ロシアのヘルステック分野は、デジタル・テクノロジーの進化と、アクセスしやすく効率的な医療への需要の高まりによって急速に変革を遂げています。新たな機会が生まれる一方で、特に法規制の枠組みに対処していく際の課題も浮上しています。本稿では、ロシアのヘルステックに影響を与える主要な法的課題である、遠隔医療、データ保護、責任問題、規制上の課題について詳細に分析していきます。

遠隔医療
Alexey OskinAlexey OskinAlexey Oskin
マネージング・ディレクター
KP Moscow
Email: oskin@kpmoscow.ru

遠隔医療――リモートで医療サービスを提供するためデジタル技術を活用することは、世界的なヘルステックの発展の基盤となっています。ロシアでは、この分野は公衆衛生保護の基本に関する連邦法と保健省による多様な法令によって規制されています。遠隔医療とは、医療専門家と患者とが、医療相談や診察のために情報通信技術を用いてコミュニケーションすることと定義されています。

ロシアの法律では、国家医療ライセンスを備え、医療基準を遵守する医療従事者のみが、遠隔医療サービスを提供することを許可されています。また、遠隔医療プラットフォームは、規制当局が承認したセキュリティおよび技術基準を満たさなければなりません。特に、初診は対面で行わなければならないことが、医療の物理的な障壁を克服しようとする遠隔医療の可能性をフルに発揮する妨げになっています。現在の規制では、医師と患者との直接の対話よりも医師同士のコミュニケーションが優先されており、この分野が成長していく上での大きなギャップとなっています。

これらの制約にもかかわらず、遠隔医療は特に新型コロナウイルス感染症(COVID-19)のパンデミック中に成長を遂げました。規制改正により、緊急でない場合のリモートによる処方箋の発行や医療相談が可能となり、ロシアの遠隔医療関連法がさらに近代化していく可能性が浮き彫りになりました。多くの利害関係者は、特に地方で遠隔医療ソリューションを広範に採用していくための、包括的な法改正が必要であると強調しています。

もう一つの課題は、遠隔医療をロシアの既存の医療インフラに統合することです。これには規制の変更だけでなく、デジタルツールへの大規模な投資、医療専門家のトレーニング、遠隔医療サービスへの国民の信頼を構築するための啓発キャンペーンが必要です。

前進するための第一歩としては、特定の疾患について初回の遠隔医療相談を可能にするパイロットプログラムが挙げられます。これにより、より広範な法改正への道が開かれるでしょう。また、税制優遇措置や助成金などのさらなるインセンティブが、遠隔医療のインフラへの民間投資を促進し、その成長と採用を加速させていくでしょう。

データ保護

個人データ、特に医療関連の機密情報の保護は、ヘルステックにおける最も重要な法的考慮事項の一つです。ロシアの「個人データに関する連邦法」は、医療データを含む個人データの収集、処理、保存についての規制を定めています。同法は、医療データを独立したカテゴリとして明確に定義しているわけではありませんが、求められるその機密性により、医療データはより厳格な規制の監督下に置かれています。

以下が、ヘルステック企業に課される主な義務の一部です。

同意:企業は、個人の医療データを処理するためには、明白なインフォームド・コンセントを各人から取得しなければなりません。同意書は明確なもので、容易にアクセスでき、現地の基準に準拠している必要があります。

ローカライゼーション規則:ロシアの法律では、すべてのロシア市民の個人データは国内のサーバーに保存することが義務付けられています。これは、クラウドサービスや国際的なデータ共有プラットフォームを利用しているヘルステック企業にとって課題となります。

セキュリティ:組織は、データを漏洩から保護するために、技術的にも組織的にも厳重な対策を講じなければなりません。これには暗号化、アクセス制御、定期的なセキュリティ監査が含まれます。

国境を越えるデータ移転

国境を越えるデータ移転は厳格に規制されており、企業は受け入れ国が十分なデータ保護体制を提供していることを確認しなければなりません。実際、米国のように十分な保護を提供していると認められていない法域へのデータ移転には、規制当局の承認を得る必要があります。

データのローカライゼーションに特有の難しい課題としては、現地でデータセンターを設立する追加コストの負担や、複数の法域で異なる法的枠組みへの準拠を確実に行うことが挙げられます。しかし、一部の企業はこれを機会と捉え、現地のサービスプロバイダーと提携してデータセキュリティを強化し、規制当局や消費者からの信頼を築いています。さらに、安全なデータ処理のためにローカライズされたソリューションを開発することで、ロシア国内で業界のリーダーとしての地位を確立することが可能になります。

共通の課題

罰則:データ保護法に違反すると、多額の罰金を課されたり、業務制限を受けたり、信用を失うことになるでしょう。ロシア連邦通信・IT・マスコミ監督庁の最近の動向を見れば、ヘルステック分野におけるコンプライアンスの強化に焦点を当てていることがわかります。

データ漏洩:医療データの高い機密性を考えると、データ漏洩は法的にも経済的にも重大な影響を及ぼす可能性があります。ヘルステック企業にとって、リスクを軽減するためにサイバーセキュリティのインフラへ投資することは必須です。

