体と物質のエスノグラフィー――加速社会における遅さと深さ』は、情報と消費が瞬時に循環する現代において、「つくること」に宿るもう一つの時間感覚と身体的知覚に光を当てる展覧会です。本展が掲げる「エスノグラフィー(民族誌)」とは、素材に向き合い、手を動かし、時間をかけて制作を行う作家たちの実践を、文化的・社会的な営みとして読み解く視点を指しています。

出品作家は、陶、ガラス、漆、繊維、刺繍、木彫といった多様な素材を扱いながら、それぞれ異なる「遅さ」や「深さ」を作品に刻み込みます。

本展の見どころは、これらの作品が「すぐに理解される意味」を提示するのではなく、鑑賞者に時間をかけた関与を求める点にあります。歩き、立ち止まり、視点を変えながら素材と向き合う体験を通して、鑑賞者自身の身体もまた、この小さなエスノグラフィーの一部となるでしょう。

2. 建築を読む展示
パラッツォ・ピザーニ・サンタ・マリーナ(Photo: Federico Radaelli)

本展の会場となるパラッツォ・ピザーニ・サンタ・マリーナは、ヴェニスの旧市街サンタ・マリーナ地区に位置する歴史的な貴族邸宅であり、水の都ヴェニスが育んできた都市構造と建築文化を現在に伝える建物です。ヴェニスの街並みは、運河と路地が複雑に絡み合う有機的な構造を特徴とし、建築は単体として完結するのではなく、都市の流れや人の移動と密接に結びついてきました。パラッツォとは、そうした都市の中で、居住、社交、商業、政治が重なり合う場として機能してきた存在です。

本展では、このパラッツォが内包する「建築の時間」を積極的に読み込み、展示の前提条件として捉えます。空間をホワイトキューブ化するのではなく、建築に刻まれた歴史や素材の触覚性をそのまま引き受けることで、工芸的な制作態度がもつ遅い時間や身体に根ざした知覚が、建築と共鳴する場を立ち上げます。パラッツォ・ピザーニ・サンタ・マリーナは、本展において単なる会場ではなく、作品や鑑賞者とともに時間を共有する、もう一つの主体として機能するのです。

3. 建築家と展示デザインの特徴
クラパット・ヤントラサスト

本展の展示構成は、世界各地の美術館建築や展示デザインを手がけてきた建築家クラパット・ヤントラサスト(Kulapat Yantrasast)氏が担当します。氏は近年、メトロポリタン美術館やディブ・バンコクなどにおいて、既存建築の歴史性を尊重しながら、鑑賞者の身体的な移動や視点の変化を重視した展示空間を構築してきました。本展においても、その設計思想は、ヴェニスの歴史的パラッツォがもつ空間の層と時間性を読み解くことから始まっています。

クラパットは、会場に足場(スキャフォールド)という仮設的な構造体を挿入することで、床面だけに限定されない立体的な動線を生み出します。鑑賞者は、昇降や回遊を通して、作品を見上げ、見下ろし、あるいは建築と作品のあいだを横断的に行き来することになります。

クラパット氏の展示構成は、建築・作品・身体の関係を再編し、時間を体験するための装置として空間を再定義する試みです。

出展アーティスト紹介
沖潤子
沖潤子《タイムマシン》 2017年 Photo: Keizo Kioku Junko Oki, Courtesy of KOSAKU KANECHIKA[出展作品]

沖潤子氏は、刺繍という反復的な手仕事を通して、布に生活の時間と身体の記憶を縫い込む作家です。その制作は、長らく家庭の内部に属するとみなされ、可視化されにくかったフェミニンな労働の時間を、作品として静かに立ち上げます。

本展では、パラッツォ2階のかつて居間として使われていた空間に作品を展示し、大きな窓から差し込む自然光、鏡やシャンデリアと呼応させます。親密で私的な空間において、刺繍された布は装飾ではなく、日々の生活の中で積み重ねられてきた感情や記憶の堆積として知覚されます。光の移ろいと鑑賞者の移動に伴い、布の陰影や質感は変化し、家庭という場に内在する静かな労働の時間が、身体的な感覚として呼び覚まされます。沖氏の作品は、居間という空間を通して、ケアや反復、沈黙を含んだ制作行為の価値を、あらためて問いかけています。

