全国の公立文化施設で行われる一般観客向け上映会「舞台映像上映 Reライブシアター」が8月にスタートした。「舞台映像上映 Reライブシアター」は、EPADが推進する、舞台公演映像と劇場空間を掛け合わせた、新たな舞台芸術の鑑賞スタイル。「舞台芸術作品を『観に行く』から『やってくる』へ。舞台芸術をもっと手軽に」をキャッチコピーに、2025年度は全国10の公立文化施設で8作品が上映される。

ステージナタリーでは9月14日に徳島県立二十一世紀館 イベントホールで行われた「舞台映像上映 Reライブシアター」の様子をレポート。上映会を担当したホールのスタッフや来場者の声を紹介する。


取材・文 / 熊井玲

EPADとは?
「EPAD」ロゴ

一般社団法人EPADが文化庁や舞台芸術界と連携して進める、舞台芸術アーカイブ+デジタルシアター化支援事業(Eternal Performing Arts Archives and Digital Theatre)の略称。EPADは、2025年3月時点で舞台芸術映像3861作品(権利処理サポート含む)、戯曲1032作品、写真やデザイン画など舞台美術資料26359点を取り扱っている。

徳島上映会レポート&スタッフインタビュー

「気づかいルーシー」が徳島のホールに出現!

一般観客を対象とした舞台映像の上映会「舞台映像上映 Reライブシアター」が、8月に香川県でスタートした。香川に次いで、9月14日に上映会が開催されたのは、徳島県にある徳島県立二十一世紀館。1990年に開館した徳島県立二十一世紀館は、徳島駅からバスで約20分の徳島県文化の森総合公園内にあり、県内の古文書などを収めた文書館、図書館、近代美術館、博物館と並び、徳島県民にとって文化の発信拠点の1つとなっている。「文化の森」行きバスの本数が限られていたので、その次に最寄りのバス停「園瀬橋」で下車し、ホールに向かって歩いていると、9月半ばだというのに蝉の鳴き声がわんわん降り注ぎ、樹々の香りがどんどん強くなり、まさに森の中に入っていく感覚になった。

「舞台映像上映 Reライブシアター」は二十一世紀館の一番奥、舞台機能を備えているイベントホールで行われた。可動式の客席が据えられた、最大客席数300の立派なホールだが、演劇公演が行われるのは年に数回。中高生の演劇部の大会や、地元劇団による貸し館公演、発表会が多く、プロの劇団が公演を行うことはあまりないという。

会場となった徳島県立二十一世紀館 イベントホールの様子。

会場となった徳島県立二十一世紀館 イベントホールの様子。

会場となった徳島県立二十一世紀館 イベントホールの様子。

会場となった徳島県立二十一世紀館 イベントホールの様子。

この日の「舞台映像上映 Reライブシアター」では、東京芸術劇場「気づかいルーシー」と蜷川幸雄七回忌追悼公演「ムサシ」の2作品が上演された。ここでは「気づかいルーシー」上映回の様子についてレポートする。「気づかいルーシー」は2015年初演、2017年再演、2022年に再々演もされた、東京芸術劇場によるこどものためのオリジナル作品。松尾スズキの絵本をもとにノゾエ征爾が脚色・演出を手がけ、ルーシーとおじいさん、飼い馬が“気づかい”しすぎるあまり引き起こしてしまう悲喜劇が、音楽を交えて描かれる。上映されたのは、コロナ禍で公演の大半が中止になった2022年、パルテノン多摩で行われた大千穐楽公演の様子で、高画質の定点映像だった。

上映会は事前申込制で、開始1時間前になると、ホールの前には予約した人たちが数人、並び始めた。多くは1人、もしくは2人組の年配の男女。その後、上映開始直前になると小学生くらいの子供を含む親子連れが数組入ってきて、準備された客席の大半は埋まっていた。

上映時間になると、舞台の暗闇の中にふっと、「気づかいルーシー」を象徴する巨大なジェンガが現れた。一見すると、映像なのか実際にそこにあるものなのかわからないほど、自然な存在感。そしてセットの後ろからノゾエ征爾が姿を現して、映像の中の“現在”が2022年であること、場所が東京のパルテノン多摩であることが語られた。

