[17日 ロイター] – カナダを訪問中の石破茂首相は日本時間17日、トランプ米大統領と会談し、焦点だった関税協議について合意に至らなかった。
市場関係者に見方を聞いた。
◎米国が同盟国忖度しないこと明確に
<愛知学院大 森正教授(政治学)>
トランプ関税がどうなるのか参院選前に結論が出ないことが確定した。相互関税猶予期限後に、すべてのトランプ関税が日本に課されるのか、協議継続ということで関税の執行は遅れるのか、現時点ではわからない。まったく予断を許さない。
かつての米国であれば日本が選挙を控えていれば、日本側に救命ブイのような交渉糸口を与えてくれたが、第2次トランプ政権は同盟国に対しても全く忖度しないことが明確になった。今後の交渉も楽観視できない。
今朝の石破茂首相の発表は短く中身がなかったが、もしかしたらトランプ大統領としては日本製鉄のUSスチール買収許可で石破首相に花を持たせてやったから、関税は(交渉は)難しいという意図かもしれない。
今後はトランプ関税の影響に注目が集まる。自動車産業が集積する愛知県、神奈川県、広島県などへの影響が懸念され、地域経済や産業空洞化への政府の対策が後手であることなどが批判される可能性がある。
◎日本の戦略ミス、最大のカードはコメ
<キヤノングローバル戦略研究所 主任研究員 峯村健司氏>
今回の日米首脳会談で関税協議が合意に至らなかった根本的な原因は、日本政府の戦略ミスだ。米政府は4月の段階で、交渉において「日本は優先される」という姿勢だった。それは、中国との貿易戦争を有利に進めるためのけん制でもあった。つまり、「中国が交渉に応じないなら、アジアのライバルである日本を優先するぞ」という戦略だ。
ところが、日本との交渉がなかなか進まない。そうこうしている間に、英国が最初の席に座ってしまい、2番目が中国になってしまった。この時点で、トランプ大統領からすれば日本と交渉を進めるメリットが相対的に下がってしまったのだ。
それでも日本政府内には「主要7カ国首脳会議(G7サミット)で合意できるはずだ」という楽観論があった。日本政府はトランプ氏の戦略に気づけなかったのではないか。
私自身、5月に訪米して多くのトランプ政権関係者と意見交換をした。当時から、国務省を含めてG7で合意できるなどという楽観論は皆無だった。日米の認識のずれが露呈していたわけだ。その意味では、今回合意に至らなかったのは、想定内と言える。
では、日本政府は今後どう交渉に臨むべきか。私は、最大のカードは「コメ」だと確信している。米政府の関係者が口をそろえるのは、「米国の農作物をもっと輸入してほしい」という点だ。その中でも一番はコメ。トランプ政権がコメの関税について「700%」と発言したことがあったが、その時点で米国内では「対日交渉はコメ」という認識ができてしまった。また、政権内で発言力のあるグリア米通商代表部(USTR)代表が、第1次トランプ政権下でコメの対日輸出を増やせなかったというトラウマもあると聞く。
日本政府にとって、時間をかければかけるほど交渉のカードは少なくなっていく。まずは、トランプ氏が優先すると言っている国々の中から脱落しないことが大事だ。そのためにも、コメ政策の「聖域化」は間違ったアプローチであることを認識するべきだろう。石破茂首相は「国益」を重視すると言うが、ファイティングポーズだけでは交渉にならない。
◎石破政権の外交能力に疑念、フル関税で参院選突入へ
<法政大大学院教授(現代政治分析) 白鳥浩氏>
これまで赤沢亮正経済再生相が、サミットでの首脳間合意を見据えて毎週訪米して関税協議を継続していたはずだ。今回の首脳会談で何も合意に至らなかったことは、石破茂政権の外交能力に疑念を持たれる可能性がある。
相互関税猶予期間の90日が終了する7月9日以降、日本はトランプ関税がフルに課された状態で参院選を迎える形になる。
小泉進次郎農相によるコメ価格引き下げ政策が好感され、内閣・与党支持率は足元、改善傾向にあるが、安価なのは古古米の備蓄米で、新米の価格は引き続き4000円台だ。コメ全体の価格が大きく下がることはないと国民が広く認知すれば、内閣・与党支持率にも影響するだろう。
◎参院選など控え双方に早期合意必要なし
<野村総合研究所 エグゼクティブ・エコノミスト 木内登英氏>
日米関税協議は、自動車関税などの完全撤廃を求める日本側と、相互関税のみの協議を主張する米国側で当初から食い違っていた。イスラエル・イランが緊迫化するなかでトランプ大統領として対日協議を急ぐ必要性に乏しく、予想通りの展開だ。
