MSGでうまく味付けするには練習が必要だ。レストランの厨房で働き始めるまでは、エンもそのことを完全には理解していなかったという。そこで、MSGの簡単な使い方を教えてくれた。

「MSGはキッチンカウンターの上、塩の横に置きます。塩とMSG、両方とも使いましょう。ただし、いつもより塩をやや少なめに。そして、調理しながら味見をしましょう」というのがエンのアドバイスだ。

MSGの化学

MSGはグルタミン酸の派生物(でアミノ酸の一種)であり、グルタミン酸はアンチョビやパルメザン・チーズ、トマトや海藻といったうま味の凝縮されたおいしい食材に、元来含まれている。

MSGは、いったいどういう仕組みでこれほどまでにさまざまなものをおいしくするのだろう? シェフから食品科学者、作家、そして発酵の専門家へと転身したデイヴィッド・ジルバーに、わたしはそう尋ねてみた。すると彼は、こんなことを訊き返してきた。「チートスを使った用語法で説明しましょうか?」

わたしは「ぜひ」と力強く答えた。

「グルタミン酸は、生物界でもっともありふれているアミノ酸の一種です。自然な環境のなかから取り出してほかの食材に大量に加えると、もっと食べたいという気持ちにさせるような味になります」とジルバーは説明する。「それは自然界が発している信号のようなもので、人間の体は最も消化しやすく、栄養豊富な食糧を求めてこの信号を探しています。大古からある原始的な生理機能をハッキングすることで、味気ない食べものの口当たりをよくし、もっと食べたいという気持ちをかきたてるというわけです」

なるほどそう聞けば、スナックに触るほうの手の横に湿った布を準備してからチートスをどか食いする、という年に1度のわたしの儀式(!?)も理にかなっているということになるのかもしれない。

食べたいという渇望は、当然のことながらわれわれの好き嫌いに左右される。だが「化学物質の次元では嗅覚と味覚こそが、わたしたちの体のなかで最も強い影響力をもっているのです」とジルバーは説明する。

食卓にMSG(うま味調味料)を取り戻した米国

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悪者論でっち上げの犯人

食材の味をよくするために役立つにもかかわらず、MSGは北米において困難な状況に置かれていた。MSGとは「グルタミン酸の派生物であり、22種類あるアミノ酸のひとつである」。わたしの手もとにあった07年版の『The Food Lover’s Companion(グルメの友)』[未邦訳]には、日本と中国で好まれている調味料である、という説明とともにそう記されている。

そこにはまた、「MSGによってさまざまな疾患を引き起こされる人もいる。目眩、頭痛、顔面紅潮、そして灼熱感といったものだ」という、書籍そのもの同様時代遅れとなった情報が掲載されている。

これは、ロバート・ホー・マン・クォックが1968年、『New England Journal of Medicine』に寄せた投書に起因するものだ。そのなかでは、「中華料理店症候群」と名づけられた目眩、頭痛、吐き気といった症状が挙げられていた。そのため、世界中の中華街のレストランが「MSG不使用」のネオン看板を掲げるはめになったのである。

問題なのは、クォックの話が科学的な裏付けのない逸話だったか、ハワード・スティールという名の整形外科医が権威ある医学雑誌に掲載させられるかどうか同僚と10ドルを賭けてしたためた投書だったかのどちらかの可能性があり、そこから大きな問題が発生し偽の症候群を生み出したにもかかわらず、同誌は訂正の努力をしなかった(これについては、2019年2月に放送されたラジオ番組『This American Life』のエピソードを聴いていただきたい)。

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