Europe Trends
2026.01.19
欧州経済
欧州経済全般
国際的課題・国際問題
グリーンランド巡り、米が欧州に関税引き上げ示唆
~脱米依存加速による防衛費増加で欧州景気はむしろ加速か?~
田中 理
要旨
グリーンランドの取得を巡って、米国が欧州8ヵ国の関税を引き上げる可能性を示唆している。欧州諸国はこれに反発し、昨年7月の米EU間の関税合意の議会批准の延期や、米国に対する反威圧措置の発動を求める声も浮上している。このまま両者の対立がエスカレートすれば、関税不安が蒸し返す恐れもある。だが、今回の米国による脅しは、グリーンランドの取得や権益確保に向けたトランプ流の交渉戦略とみられる。最終的に両者は何らかの形で歩み寄り、妥協点を模索する可能性が高い。また、関税引き上げの標的となった国の多くは、EUの関税同盟に参加しており、引き上げ対象外の他のEU諸国を経由して、これまで同様に米国への輸出を続けることもできる。さらに、安全保障分野での米国依存脱却の推進機運が高まり、欧州の防衛力強化の動きが加速する可能性がある。
米国のトランプ大統領は18日、デンマーク、ドイツ、フランス、英国、オランダ、スウェーデン、ノルウェー、フィンランドの欧州8ヵ国に対して、デンマーク自治領であるグリーンランドの米国による取得を支持しない場合、2月1日から10%の追加関税を賦課し、6月1日にはこれを25%に引き上げる可能性を示唆した。1月8日付けレポート「米国がグリーンランドに関心を持つ背景」で指摘した通り、米国はこのところ、北大西洋の海上輸送と希少鉱物資源の確保を理由に、グリーンランドの取得に関心を持つ。米国はグリーンランドの防衛が手薄であるとして、同地の取得に向けて、軍事行動を含めたあらゆる措置も辞さない意向を示唆していた。欧州諸国の間では困惑が広がっている。今回、関税引き上げの新たな標的となった8ヵ国は、グリーンランド防衛が手薄との米国の指摘を受け、グリーンランドでの共同軍事訓練に参加していた。米国の意向に沿った形の対応をした結果、米国から関税を引き上げられる形だ。なお、武官1人のみを訓練に派遣したベルギーは、関税引き上げの対象から除外された。
デンマークは「グリーンランドは売り物ではない」と米国への売却を明確に否定しているほか、「米国が同盟国から強引に領土を奪い取る事態となれば、北大西洋条約機構(NATO)が崩壊する」と警告する。グリーンランドのニールセン首相は13日、デンマークのフレデリクセン首相との共同記者会見を開き、「いまここで米国とデンマークのどちらかを選ばなくてはならないならば、我々はデンマークを選ぶ」と発言した。1979年の自治権獲得や2009年の自治拡大後も、グリーンランド住民の間にはデンマークからの独立を求める声が根強い。だが同時に、2025年の世論調査では、85%のグリーンランド住民が米国に加わることに反対していた。
米欧を中心とする軍事同盟NATOは、1949年の発足以来で最大級の内部対立に直面している。今回、米国による関税引き上げの標的となった8ヵ国は19日、「8ヵ国による軍事訓練は誰にとっても脅威ではない」、「デンマークおよびグリーンランドの市民と完全に連帯する」との共同声明を発表した。欧州諸国の間では米国による新たな脅しに反発の声が広がっている。欧州議会の最大会派「欧州人民党グループ」を率いるウェーバー氏は、昨年7月に合意した米国と欧州連合(EU)間の関税合意の議会批准を遅らせる可能性を示唆している。その場合、関税合意に基づき、2月7日まで猶予されている総額930億ユーロの米国に対する報復関税が発動することになる。また、フランスのマクロン大統領は、EUが米国に対して「反威圧措置(Anti-Coercion Instrument:ACI)」を発動することを求めている。同措置は中国などを念頭に、外国による経済的な威圧行為に対して、関税、輸入制限、公共調達からの除外などの報復措置を発動できる枠組みで、2023年に導入されたが、これまで一度も発動されたことはない。
昨年7月の関税合意後、懲罰的な高関税や報復の応酬が回避されたことを受け、欧州諸国の間では関税協議を巡る不透明感が後退していたが、グリーンランド問題をきっかけに、関税不安が蒸し返した形だ。このまま事態がエスカレートすれば、ドイツの歴史的な財政政策転換と欧州各国による防衛費拡大に後押しされた欧州の景気回復に暗雲が広がりかねない。だが、今回のトランプ大統領の発言は、相手を不安に陥れ、譲歩を引き出そうとする“お決まりの”交渉戦術とみられ、これまでの例に照らせば、最終的には双方が歩み寄り、妥協点を模索する可能性が高い。また、関税引き上げの標的となった8ヵ国のうち、英国とノルウェーを除く6ヵ国はEUの関税同盟に参加している。形式上は、関税引き上げの対象外の他のEU諸国を経由し、これまで同様の貿易条件で米国への輸出を続けることもできる。さらに、今回の米国による事実上の脅迫行為を受け、欧州諸国の間では改めて、同盟国である米国に対する不信感が広がっている。安全保障分野での米国依存脱却の推進機運が高まり、欧州の防衛力強化の動きが加速する可能性がある。
以上
田中 理

WACOCA: People, Life, Style.