川井雄仁
川井雄仁《ひまわり》 2025年 Photo: cocoro[出展作品]

川井雄仁氏は、陶を単なる素材としてではなく、欲望や虚構、アイデンティティの揺らぎを投影する媒体として用い、過剰な色彩と量感を伴う造形を展開してきました。その背景には、1990年代の原宿文化やストリートファッション、マスメディアが生み出したイメージへの強い影響があります。消費的で甘美な表層と、現実との乖離が生む違和感や不安定さが、川井氏の作品には常に併存しています。

本展では、装飾的な内装をもつ部屋が連なるパラッツォの中にあって、あえて倉庫として使用されていた簡素な室内空間を展示場所として用います。華やかな装飾を欠いたこの空間において、川井氏の作品は、重厚な壁や床と直接対峙しながら配置されます。液体を滴らせる陶磁作品は、固体であるはずの陶に流動性と湿度を与え、欲望が滲み出し、循環するプロセスを可視化します。装飾性を抑えた空間だからこそ、作品の過剰な色彩や質量感は強調され、鑑賞者は甘美さと不穏さのあいだを往還することになります。

桑田卓郎
桑田卓郎《Cup》2025年 Photo: Suzuki Shimpei[出展作品]

桑田卓郎氏は、陶芸における伝統的技法や形式を意図的に過剰化し、器と彫刻、日常と非日常の境界を攪拌する実践を続けてきた作家です。貫入、石はぜ、釉薬の流動や破裂といった、通常は欠点や失敗とみなされがちな現象を積極的に引き受けることで、完成と崩壊が同時に立ち現れる造形を生み出してきました。その作品は、用のための器でありながら、制度化された陶芸の枠組みを逸脱する彫刻的存在として振る舞います。

本展では、足場によって分節化された展示空間の中で、桑田氏の作品がパラッツォの漆喰壁や石床と直接対話します。ひび割れや釉薬の奔流は、建築に刻まれた経年の痕跡と共鳴し、制作行為に内在する「事故」や「破綻」を、建築が抱え込む老いの時間と重ね合わせます。均質な展示空間では見過ごされがちな不安定さや歪みは、ここではむしろ可視化され、作品はパラッツォそのものが孕む不均質な時間性を浮かび上がらせる装置として機能するのです。桑田卓郎氏の実践は、陶芸という制度の内側から、その価値と時間の在り方を根源的に問い直しています。

コムロタカヒロ
コムロタカヒロ《Bat dragon》 2023年 Photo: Takashi Ito (ito-kobo inc.) [出展作品]

コムロタカヒロ氏は、ソフビ玩具やSF的イメージ、アメリカンコミックスといった視覚文化を起点に、木彫彫刻と量産フィギュアを横断する独自の彫刻表現を展開してきました。

本展では、グランドフロアの入口空間を舞台に、高低差のある足場が組まれ、その上にコムロ氏の世界が立ち上がります。鑑賞者は、見上げ、見下ろし、回り込むという身体的な移動を通して、作品と出会うことになります。足場によって生まれる高さや俯瞰の視点は、作品を単なる「玩具の拡大」から、崇拝や神話を想起させる像へと変容させます。歴史的なパラッツォの中に突如出現する巨大なキャラクターは、信仰像と消費アイコンの境界を曖昧にし、鑑賞者の身体感覚と価値判断を揺さぶります。パラッツォに堆積した時間の層と、ポップで人工的な造形が正面衝突することで、「像を見る」「像を仰ぐ」という行為そのものが問い直され、現代における崇拝と欲望の構造が立体的に浮かび上がるのです。

シゲ・フジシロ

シゲ・フジシロ 《Where is my paradise? (Basketballgoal / waterfall)》 2015年 [参考]シゲ・フジシロ氏の作品は、ガラスビーズと安全ピンという、装身具や交易品としての歴史をもつ素材を用い、膨大な手作業の集積によって日常の風景を幻想的に変容させます。

