ナチュラルワインのテイスティングイベントで、広く知られているのが、「ロー・ワイン(RAW WINE)」だろう。運営しているのは、フランス人のマスター・オブ・ワイン(MW)、イザベル・レジュロン。2012年にロンドンで産声をあげ、世界規模のイべントに成長している。

ドイツでは毎年3月に、中西部の古都ケルンで「ワインサロン・ナテュレル(Weinsalon Natürel)」が開催されている。今年は、3月15日、16日の2日間にわたって行われた。日程は常に、近郊都市デュッセルドルフで開催される、「プロヴァイン(ProWein)」の前日と初日の2日間。「プロヴァイン」はワイン&スピリッツ業界では世界最大規模のB2B見本市である。

「ワインサロン・ナテュレル」は、ドイツにおけるナチュラルワイン動向の最前線であり、「プロヴァイン」では出会うことのできない造り手たちが集結している。今年は、9カ国から72醸造所が出展。エーレンフェルト地区のイベントホールで開催されたフェアには、1000人近いビジターが訪れた。

ドイツ初、ドイツ唯一、ドイツ最大のナチュラルワイン展示会

「ワインサロン・ナテュレル」を発案したのは、ナチュラルワインに関する著書もある、スルッキ・シュラーデ(Surk-ki Schrade)さん。長年フランスで暮らし、現地のナチュラルワイン・シーンをリアルに体験した。ドイツに帰国してからも、ナチュラルワインから離れられず、2009年、ケルンにドイツで初めてのナチュラルワイン専門店「ラ・ヴィンカイエリー(La Vincaillerie)」を開業した。彼女の店は、まもなくドイツにおけるナチュラルワインの震源地となった。現在では、フランス、ドイツのほか、オーストリア、イタリア、スペイン、ギリシャ、ジョージアなど世界各地のナチュラルワインを扱う。

シュラーデさん

シュラーデさんの著書

「ワインサロン・ナテュレル」をスタートさせたのは2015年。ドイツ初、ドイツ唯一、ドイツ最大のナチュラルワインのテイスティング・イベントとして、当初から注目を浴びた。第1回目には、6カ国から52醸造所が参加。ドイツからの初回出展者は、モーゼル地方のリタ&ルドルフ・トロッセン夫妻とトルステン・メルスハイマーさん、バーデン地方、エンデルレ&モル醸造所のスヴェン・エンデルレさんとフロリアン・モルさん、フランケン地方のシュテファン・フェッターさんなど、錚々たるメンバーだ。ドイツのナチュラルワインの先駆者たちである彼らにとっても「ワインサロン・ナテュレル」は出発点だった。

「ワインサロン・ナテュレル」は、現状では、業者やプレス関係者だけでなく、一般顧客にも門戸を開いている。シュラーデさんは毎回、柔軟かつ細やかなチューニングを行い、イベントの質を高めようと奮闘中だ。昨年からは業者向けの時間帯を設け、商談を行いやすいよう配慮している。午後から一般客が入場すると、大変な混雑になるからだ。

今年は出展希望者が非常に多かったため、彼女は、大手ではなく、自ら造るワインだけで生計を立てている個人、あるいは家族経営の生産者を優先的に出展した。若者のアルコール飲料離れ、ノンアルコール製品の急成長などの諸事情により、やや危機的ムードが漂う状況の中、彼らを守ろうと考えたからだ。

オーガニック・ワインとナチュラルワイン

ヨーロッパのオーガニックワインは、欧州連合(EU)の法制化によりラベル(エチケット)に表示されるようになり、見つけやすくなった。ユーロリーフと呼ばれる木の葉を模したシンボルマークが目印だ。このほか、オーガニック団体の認証マークを頼りに見つけることもできる。例えばドイツでは、エコヴィン(ecovin)、ナトゥアラント(Naturland)、ビオラント(Bioland)がよく知られている。

究極のオーガニック農法とも言えるであろうビオディナミ農法は、20世紀初頭にオーストリアとドイツで活躍した人智学者ルドルフ・シュタイナー(1861-1925)が提唱したものだ。化学農薬や化学肥料の普及により、従来の農法が根本から覆されていくことに危機感を持ったシュタイナーは、自然の力、さらには天体の力を活かした農法を広めようとした。天然素材から作る独自の調剤やコンポストを使用し、天体、特に月の満ち欠けに合わせた農作業を行う。