ヘルステックにおけるデータ保護の重要性は、いくら強調してもし過ぎることはありません。デジタルソリューションが医療のあり方を変え続けている以上、企業は、ユーザーとの信頼を築き、コンプライアンスを確かなものにするため、複雑な規制環境を乗り越えていかなければなりません。データ保護のベストプラクティスを発展させ、規制当局と継続的にコミュニケーションを取っていくことが、この分野でイノベーションを促進するためには不可欠なことです。

責任

ヘルステックでは責任について、独自の課題をもたらしています。従来の医療従事者は医療過誤に関する法律については熟知していますが、デジタルソリューションと統合された環境では、新たな責任問題が生じます。

医療従事者:医療専門家は、デジタルツールを使用している場合でも、自らが行う医療行為に対して引き続き責任を負うことに変わりはありません。たとえば、ソフトウェアの不具合により診断ミスが発生した場合でも、そのソフトウェア提供者の過失が主な原因であることが証明されない限り、医療専門家が法的責任を負う可能性があります。

ソフトウェア開発者:デジタル医療ツールの開発者は、自社製品が安全性と信頼性の基準を満たしていることを保証しなければなりません。ソフトウェアの不具合が問題を引き起こした場合、開発者は法的責任を追求される可能性があります。たとえば、アプリケーションが薬剤の投与量を間違えることがあれば、開発者は法的な責任を問われ、社会的信用も失うでしょう。

製造物関連法:医療特有の規制に加えて、一般的な製造物責任に関連する法律もヘルステック製品に適用されます。企業はリスクを最小限に抑え、法的基準を満たしていることを示すために、徹底的なテストと品質保証を実施する必要があります。これには、医療機器の認証の取得や、 複雑な運用を避けるために他の医療システムとの相互運用性を確保することが含まれます。

将来の方向性

進展が見られる一方で、ロシアのヘルステック分野における規制環境には依然、重要な課題が残っています。改善が必要な主な分野は以下の通りです。

AIとの統合:診断や治療計画に人工知能(AI)を活用するために、イノベーションと安全性のバランスを取る規制の枠組みが求められています。これには、AIアルゴリズムの透明性を確保し、意思決定プロセスにおける判断の偏りの可能性という懸念に対処することが含まれます。

患者によるアクセス:患者は現在、自分自身の医療記録へのアクセスに制限を受けています。デジタル化と一元化を通じてこれらのプロセスを合理化できれば、患者の主体性を高め積極的な参加を促すことができるでしょう。しかし、これによりデータセキュリティに関する新たな懸念が生じるため、不正アクセスを防ぐ堅牢なシステムが必要となります。

初診:初診を対面診療に限定する規制は、遠隔医療の成長を妨げています。これらの規則を現代に即したものにできれば、特に遠隔地でのデジタルヘルスの可能性を最大限に引き出すことができます。パイロットプログラムを実施することで、特定の疾患に対する遠隔初診の安全性と有効性を実証することができるでしょう。

官民パートナーシップの促進:政府と民間部門の協力により、ヘルステックのイノベーションを加速させることができます。官民パートナーシップにより、共有インフラの開発、研究資金の提供、規制プロセスの簡素化に焦点を当てることができます。これらのパートナーシップはまた、知識の共有を円滑にし、この分野の共通課題に取り組むための、より連携の取れたアプローチを促進するでしょう。

教育:医療専門家や開発者のための教育プログラムへの投資は、知識のギャップを埋め、利害関係者が、進化し続けるデジタル医療の世界を乗り切るスキルを習得するためには不可欠なことです。医療テクノロジーに特化した専門コースを設立するために教育機関とパートナーシップを結ぶことは、十分に訓練を受けた人材を育成する上で大きな転換点となるでしょう。

国際協力:ロシアの規制の枠組みはデータのローカリゼーションと厳格なコンプライアンスを重視していますが、国際機関との協力によって貴重な洞察とイノベーションを得られる可能性があります。共同研究プロジェクトの立ち上げや、技術交流を促すことで、ギャップは埋まり、最先端のソリューションの開発を支えることになるでしょう。

結論

ロシアのヘルステック分野は岐路に立たされています。法的枠組みはイノベーションの基盤を提供しますが、持続可能な成長を促進するためには大きなギャップと課題に対処していかなければなりません。データ保護措置の強化、遠隔医療規制の簡素化、責任規定の明確化が、この分野の可能性を引き出す中心的役割を果たすでしょう。

適切な規制の変更と戦略的な投資があれば、ロシアはデジタル医療の世界的リーダーになれる可能性を秘めています。規制当局、医療従事者、技術開発者間の協力は、すべての利害関係者に利益をもたらす未来対応型の医療エコシステムを構築する上で不可欠です。国際的なベストプラクティスを取り入れ、国民の信頼に重点を置くことで、この分野の強靭性とイノベーションの実現力はさらに強化されるでしょう。

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