第4回 移民博物館 カナダが「モザイク国家」と呼ばれる理由

ハリファックスのウォーター・フロントにある移民博物館。かつては移民局の建物だった。ヨーロッパから長い船旅を経てカナダにたどり着いた人々は、この場所で新しい人生をスタートした。 Photo: Destination Canada/Benjamin Johnson

ハリファックスのウォーター・フロントにある移民博物館。かつては移民局の建物だった。ヨーロッパから長い船旅を経てカナダにたどり着いた人々は、この場所で新しい人生をスタートした。 Photo: Destination Canada/Benjamin Johnson

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ここを見ずしてカナダの歴史は語れない

 ノバ・スコシアの州都ハリファックスは不凍港で、ヨーロッパからの航海ではニューヨークより1日早く上陸できることから、ヨーロッパからの移民のゲートウェイとなっていた。移民の国であるカナダの全容を、ここで見ることができる。当時の入国審査の建物が現在博物館となっていて、副館長のジェニファー・サザーランドは「ここはカナダに来たすべての移民を祝福する場所なのです」と言う。

1914年から2010年代までの間に、移民がどこからどれだけ来ていたかを示すスクリーン。21世紀に入るとアジアからの移民が大幅に増えている。 Photo: Nikkei National Geographic Inc.

1914年から2010年代までの間に、移民がどこからどれだけ来ていたかを示すスクリーン。21世紀に入るとアジアからの移民が大幅に増えている。 Photo: Nikkei National Geographic Inc.

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 展示室でまず目にするのは、1914~2010年代の移民の変遷を伝える巨大なスクリーン。移民がこの国を作ったことが、一目で伝わる。次の部屋が、博物館のハイライトともいえる移民の歴史。通路の中央のテーブルには移民政策の年表が、左側は歓迎を、右は拒絶を表し、カナダがいつもすべての移民を歓迎してはいなかった歴史を隠さず示している。

 年表には、1967年に政府が積極的に移民受け入れを開始したことが示されている。難民の受け入れは1972年のウガンダ内戦からだ。以来、シリアやボスニアなど大きな戦争があるたびに、多くの難民を受け入れてきた。

部屋の中央、移民の歴史をたどる年表のテーブルをはさみ、左の壁には歓迎された移民、右には拒まれたり虐げられたりした移民の歴史が展示されている。 Photo: Destination Canada/Benjamin Johnson

部屋の中央、移民の歴史をたどる年表のテーブルをはさみ、左の壁には歓迎された移民、右には拒まれたり虐げられたりした移民の歴史が展示されている。 Photo: Destination Canada/Benjamin Johnson

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英国植民地時代のインドから来たが、船から降りることすら許されずに帰された人々の絶望の表情。カナダ政府は2014年、インドに公式に謝罪した。カナダは今も自国の移民の歴史と向き合い続けている。 Photo: Destination Canada/Benjamin Johnson

英国植民地時代のインドから来たが、船から降りることすら許されずに帰された人々の絶望の表情。カナダ政府は2014年、インドに公式に謝罪した。カナダは今も自国の移民の歴史と向き合い続けている。 Photo: Destination Canada/Benjamin Johnson

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 第二次世界大戦以降、大量に移民してきたオランダ人の船の様子がセットで精巧に再現されている。洋服ダンスやキッチンのシンクから、ドアを押さえるための大きな石といった不思議なものまで、大量の荷物が持ち込まれたことが見て取れる。ハリファックスに入港した船や、その後、国内各地へ移民を運んだ汽車なども実物大の再現セットが展示されていて、圧巻だ。

オランダからの移民が乗って来た船の船室を模した展示。鉄鍋からチェストまで、家一軒をまるごと積み込んだかのようだ。 Photo: Nikkei National Geographic Inc.

オランダからの移民が乗って来た船の船室を模した展示。鉄鍋からチェストまで、家一軒をまるごと積み込んだかのようだ。 Photo: Nikkei National Geographic Inc.

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