日本としても自動車関税などについてベセント財務長官らと議論しても撤廃はかなわないので、トランプ大統領と直接協議すれば25%の自動車関税を多少はまけてもらえるかもしれないとの期待があったのだろうが、米国が世界各国に課している自動車関税を日本のみを対象にまける選択肢はありえず、当初から日米双方とも合意する意思もなかったとみられる。
日本は参院選を控え、農産物などで対米譲歩すれば選挙にも響くため、日本側も協議を急ぐ必然性はなかったとみる。
ベセント長官が発信している通り、米国は中国など主要18カ国との関税協議は90日間の期限を延長して協議する見通しだ。
現在トランプ政権は移民政策などをめぐり米国内で厳しい批判にさらされているが、今後は関税政策によるインフレが世論の反発を招くだろう。個人的にはトランプ政権は秋以降徐々に関税引き下げに向かうと予想する。このため日本は対米関税交渉で農産物などで譲歩する必要はないと考える。
今後のトランプ政権は関税政策に代わりドル安政策を推進する公算が大きく、来年5月に任期を迎えるパウエルFRB(米連邦準備理事会)議長の後任候補としてベセント長官の名前などが上がるのだろう。
日本にとって自動車関税引き下げは朗報だろうが、円高による収益圧迫が懸念される。米国は日本に対して為替介入や日銀の利上げによる円安是正を求める公算が大きい。
◎妥結せずはタフな交渉の証
<みずほ証券チーフエコノミスト 小林俊介氏>
今回の日米首脳会談で、両国の関税交渉が妥結に至らなかったのは残念だが、それは日本政府が高いゴールを目指し、タフな交渉をしている証ととらえることもできる。
もともと米国が相互関税で脅しをかけ、「何かバーターをよこせ」と言ってきたのが始まりだ。米国際貿易裁判所は、国際緊急経済権限法(IEEPA)に照らして違法との判決も下している。
そんな状況下で、日本政府としては何とか国内経済への打撃を回避できるよう、関税の減免を勝ち取りたいはずだ。特に金額の大きい自動車関税に関しては、米通商拡大法232条を根拠としているだけに、減免に向けたハードルは高いものの、何とか穴を空けるために交渉をしているのだと思う。
会談の結果自体は残念だが、日本側はすでに造船などの技術供与や自動車に関する非関税障壁の緩和、中期的な軍事、エネルギー分野での通商拡充などを提示しているとみられる。通貨の安定もテーブルに上がっている可能性もある。
今後もパッケージで日米双方にうまみのある結果を求めて交渉をしていくだろう。
昨日以降の株はかなり強く、市場の一部には首脳会談への期待感があったはずだ。今回の結果を受け、若干期待が剥落するかもしれないが、日本政府がタフな交渉をしているのは悪いことではない。そこまでディスアポイントする必要もないだろう。
◎即時性の高い見返り案を提示すべき
<伊藤忠総研 エグゼクティブ・フェロー 深尾三四郎氏>
今夏の参院選の結果次第で石破茂首相が交代する可能性が残る中、トランプ米大統領としては、今回の主要7カ国首脳会議(G7サミット)で日米関税交渉を積極的に進めるつもりは最初からなかっただろう。
一方、全米各地で政権に対する大規模な抗議デモが開催されており、トランプ大統領は分かりやすい外交成果を求めているはずだ。
こうした中、日本側は今後の閣僚協議において、ゆっくりとした「牛歩戦術」をとるのではなく、即時性の高い見返り案を提示すべきではないか。例えば、米国産自動車の輸入拡大策として、米ゼネラル・モーターズ(GM)や米フォード・モーターなどの新型電気自動車(EV)を政府公用車として大量に導入するのも手だろう。日本政府の姿勢がはっきりと素早く出るので、米国側の納得が得られやすいと思う。
◎大方予想通り、7月合意なければ業績影響意識も
<松井証券 シニアマーケットアナリスト 窪田朋一郎氏>
大方の予想通りではあるが、自動車株を含む業種別の輸送用機器は弱めとなっており、失望した向きもあったようだ。今後は、独立記念日や相互関税の上乗せ部分の停止期限を控える7月上旬までにまとまるかが焦点となる。このタイミングを過ぎると夏休みに入ることで、協議が停滞しかねない。
関税のかかる状態が長期化するとなると、業績への悪影響を織り込む局面に入ってくる。例えばトヨタ自動車は、業績予想について関税影響を数カ月分しか考慮していない。7月にまとまらなければ先行き、業績予想の下方修正が意識されそうだ。
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