本展では、パラッツォの2階に残るかつての居住空間を展示の舞台とし、運河に面した窓から差し込む自然光、天井のシャンデリアや室内に残る家具と呼応するかたちで作品が配置されます。足場を用いないこの階では、鑑賞者は建築本来のスケールと親密さの中で、ビーズの微細な輝きと時間の密度を身体的に感じ取ることになります。バスケットコートを想起させるモチーフは、水の都ヴェニスの文脈において「滝」へと読み替えられ、コートのラインは水の落下や流れとして立ち現れます。そこでは、汚水と清い水が循環する都市ヴェニスの構造が、労働と夢、自由と制約のあわいを象徴するイメージとして重ね合わされます。シゲ・フジシロ氏の作品は、装飾的な美しさの背後に、都市と身体、浄化と滞留という相反する要素を内包し、建築とともに「見ること」と「想像すること」の関係を静かに更新します。

舘鼻則孝

舘鼻則孝《フローティングワールド》 2024年 Photo: Osamu Sakamoto @NORITAKA TATEHANA Κ.Κ. Courtesy of KOSAKU KANECHIKA [参考]舘鼻則孝氏は、「装うこと」を身体の外観的な装飾ではなく、社会的役割や儀礼、価値観を身体に刻み込む行為として捉え、日本の伝統文化を現代的に再構築してきた作家です。

本展では、代表的な《Heel-less Shoes》を、江戸組紐の高度な技法を用いて制作し、パラッツォの2階に残るかつての居住空間に展示します。装飾性の強い天井や壁、室内意匠を備えたこの空間において、履物は単なるファッションや工芸品としてではなく、身体の姿勢や重心、歩行を規定する彫刻的存在として立ち現れます。ヒールを欠いた構造は、身体の安定と緊張を同時に強い、装いが身体の感覚や行為をいかに変容させるかを可視化します。歴史的建築の内部において、江戸期の技法と現代的造形が重なり合うことで、装いは時間と文化を媒介する装置となり、身体が制度や儀礼と結びつく場そのものとして再定義されるのです。

中田真裕
中田真裕《サンダークラウド》 2021年 Photo: Tomoya Nomura[出展作品]

中田真裕氏は、蒟醤きんまを中心とする伝統的な漆技法を出発点に、漆を単なる「装飾」から解き放ち、時間や記憶の揺らぎを受け止める現代的なメディウムとして再定義してきた作家です。数十層に及ぶ漆の塗り重ねと研ぎの工程によって生まれる色層は、表面に現れる図像よりも、むしろ内部に蓄積された時間そのものを可視化します。彫り、塗り、研ぎという反復的なプロセスは、制作期間が数ヶ月から一年に及ぶこともあり、その長い時間が物質の内部に沈殿していきます。一方で、中田氏の作品の基本的な造形は、極めてシンプルで幾何学的です。過剰な形態や物語性を排したフォルムは、見る者の注意を表層の装飾ではなく、漆の層が生む微細な色の変化や奥行きへと向けます。

本展では、パラッツォ2階の親密な雰囲気が残る室内に作品を配置します。生活の記憶を宿す空間の中で、漆の層に蓄えられた時間と、建築に沈殿した時間が静かに重なり合い、作品は「記憶が沈殿する物質」として、穏やかに鑑賞者の身体感覚へと浸透していくのです。

三嶋りつ惠
三嶋りつ惠 展示風景 「そこに光が降りてくる青木野枝/三嶋りつ恵」(東京都庭園美術館、2024年)Photo: Ichikawa Yasushi[参考]

三嶋りつ恵氏は、ガラス産業の中心地として長い歴史をもつムラーノ島の熟練職人との協働を通じ、無色透明のガラスのみを用いた彫刻作品を制作してきました。ヴェニスにおいてガラスは、光と水、交易と技の象徴的な素材であり、三嶋氏の作品はその歴史的文脈を現代に引き寄せます。炎の中で刻々と変化する素材の状態を読み取り、即興的な判断によって導かれる造形は「火の果実」とも呼ばれ、意図と偶然のせめぎ合いから必然的に立ち現れます。