ビオディナミ基準で造られたワインも、見つけやすくなっている。ビオディナミ団体デメター(Demeter)の認証を得ていれば、ラベルにその旨表示されている。他にもビオディヴァン(BIODYVIN)、レスペクト・ビオディン(respekt BIODYN)、ラ・ルネサンス・デ・ザペラシオン(La renaissance des appellations)といった団体の認証が知られている。

オーガニック、あるいはビオディナミを極めていく過程で、ナチュラルワイン(仏ヴァン・ナチュール)に取り組む人たちも現れた。そのパイオニアは、フランス、ボジョレー地方の研究者、ジュール・ショヴェ(Jules Chauvet, 1907-1989)だと言われる。ショヴェは、シャプタリザシオン(補糖)や濾過を拒み、酸化防止剤である二酸化硫黄(亜硫酸)を添加しないことを理想とした。彼に倣い、ナチュラルワインはオーガニック、あるいはビオディナミを基本としながらも、醸造時のワインへの介入を最低限とし、二酸化硫黄の添加を、オーガニックワインの許容量よりもさらに減らし、可能ば限り無添加にも挑戦している。

望まれるナチュラルワインの定義

ドイツにはまだ、ナチュラルワインの定義がないが、フランスでは、2019年にナチュラルワイン保護組合(Syndicat de défense des vins naturels)が発足し、ナチュラルワイン(ヴァン・メトード・ナチュール)憲章を定めた。同組合は、ナチュラルワイン生産者を保護し、ナチュラルワインのコミュニティの育成に取り組んでいる。組合の憲章はフランス農業省などの公的機関に承認されており、独自の認証マークがある。

ナチュラルワイン憲章には、例えば以下のような内容で、トータル16の規定がある。
(仏語の憲章はこちらのサイトでダウンロード可能)

・オーガニック認証を受けたブドウを100%使用する。
・収穫は手摘みで行う。
・自然発酵による醸造を行う。
・醸造用の添加物や補助剤を使用しない。
・ブドウの化学的組成を改変しない。
・逆浸透濾過、濾過、サーモヴィニフィケーション、遠心分離などの技術を導入しない。
・発酵前、発酵中、スターター(ピエ・ド・キューブ)に二酸化硫黄を添加しない。
・二酸化硫黄は出来上がったワインにのみ、総量30 mg/Lまで添加が可能。添加されているか否かは認証マークとともに表示される。

シュラーデさんが参照しているのも、フランスのナチュラルワイン憲章と同様のルールだ。二酸化硫黄の添加については、出展者のブースに「不添加」「アイテムにより添加」「全アイテムに添加」と表示し、透明性を保っている。シュラーデさんは、ナチュラルワインの伝統が浅いドイツで、造り手たちの代弁者でありたいと願い、ナトゥアクナル(Naturknall.eV)という組織も立ち上げている。ドイツにおけるナチュラルワインの公的規定はまだ先のことだが、オーガニックワインの組織が動きはじめる兆しもあり、いずれフランスのような基準が作られることになるだろう。

ナチュラルワイン発掘の宝庫「ワインサロン・ナテュレル」

会場のイベントホールには、天窓から柔らかな自然光が降り注いでいた。温かみの感じられる煉瓦造りの壁、木製のシンプルなテーブルだけのブース……。派手な照明や看板がなく、とても居心地が良い。隣接するスペースは食堂兼カフェとなっており、生牡蠣のスタンドもやってきていた。

最初に、ナーエ地方の生産者、ピリ・ナテュレル(Piri Naturel)のブースに向かい、造り手のクリスチーネ・ピーロートさんと再会した。昨年の春、彼女のワインと出会い、その純粋な味わいに魅了された。彼女のリースリングは、スキンコンタクトを1日、発酵後はシュールリーを行い、伝統的な1200リットルの木樽で2年という時間をかけて熟成させている。伝統を踏襲した醸造法で、果実味は抑制されているが、滋養味にあふれ、清らかな味わいだ。

ピリ・ナテュレル クリスティーネさん(左)とカミラ・イェルデさん

創業1789年という伝統ある醸造所の7代目であるクリスチーネさんは、醸造家としての専門教育を終えたのち、大学でも醸造学を修め、国内外で醸造経験を積んだ。その上で彼女は、ナチュラルワインこそが自分のワインの表現法だと認識し、2018年に、両親の造るワインとは別に、独自ブランド「ピリ・ナテュレル」を興し、新たなターゲットを切り拓いた。彼女は現在、ナチュラルワインを超えて、持続可能なアグロフォレストリーに近づこうとしているという。モノカルチャーを脱し、自然界から学びつつ造られる感性豊かなワインは、どれも魅力に溢れている。

