東京都写真美術館で、20世紀のドキュメンタリー写真を代表するアメリカの写真家、W.ユージン・スミス(1918–1978年)の個展「W. ユージン・スミスとニューヨーク ロフトの時代」が開催されます。会期は3月17日から6月7日まで。

本展は、通称「ロフト」と呼ばれたニューヨーク・マンハッタンのアパートで過ごした時代の活動を中心に、報道写真家という枠を超えたスミスの表現や、新たな側面を紹介します。

W.ユージン・スミスとニューヨーク ロフトの時代

会場:東京都写真美術館 2階展示室(東京都目黒区三田1-13-3 恵比寿ガーデンプレイス内)

会期:2026年3月17日(火)~6月7日(日)

開館時間:10:00 ~18:00(木・金は20:00まで)
※入館は閉館の30分前まで

休館日:毎週月曜日 ※ただし5月4日(月)は開館、5月7日(木)は休館

入館料:一般700円、⼤学⽣560円、高校生・65歳以上350円
※中学生以下及び障害者手帳をお持ちの方とその介護者(2名まで)は無料
※第3水曜日は65歳以上無料
※3月17日~4月5日は、「ウェルカムユース2026」キャンペーンで18歳以下無料

詳しくは公式サイトへ

視線の転機としてのロフト時代

アメリカ・カンザス州ウィチタに生まれたスミスは、母親の影響で幼少期より写真に親しみ、地元紙『ウィチタ・イーグル』での活動を経て、1940年代から本格的に報道写真に取り組むようになりました。第二次世界大戦中にはグラフ雑誌『ライフ』の特派員として沖縄やサイパンなどの激戦地を取材。戦後も同誌を中心に、〈カントリー・ドクター〉、〈慈悲の人 シュヴァイツァー〉、〈水俣〉など、人々の生活に密着した作品を次々に発表し、複数の写真と短い解説文を組み合わせて物語を紡ぐ「フォト・エッセイ」の第一人者として確固たる地位を築きました。

1954年に『ライフ』誌を退いたスミスは、ニューヨーク・マンハッタンのアパート、通称「ロフト」に移り住みました。そこは、セロニアス・モンクやマイルス・デイヴィスをはじめとするジャズ・ミュージシャン、サルバドール・ダリや抽象表現主義の画家たち、ロバート・フランクやダイアン・アーバスなどの写真家まで、時代を担う多彩な芸術家が集う場となり、頻繁に行われるジャム・セッションや交流の様子をスミスは写真に収めました。

この時期の作品は、従来のジャーナリズムの枠を超え、写真の芸術的可能性を探る試みに満ちています。本展では、「ロフトの時代」とその前後の作品を中心に紹介し、報道写真家としてだけでなく芸術家としてのスミスの姿に光をあて、その作品を新たな視点から再考する機会とします。

W. ユージン・スミス 《セルフ・ポートレイト》1957年頃 ©1957, 2026 The Heirs of W. Eugene Smith
画像提供: Center for Creative Photography, The University of Arizona: W. Eugene Smith Archive
ロフトの時代に焦点を当てた日本初の展覧会

第二次世界大戦の取材で注目され、その後『ライフ』誌等で数々のフォト・エッセイを発表したスミス。晩年に手がけた〈水俣〉シリーズでも広く知られています。本展は、スミスがニューヨーク・マンハッタンの通称「ロフト」で過ごした時期に焦点を当てます。1954年に『ライフ』を離れたスミスは報道写真から距離を置き、巨大都市に向き合った〈ピッツバーグ〉(1955–56年)を撮影した後、1957年からロフトに移り住みました。ジャズ・ミュージシャンや画家、写真家が集ったロフトは、スミスが実験的な撮影や新たな表現を追求した拠点でした。本展では、これまで断片的に扱われてきたロフト期前後の作品群を体系的に提示し、スミスがジャーナリズムの枠を超えて自身の写真表現をいかに拡張したのか、その全体像に迫ります。

