北方ルネサンスとイタリア・ルネサンスの技法を学び、テンペラ絵具と油絵具の混合技法を用いて独特の質感をもった作品を制作する画家・川口起美雄(かわぐち きみお)。公立美術館では約10年ぶりとなる個展が、11月1日(土)から2026年2月1日(日)まで、神奈川県立近代美術館 鎌倉別館で開催される。
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1951年に長崎県で生まれた川口は、1974年に渡墺し、オーストリア国立ウィーン応用美術大学でヴォルフガング・フッターに師事。北方ルネサンスの古典技法を研究し、テンペラと油彩の混合技法を習得する。1977年に帰国し、翌年、初個展を開催。1985年から翌年にかけては、文化庁在外研修員として、ウフィッツィ美術館修復室でイタリア・ルネサンスの技法を学んだ。1987年に第30回安井賞展で佳作賞を受賞。各地の美術館等で個展を開催するほか、2013年から2022年までは武蔵野美術大学で教授を務めている。
混合技法とともに川口の作品を特徴づけるのは、それらが「故郷を喪失したものたち」の旅の記録として描かれていることだ。1970年代から一貫するその取り組みの背景には、ウィーン在住時に経験した国を追われた学生たちとの出会いや、国内外の不安定な政治情勢があるという。住まうべき場所を、そこに住んで幸せを感じうる場所を求めてさまよう人々のために川口が描く景色は、個人の記憶を越えて、誰もが心のどこかに抱える懐かしさを呼び起こす。そうした作品を生み出す川口は、目に見えるものを具象的に描きながら、誰も見たことのない風景を現出させる作家として、高い評価を受けている。
見どころは、デビュー展の出品作から最新作まで各時期の作品が一堂に会すること。広大な幻想の風景や動植物、多様なモチーフの姿を借りた自画像など、約40点の絵画とオブジェ作品によって、川口の半世紀の画業をたどる展観となる。また初公開の新作絵画とオブジェ作品が10点以上に及ぶのも、楽しみなところだ。
独特の美しい質感と寓意が交錯する川口の作品は、しばしば詩に喩えられる。多くの人々に寄り添いながら旅を続けてきた川口の創作の軌跡をたどりつつ、旧作と新作の響き合いが新たな詩情を紡ぎ出す作品世界を堪能したい。
<開催概要>
『川口起美雄 Thousands are Sailing』
会期:2025年11月1日(土)~2026年2月1日(日)
会場:神奈川県立近代美術館 鎌倉別館
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