イェンス ヴィッシング監督のもとで始まった新生ガンバのキーワードは『前へ』。

選手、スタッフの誰もがその言葉を心に据えて、

プレーも思考も、さらにはフットボーラーとしての生き方を含めて前への意識を強め、サッカーに向き合っている。

今シーズンのWE ARE GAMBA OSAKAはそんな「前へ」突き進む男たちが、

キャリアを大きく動かした体験や出会いといった『突破』の瞬間にスポットをあてる。

その先に、彼らはどんな世界を見出したのだろうか。

 サンフレッチェ広島ユースからのトップチーム昇格が叶わずに進学した流通経済大学3年生の時。同サッカー部コーチに就任した曺貴裁(現京都サンガF.C.監督)との出会いは、満田誠にとってプレーだけではなく、サッカーに対する考え方を大きく変えるきっかけになった。

「大学2年くらいまでは一番前、FWでプレーしていたんですけど、3年生になる直前の20年3月に曺さんがコーチに就任されて、ウイングに近い、右のサイドハーフみたいなポジションでプレーするようになったんです。『点を取ることはもちろん大事だけど、そこにプレーが偏り過ぎてチームのためのプレーが疎かになったら、いい場面でパスももらえないぞ』みたいな話をしてもらってコンバートというか、プレーの幅を広げたような感じでした。その経験を通して攻撃でも守備でもハードワークをするようになったら、自然と僕にボールが回ってくることが増え、ゴールも取れるようになった。前の年に降格してしまって、その年は関東大学サッカーリーグ2部での戦いを強いられたシーズンだったので、少しリーグのレベルが下がったのもあったとは思うんですけど。その経験のおかげで『チームのために走る』とか『チームスタイルの中で自分が活きる』ということも考えられるようになりました」

 事実、満田は大学2年生時に戦った1部リーグでは無得点に終わったのに対し、20年は2部リーグで3位となる13得点を挙げてチームの2部優勝、1部昇格に貢献。加えて、アミノバイタルカップ2020第9回関東大学サッカートーナメント大会での初優勝も追い風になったのだろう。その活躍が古巣・サンフレッチェ広島のスカウトの目に留まり、3年生の終わりには22年からの加入内定を掴み取った。

「当時は今の時代のように、大学の途中でプロになる選手はほぼいなかったですからね。僕自身も、大学2年生の段階で目立った活躍ができていなくても、残りの2年間で頑張れば先輩たちのようにプロの道が拓けるかもしれない、と思っていたので、そこまで自分のプレーに対する手詰まり感を感じていたわけではありませんでした。ただ、残りの2年でどうやって成長していくか、プロに近づくのか、ということは明確に描けていなかった中で、曺さんに出会い、いろんな話を聞いて、かつ、さっき言ったようなサッカーの考え方の部分でもいろんな刺激をもらったことが大きな転機になった。それまでの僕は基本的に指導者の方とコミュニケーションを図るのがあまり得意ではなく…あまり自分から話にいくこともなかったんです(苦笑)。でも曺さんはそんな僕にも根気強く話し掛けてくれたというか。コミュニケーションをとってくれたし、僕に限らず、そうした選手個々への働きかけによってチームを1つにまとめてくれた。その過程を通して自分のプレーを磨きながら、チームとして勝つためには何が必要か、みたいなことを肌身で理解できるようになったのは今の自分に繋がる財産にもなっています」

 そうして満田は、高校卒業時には目の前に立ちはだかった大きな壁を突き破り、22年に念願のプロキャリアをスタート。ハードワークや逞しくゴールへと向かうプレーを『結果』にもリンクさせながら、存在感を膨らませていく。

その姿は、ガンバでプレーするようになってからも変わっていない。チームのために戦い、走り、チームメイトに活かし、活かされる自分を楽しみながら、満田は今日もゴールを目指す。



高村美砂●文 text by Takamura Misa

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