本展では、パラッツォ2階の最初の部屋に35点からなる作品群を配置し、特別に制作された展示台そのものが柔らかな光を発する構成によって、光のインスタレーションが展開されます。展示台は光を蓄え、拡散させる装置として機能し、ガラスはその光を受け止め、屈折や反射、影として空間に放ちます。作品は単体の彫刻を超え、光の循環を可視化する存在として、建築と一体化しながら、ヴェニスの光の記憶を静かに呼び覚ますのです。

牟田陽日

牟田陽日《Sometime Somewhere One through One》2025年 展示風景「皮膚と内臓一自己、世界、時間」(台南市美術館、2025年)[参考]牟田陽日氏は、九谷焼に学んだ色絵の技法を基盤に、日本文化において周縁化されてきた女性像や自然観を、陶磁器という媒体を通して再解釈してきた作家です。近年の制作において重要な主題となっているのが「山姥」です。山姥は、母性と暴力、祝福と恐怖、聖と俗といった相反する要素を内包する存在として、日本の民間伝承の中で語り継がれてきましたが、同時に、制度や秩序から逸脱した女性性の象徴でもありました。

本展では、グランドフロア奥、運河に面した小さな空間に作品が展示されます。天井の低い、無骨な木材が露わになったこの場は、都市と水、内と外の境界に位置し、牟田氏の作品がもつ周縁性や両義性を際立たせます。ここで立ち現れる山姥のイメージは、抑圧や恐怖の象徴ではなく、女性の身体と自然が再び結び直されるための、静かで力強いヴィジョンとして、ヴェニスの時間と共鳴するのです。

綿結
綿結《プラトニックダンサー》2026年 Photo: Yoshio Daisuke[出展作品]

綿結氏は、糸を撚り、染め、織るという原初的な工程から制作を始め、布の内部構造や重力そのものを立体として立ち上げる作家です。

本展では、天井高のあるグランドフロアに作品が広がり、足場の高低差をもつ階段動線からは距離を保って眺められる一方、フロアに立つ鑑賞者は、空間に展開する作品を仰ぎ見る体験へと導かれます。遠景からは、織物が描く全体の構成や量感が把握され、フロアからは、糸の重なりや張力、垂れ下がる布が生む重力の気配が身体的に迫ってきます。糸と糸のあいだに潜む微細な空間は、パラッツォに内在する空隙や構造と呼応し、平面と立体、支持体と彫刻の境界を曖昧にする。歴史的建築に堆積した時間の層と、反復的な手仕事によって生成された時間が交差することで、綿結氏の作品は、視点の変化とともに異なる知覚を呼び起こし、素材と身体の関係を空間全体で体験させるのです。

キュレーター・秋元雄史 プロフィール
秋元雄史 GO FOR KOGEI アーティスティックディレクター

東京藝術大学名誉教授、金沢21世紀美術館特任館長、国立台南芸術大学栄誉教授、美術評論家。1955年東京生まれ。東京藝術大学美術学部卒業。1991年から直島のアートプロジェクトに携わります。ベネッセアートサイト直島・アーティスティックディレクター兼地中美術館館長(2004-2006年)をはじめ金沢21世紀美術館館長(2007-2017年)、東京藝術大学大学美術館館長・教授(2015-2021年)、練馬区立美術館館長(2017-2023年)を歴任し、GO FOR KOGEIのアーティスティックディレクターを務める。

加速度的に情報と消費が拡大する現代において、あえて「工芸的アプローチ」というレンズを通して現代美術を再解釈する本展は、私たちに忘れていた時間感覚を思い出させてくれるに違いありません。ヴェネチアの歴史あるパラッツォ・ピザーニ・サンタ・マリーナという特別な空間で、10名の日本人アーティストが繰り広げる「遅さと深さ」の探求。クラパット・ヤントラサスト氏による立体的な展示構成とともに、作品が放つ物質感や身体的な知覚を全身で受け止める体験は、見る者の価値観を静かに揺さぶることでしょう。「GO FOR KOGEI」6年目の飛躍を、ぜひ現地で堪能してみてはいかがでしょうか。(美術展ナビ)

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