W. ユージン・スミス 《ゴーグルをはめた鉄鋼労働者》〈ピッツバーグ〉より 1955年 東京都写真美術館 ©1955, 2026 The Heirs of W. Eugene Smith
ロフトで育まれた表現の転換 ―「記録」から「表現」へ

ロフトでの生活と制作は、スミスの写真観を大きく変えた時期でした。窓から見下ろすマンハッタンの街並みや、芸術家たちの交流など、日常の断片を観察し続けた経験は、スミスの視点を報道的な出来事の「記録」から、時間を超えて本質を浮かび上がらせる芸術的な「表現」へと押し広げました。本展では、センター・フォー・クリエイティブ・フォトグラフィー、アリゾナ大学(Center for Creative Photography)に収蔵されているW.ユージン・スミスアーカイブの資料を元に、当時スミスが書き残した言葉やスケッチ、新聞の切り抜きが貼りめぐらされていたロフトの壁を、ロフトで流れていた音楽とともに展示室に再現し*、スミスの思考の軌跡をたどります。
*アイリーン・美緒子・スミス(アイリーン・アーカイブ)、サム・スティーブンソン(ドキュメンタリー作家)監修

W. ユージン・スミス 〈私の窓から時々見ると…〉より 1958年 東京都写真美術館蔵 ©1958, 2026 The Heirs of W. Eugene Smith
W. ユージン・スミス 〈屋根裏部屋から〉より 1957-58年頃 東京都写真美術館 ©2026 The Heirs of W. Eugene Smith
ロフトから広がる視線 ―ジャズ、ニューヨーク、スミスが見つめる日常

かつては自ら取材先へ赴いて撮影していたスミスは、ロフトでは窓の外に広がる光景を受動的に見つめ、日々を写し取りました。「第2章 ロフトの時代」では、マンハッタンの街並みを定点的に記録した〈私の窓から時々見ると…〉や、生活空間を撮影した〈ロフトから(From the Loft)〉など48点で構成します。〈ジャズとフォークのミュージシャンたち(Jazz and Folk Musicians)〉では、セロニアス・モンクなど、ロフトで繰り広げられるジャズ・ミュージシャンたちのセッションを、ブレやボケ、強いコントラストといった実験的手法で捉え、音の躍動や緊張感を視覚的に表現しています。本章では、ロフトで撮影された当時のスミスとアーティストたちの映像も紹介します。

W. ユージン・スミス 〈私の窓から時々見ると…〉より 1958年 東京都写真美術館蔵 ©1958, 2026 The Heirs of W. Eugene Smith
W. ユージン・スミス 〈ジャズとフォークのミュージシャンたち〉より 1962年頃 東京都写真美術館 ©1962, 2026 The Heirs of W. Eugene Smith
スミス自身が構成した展覧会「Let Truth Be The Prejudice」

10年以上におよぶロフトでの制作を経て、スミスはジャーナリズムへと回帰します。自ら企画・構成した回顧展「Let Truth Be The Prejudice」(1971年、ジューイッシュ・ミュージアム、ニューヨーク)は、ジャーナリズムの「真実性」への懐疑と、報道に携わる写真家としての責任を提示した重要な試みでした。写真とテキストを併置する構成により、鑑賞者に深い思索を促すものとなり、スミスはフォト・エッセイの理念を自ら再構築しました。当時展示された約600点のうち約500点を同館が所蔵し、本展ではその一部を再現してスミスの思想の核心に迫ります。

W. ユージン・スミス 《無題(水俣湾での漁猟) 》〈水俣〉より 1972年 東京都写真美術館蔵 ©Aileen Mioko Smith
石川武志 《チッソ工場を見下ろすユージン・スミス》 1971年 ©Ishikawa Takeshi

報道から一旦退き、「ロフト」という環境で新たな視点を得たのち、再び報道の世界へと向かったユージン・スミス。ロフトで過ごした日々が彼の表現や思想にどのような変化をもたらしたのかをたどることは、本展の醍醐味となるはずです。

会期中にはシンポジウムの開催が3回予定されています。展覧会とあわせて、あらためてスミスの活動に触れてみてはいかがでしょうか。(美術展ナビ)

WACOCA: People, Life, Style.