東京芸術劇場「気づかいルーシー」2022(撮影:田中亜紀)より。

東京芸術劇場「気づかいルーシー」2022(撮影:田中亜紀)より。

上映会はそのままスムーズに進行。「気づかいルーシー」はバンドの生演奏も魅力の1つだが、楽器の演奏はバンドチームがいる場所からきちんと聴こえてくるので、音に立体感があった。また歌声もクリアで、音質の良さが没入感の支えとなった。また最初は映像の中からしか聞こえなかった観客の笑い声も、上映が進むにつれて実際の客席からも聞こえるようになってきて、観客が作品世界を楽しんでいることが伝わってきた。

95分の上映時間中、子供を含め観客は、誰1人席を立つことなく作品に見入っており、終演後は観客の多くが自席に残って、熱心にアンケートを書いている姿が印象的だった。さらにこれは上映前にも見られた姿だったが、「『ムサシ』も観るから、帰りは18時ごろかな」など、携帯電話の相手に伝えている観客を数人見かけて、両作品とも観る予定の人が意外と多かったことも驚きだった。実際、上映会に参加した人の数名は「ムサシ」が始まるまでの間、美術館に足を運んだり、ホール内の飲食店に流れる人も多かった。

普段とは違うお客さんが来てくれた

上映後、本企画を担当した二十一世紀館スタッフの吉本さんに話を聞いた。吉本さんが初めて「舞台映像上映 Reライブシアター」を体験したのは、5月に同ホールで行われた技術検証会のときだと言う。

「もともとこの企画は、前所長が岡山芸術創造劇場ハレノワで上映の試演会に参加して非常に感動し、『これを文化の森でもやりたい』とおっしゃったことがきっかけになっています。私は普段の業務で映画上映会を担当しており、それと近いイメージで『舞台映像上映 Reライブシアター』を担当することになったのですが、技術検証会のときにはまずスクリーンが非常に大きいことに驚きました。そして、あれだけ画像を大きくしても綺麗に映る技術がすごいなと思いましたし、私自身は普段あまり舞台を観るわけではないのですが、本当にそこに人がいるような感じで映像であることを気にせず観劇に集中できるのが良いなと思いました」

ホールでは演劇が上演されることはあまりないそうだが、上映会にはどんな観客が集まってきたのだろう。

「アンケートを見る限り、普段利用されるお客さんとは違う層と言いますか、演劇が好きな方や、出ている俳優さんが好きな方が来てくださったようです。上映後のアンケートもすごく熱心に書いてくださって、その熱量に驚きました」

上映前の会場の様子。

上映前の会場の様子。

上映作品は吉本さん含めホールのスタッフで決めたと言う。

「EPADさんから上映作品のリストをいただき、『できれば2作品やりたい』という話になりました。どんな方がどのくらい来てくださるか予想がつかなかったので、誰もが知っているような有名な方が出演されているほうがいいだろうと思い、1つは『ムサシ』にしました。『ムサシ』が歴史上の人物を題材にした作品で上演時間も長めの作品ですので、もう1本は時間的にもコンパクトで現代的な作品がいいなと思い、時間的にもちょうどよく、ビジュアルもかわいい『気づかいルーシー』を選びました。『ルーシー』は音の臨場感がとてもありましたね。どこに座っても聞き取りやすくていいなと思いましたし、実際お客さんの反応も良くて、皆さん楽しんでくださっているのがわかったのでやって良かったなと思っています」

上映会準備中の様子。

上映会準備中の様子。

上映会準備中の様子。

上映会準備中の様子。

手応えを感じたと言う吉本さんに、また「舞台映像上映 Reライブシアター」を実施してみたいと思うか?と尋ねた。

「徳島ではそもそも演劇の公演数が少なくて、演劇に触れる機会があまりありません。なので、演劇がよくわからない、知らない人も多いのではないかと思いますが、上映会が観劇のとっかかりとなる可能性があるんじゃないかと感じました。実は香川で行われた上映会にも行ったのですが、文化の森とは全然違う作品を上映されていて、非常に面白かったんです。また機会があれば別の作品でも上映会をやってみたいですね」

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来場者はどう感じた?「舞台映像上映 Reライブシアター」

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