2025年11月29日のJ2最終節。残留を争うふたつのクラブの運命はどのように交錯し、なぜ予想もつかない劇的な結末を迎えるに至ったのか。J3に降格したロアッソ熊本の織田秀和GMと、J2残留を果たしたカターレ富山の左伴繁雄社長。両クラブの重要人物の証言から、「悲劇」と「奇跡」の裏側に迫った。(NumberWebノンフィクション/全4回の2回目)※文中敬称略
「勝って残留して、大木さんの花道を作ろう」
今回の取材で初めて知ったのだが、ロアッソ熊本前監督の大木武は首尾よく残留を果たしたとしても、2025年限りで熊本を去る決断をしていたのだという。その経緯をGMの織田秀和は語る。
「実は当初、10月頃に契約更新をお願いして、11月初めには『来季もやる』という返事をもらっていたんです。その時に言っていたのが『J3に落ちたらクビにしてくれ。俺の力不足だ』と。それでも続けてほしいと伝えたんですが、その時点での明確な回答はありませんでした」
ところが甲府戦の2日前になって、大木から「結果いかんにかかわらず退任させてほしい」と告げられた。一度決めたことは最後まで貫き通す。そんな大木の性格を熟知していた織田は、指揮官の希望を受け入れるほかなかった。
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「結局、公表は最終節が終わってからとなりましたが、選手には前日に私から伝えました。残留しても降格しても、大木監督は退任する。だったら明日は勝って残留し、花道を作ってやろうじゃないかと。最終節で泣いている選手がいたのは、単に残留できなかったからでなく、大木さんを気持ちよく送り出せなかった悔いもあったと思います」
ミシャにも森保一にもあった「6年目の魔のサイクル」
大木は熊本の監督2年目の2021年、J3優勝を果たしてJ2昇格を実現。翌22年にはJ2で4位に食い込み、クラブ史上初となるJ1参入プレーオフにも進出している。しかし23年は14位に終わり、24年は12位。そして25年は6月以降、残留争いに巻き込まれてしまう。
「大木体制も6シーズン目となり、その積み重ねが生む力に期待していました。ウチは毎年、主力選手を引き抜かれては新しいチームになる宿命にありますが、そのたびに大木監督はしっかり作り直してくれました。誤算があるとすれば、その6シーズンという長さが、少し甘えのようなものを生んでしまったのかもしれない、ということ。これは選手だけでなく、私自身にも言えることですが」

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