2025
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木炭生産量日本一を誇る岩手県。その岩手県内で生産量の約4分の1を占めるのが、県北の洋野町産だ。その洋野町で長年製炭業を営む北部産業には、岩手県木炭品評会で受賞経験を持つ炭焼き職人・一條幸子さんがいる。

目次

製鉄との関わりで発展した洋野町の製炭

洋野町で木炭生産が盛んな理由のひとつが、木炭の材料である広葉樹が多く自生していること。しかも、広葉樹の生えている山がなだらかなので、切って運び出しやすいのだという。

もうひとつの理由が、製鉄との関わりだ。洋野町大野地区は藩政時代、「たたら製鉄」による製鉄業で栄えていた。「たたら製鉄」とは、砂鉄と木炭を粘土製の炉に入れ、空気を送り込みながら燃焼させて「鉄」を作り出す、日本の伝統的な製鉄法のこと。砂鉄が燃焼によって酸化鉄になり、さらに木炭の成分である炭素と結びついて還元されて「鉄」に変わるため、製鉄に木炭は不可欠だったのだ。

明治時代になると西洋式高炉による製鉄が始まり、たたら製鉄は衰退するが、代わりに一般家庭用の燃料として木炭の需要が高まったことから、大野地区では木炭生産が継続された。また、岩手県の他の地域でも農閑期などに木炭を作る農家が多かったこと、東北線が開通して東京の市場へ出荷しやすくなったこと、県が生産を推奨したことなどにより、県全体の生産量は次第に増加。こうして1912年には「木炭生産量日本一」になった。

原料は樹齢20~30年のナラ

木炭とは、木材を酸素が無い状態で加熱し、酸素や水素、不純物などを取り除き炭素だけを残して炭化させたもので、800℃以上で炭化させる白炭と、400~700℃前後で炭化させる黒炭の2種類に分けられる。白炭の代表は、主にウバメガシから作られる「備長炭」。一方、岩手で作られているものは黒炭で、原料の木材は県内に多く自生しているナラだ。樹齢20〜30年のものを使うが、それは、「完成する木炭の太さから逆算すると直径20㎝のものが適している」ことが理由のひとつらしい。

「うちのお客様は炉端焼き店や焼き鳥店など飲食店の方が多いため、火持ちの良さが求められる。硬くて密度の高いナラは木炭にすると火持ちが良いので、その点も原料としてナラを使う理由です」と説明するのは、洋野町にある北部産業の代表取締役・佐々木彬さん。同社は1952年創業の「ささき木材店」が前身で、その数年後から製炭業を始めた。現在は16基の窯で、地理的表示(GI)保護制度の登録商品である「岩手木炭」、なら炭、粉炭、木酢液などを生産している。

「良い木炭」とは「火持ちが良い」こと

一條幸子さんが同社で木炭作りを始めたのは3年前。それまでは完成した木炭を切り揃えたり袋や箱に詰める作業を担当していたが、木炭作りの工程に興味を持ち、「見聞きするだけではなく、自分でやってみたい」と思い、始めたという。

木炭作りは、先輩職人から教わった。まず、ナラの原木を規格の長さ・太さにし、窯の中に立てて入口に火を着け、4日間乾燥させる。その後、窯の入口をふさぎ、通風口と開煙口を動かしながら窯の中の酸素の量を調節して炭化させていく。完全に炭化させたら、すべての口をふさいで酸素を遮断し、消化。1週間ほど冷ましたら完成だ。着火してから消化するまでの期間は、原木の乾燥状態や気候などによって変わるものの、約2〜3週間。つまり完成まで3〜4週間もかかる。

目指すは「硬い」「重い」「製煉度が低い」木炭

「窯の中を酸欠状態にするために、原木をまっすぐに隙間なく並べるのが大変。でも一番気を遣うのは、窯の入口をふさいだあと、通風口や開煙口を動かしながら炭化させる作業ですね」と一條さん。というのも、ここで木炭の良し悪しが決まるからだ。一條さんにとって良い木炭とは「硬くて重い」、つまり「密度の高い」もので、それが「火持ちが良い木炭」の条件でもあるという。燃焼(炭化)スピードが早いと密度の低い、スカスカの木炭になってしまうので、開煙口の温度を測りながら炭化スピードを調整するそうだ。

特に、岩手県木炭品評会では「精煉度」が評価基準のひとつになるため、「消化前に開煙口を大きく開け、窯の中の温度を高くして炭化を高める『精煉』の作業は重要」と話す。「精煉度」とは炭の電気抵抗の数値で、低いほど不純物が少なく炭素の純度(炭化)が高い、つまり「上質の炭」とされる。地理的表示(GI)保護制度の登録が認められた「岩手木炭」は、この精煉度が8%以下と決められているので、品評会でもこの数値が基準となるというわけだ。ちなみに、完成した木炭の下部は精煉度が高いため、「岩手木炭」の場合は切り落とされて出荷されるが、北部産業では下部を切り落とさずに自社の基準で検査し、「なら炭」として出荷するという。

「炭焼き職人の先輩方は、『炭化の状態や精煉をかけるタイミングは煙やにおいでわかる』と言いますが、私はまだその域には達していないのでわかりません。ですからいまは、開煙口の温度が320℃になったら精煉をかけています。でもいつかはわかるようになりたい。そのためにも毎日が勉強で、だからこそ日々面白いんです」と一條さんは笑顔を見せる。

「見た目」も、品評会での評価の対象に

こうした木炭作りの作業を毎回繰り返すなかで、一條さんは「うまくできた」と思う木炭を見つけ、品評会への出品用として取っておくという。前述の「硬くて重い」「精煉度」に加え、「見た目」も「良い炭」の条件と考えることから、樹皮がきれいに残っているものを選ぶ。その結果、岩手県木炭品評会令和4年度大会では、黒炭切炭の部で農林水産大臣賞を、黒炭長炭の部で林野庁長官賞を受賞。切炭は長さが約6.5㎝、長炭は約30㎝のもので、どちらの賞も最高賞である。

木炭作りの技や文化を絶やしたくない

佐々木さんによると、いま国内では木炭の需要が多く、同社の生産が追い付かない状況だという。コロナ禍ではキャンプ用として、その後は焼き鳥店など飲食店用として注文が増えている一方、生産者の高齢化が進んでいるため、製炭会社として全国的にも規模が大きい同社に注文が集中しているからだ。

「そのような状況でも、常に安定した品質の木炭を作るよう心がけています。それと、どんな注文にも応えたい。例えばお客様の中には、うちの商品の『岩手木炭』や『なら炭』とは品質が異なる、『やわらかくて砕けやすい木炭』がほしいという人もあるので、窯の中を探して納品することもあります」と佐々木さんは胸を張る。
一方、一條さんは「木炭を作ると、香炉や火鉢用の灰、煙を冷やしてできる『木酢液』も得られ、無駄がない。そんな木炭作りの技や文化を絶やしたくないので、10年、いや20年は続けたい」と意欲を燃やす。「良い木炭」を作ることだけを心がけ、日々、一つひとつの作業に集中する──。そんな一條さんの姿は、木炭作りを目指す次世代の若者の登場に、きっとつながることだろう。

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