2025年11月29日のJ2最終節。残留を争うふたつのクラブの運命はどのように交錯し、なぜ予想もつかない劇的な結末を迎えるに至ったのか。J3に降格したロアッソ熊本の織田秀和GMと、J2残留を果たしたカターレ富山の左伴繁雄社長。両クラブの重要人物の証言から、「悲劇」と「奇跡」の裏側に迫った。(NumberWebノンフィクション/全4回の1回目)※文中敬称略

ロアッソ熊本GM、織田秀和にとっての「11.29」 

「今年を漢字1文字で表すとしたら……。『一』ですかね。数字のイチ」

 2025年もあと4日という年の瀬ということもあり、あえて「今年を漢字1文字で表すとしたら?」というベタな質問を投げかけてみる。相手は、ロアッソ熊本GMの織田秀和、64歳。ちょうど広島に帰省しているタイミングで、広島駅に隣接したホテルのカフェにて話を聞いた。コーヒーカップを静かに置くと、熊本のGMは重い口を開く。

「あと1勝できなかった、あと1ポイント取れなかった、あと1点が足りなかった。そういう『一』の積み重ねで、すべてが決まってしまったシーズンでしたね」

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 2025年シーズン、熊本は11月29日の最終節(第38節)でカターレ富山に順位で逆転されて18位となり、5シーズンぶりのJ3降格となった。第29節終了時、熊本は16位で富山は19位。勝ち点差は10ポイントあった。ところが残り9試合、熊本は1勝もできず、積み重ねた勝ち点は、わずかに4ポイント。結果、富山の猛追を許すこととなった。

 監督は名将として知られる、大木武。熊本を率いて6シーズン目だった。J2昇格の功労者とはいえ、最悪の事態に至る前に、交代させる選択肢はなかったのだろうか?「たられば」を承知で質問すると、織田は大きく息を吸って首を横に振る。

「別の監督を呼んできて、良くなるというイメージができなかった。それに、Proライセンスを持っているのが大木監督だけ。仮にライセンスを持ったコーチがいたとしても、内部昇格は考えていませんでした。むしろ続けることでの積み重ねによって、少なくとも残留はできるだろうと。それぐらいの力はチームにあると思っていました」

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