ピリ・ナテュレル

今から10年ほど前、ハンブルクで行われた試飲会で出会った、オーストリア、ヴァインフィアテル地方の生産者、レオ・ウイベルさんとも再会した。2007年からワイン造りに取り組むレオさんは、オーガニックワインの生産者として、常に誠実なワインを造っていた。

レオさんは、2018年にビオディナミに移行し、2021年には厳格なデメターの認証を取得していた。グリューナー・フェルトリーナーやシャルドネの造り手として高い評価を得ているが、ナチュラルワインに挑戦していることはこの日初めて知った。

彼の2020年産「SUPER G」は、グリューナー・フェルトリーナー100%。樹齢60年近い古木のグリューナー・フェルトリーナーは、ナチュラルワインに仕上げられることで、その持てる力を存分に発揮しているかのようだ。1ヶ月に及ぶスキンコンタクトの後、500リットルのトノーで仕上げたワインは、控えめな果実の香りと繊細なプロヴァンスハーブの香りを持ち、エキス分を十分に蓄えている。偉大なワインの造り手が挑戦するナチュラルワインは、飲み手に新しい地平を開いてくれる。

レオさん

やはり10年ほど前に、ハンブルクの試飲会で会った、フランケン地方のアンディ・ヴァイガンドさんとも再会した。当時アンディさんは、ガイゼンハイム大学に在学しながら、実家でのワイン造りに取り組んでいた。古木のジルヴァーナーのポテンシャルに着目するほか、オーク樽に強いこだわりを持ち、すでにナチュラル寄りのワインを醸造していたことを思い出した。

アンディさん

アンディさんは、オーガニック団体ナトゥアラントの認証を取得、現在はナチュラルワインにフォーカスし、アンフォラによる醸造にも取り組んでいる。バフース種とミュラー・トゥルガウ種を、果汁と果皮を一緒にして、アンフォラ内で9ヶ月発酵させた「アンフォラ・ホワイト(Amphora White)」は、ミラベルなどの有核果実とハーブを連想させる風味があり、清冽で味わい深いワインだ。

アンディさんのワイン

この日、新たに出会い、心動かされたワインはいくつもあった。旧東独ザーレ・ウンストルート地方で、コンラット・ブドゥルスさんとエファ・ヴェーナーさんが、「コニ&エフィ」というブランド名で造る、表情豊かで活力のあるジルヴァーナーの数々、ナーエ地方のパウリーヌ・バウムベルガーさん、カール・バウムベルガーさん姉弟が「グロウ・グロウ」ブランドでリリースしている、ピュアな味わいのリースリングやシャルドネ、フランケン地方タウバータール地域の、シュテファン・クレーマーさんの静謐なジルヴァーナー、ラインヘッセン地方オッペンハイムの伝統ある醸造所、ビュルガーマイスター・カール・コッホ醸造所のオーナー、パウル・ベルケスさんとアルゼンチン出身の醸造家、アグスティン・G・ノヴォアさんが「CK」ブランドでリリースしている、自由でチャーミングなゲヴュルツトラミーナやリースリングのオレンジワイン……。

「ワインサロン・ナテュレル」それは、ナチュラルワインという、決して容易ではないワイン造りに挑戦する覚悟を決めた、果敢でエネルギッシュな造り手たちの舞台であり、ポジティブなエネルギーに溢れた、ナチュラルワイン発掘の宝庫だった。


岩本 順子
ライター。ドイツ・ハンブルク在住。
神戸のタウン誌編集部を経て、1984年にドイツへ移住。ハンブルク大学美術史科修士課程中退。1990年代は日本のコミック雑誌編集部のドイツ支局を運営し、漫画の編集と翻訳に携わる。その後、ドイツのワイナリーとブラジルのワイン専門誌編集部で研修し、ワインの国際資格WSETディプロマを取得。著書に『おいしいワインが出来た!』(講談社)、『ドイツワイン・偉大なる造り手たちの肖像』(新宿書房)、ドイツワイン・ケナー資格試験用教本内のテキスト『ドイツワイン・ナビゲーター』などがある。
HP: www.junkoiwamoto.com

WACOCA: People, Life, Style.