“聖域”に改革の手 大リーグ “ロボット審判”の最前線



ストライク、ボールの判定を球場に設置した複数のカメラを使って行ういわゆる“ロボット審判”のシステムが、ことしの大リーグのオープン戦で試験運用されています。

すべてのボールを機械で判定するのではなく、球審の判定に異議がある場合のみ申告できるという仕組みですが、これまで“聖域”ともされてきた球審の判定に初めて改革の手が入りました。

システムのねらいやその全容、そして今後の展開は…。
最前線を取材しました。
(スポーツニュース部 記者 並松康弘)



ボールがストライクに 球審の判定が“ひっくり返る”

2月に始まったオープン戦。去年までと大きく変わったのが、試合中に球場の大型ビジョンに示される画面です。ストライクとボールを判定するいわゆる“ロボット審判”。ことしのキャンプ期間にかぎり、試験的に導入されました。


2月25日のパドレス対エンジェルスの試合。パドレスで2年目を迎えた松井裕樹投手がワンボールワンストライクから投げた3球目、真ん中低めのストレートはわずかにコースを外れて球審にボールと判定されました。

すると、キャッチャーがすぐにヘルメットを触って“ロボット審判”の使用を申告。これが申告のジェスチャーです。

待つことおよそ20秒…。

球場の大型ビジョンではボールがストライクゾーンにギリギリ入ってストライクと表示され、判定が覆りました。

球場のパドレスファンは拍手で大喜び。現地の実況も「ハハハハハ」と新たなテクノロジーに爆笑していました。

ボール先行のカウントから一転、バッターを追い込んだ松井投手は次の変化球でピッチャーゴロに打ち取り、ランナーを一塁に背負っていたためダブルプレーとしました。

バッターは不利なカウントに持ち込まれ、低めのボール球のスプリットに手を出さざるを得ませんでした。

パドレス 松井裕樹投手
「カウント1-1からストライクかボールになるのは全然違う。ただ、あれが(判定によっては)逆になるってことも考えたら、まあ難しさはありますけど…。きょうは、いい方に出てくれたので、ラッキーという感じですね」

同じ日のフロリダ州でのオープン戦。

おととしのWBC=ワールド・ベースボール・クラシックで日本代表としても活躍したカーディナルスのヌートバー選手もストライク判定されたボールに“ロボット審判”を申告。わずか2.3インチ=5.8センチだけアウトコースに外れていたとしてボールになりました。

ボールの直径がおよそ7.2センチのため、ボール1個分にも満たない差です。

ことしのオープン戦では、こうした場面が1試合に何回も見られるようになりました。

カーディナルス ヌートバー選手
「判定を待つまで平静を保てなかったね。自分の選球眼を試すこともできておもしろいと思った」

システムを見たファン
「テクノロジーを利用するのにいいタイミングだと思う。審判は間違うこともあるから」

“ロボット審判”システムの全容は

“ロボット審判”の正式名称は、英語ではABS=Automated Ball Strike Challenge Systemといいます。


直訳すれば「自動ストライク/ボールのチャレンジシステム」となり、すべてのボールを機械で判定するのではなく、球審の判定に異議がある場合のみ申告できるという仕組みです。

ベンチから監督が要求するアウトとセーフのビデオ判定と異なり…

【“ロボット審判”】
▽申告できるのはグラウンドにいる選手だけ。バッターとピッチャー、キャッチャーの3人に限られる。

▽申告は各チーム1試合2回まで。成功すれば回数が減ることはない。


ドジャースとホワイトソックスがオープン戦で共用している球場では、グラウンドを囲むように6つのカメラが設置されています。

これらのカメラでボールの軌道やストライクゾーンを割り出し、判定につなげます。

大リーグ機構によりますと、去年までマイナーリーグで行った実証実験では申告があったボールの51%で判定が覆ったそうです。

大リーグ機構幹部
「私たちにとってよい第一歩だと思う。大リーグでシステムを導入するためにどうすればいいか、選手やファンからも意見を聞きたい。うまくいけば、すぐに使えるものを開発できるでしょう」

今後の展開は…

気になるのは今後の展開です。


ことしのレギュラーシーズンでは、これまでどおりすべて球審がストライクとボールの判定を行いますが、アメリカのメディアは早ければ来シーズンにもレギュラーシーズンで“ロボット審判”のチャレンジシステムが導入される可能性があると伝えています。

バッターの身長ごとに異なるストライクゾーンをどのように設定するかなど、乗り越えるべき課題はまだありますが、正式導入に向けた機運は着実に高まっています。

また、2023年から大リーグで導入された投球間の時間制限=ピッチクロックが来年のWBCで初めて採用されるように、“ロボット審判”も大リーグでの導入後にはWBCなどの国際大会で採用される可能性もあります。


そして、このシステムが正式に導入されれば求められる選手像も変わる可能性があります。

きわどいボールをミットの巧みな動きでストライクに見せる「フレーミング」のようなキャッチャーの捕球技術は重要視されなくなり、よりバッティングに秀でた攻撃的な選手が重用されるかもしれません。

そしてもちろん、球審の判定に血相を変えて怒るバッターやピッチャーの姿もなくなっていきそうです。


実は、韓国のプロ野球では昨シーズン(2024年)から、すでに“ロボット審判”が導入されています。しかもこちらはすべてのボールをシステムが判定し、球審はイヤホンに伝わった判定をただコールするだけという仕組みです。

アメリカでもマイナーリーグではこの「韓国方式」も同時並行で試験運用してきましたが、今回、大リーグでのテストは見送られました。

球審のストライク、ボールの判定はこれまで決して覆ることがないいわば“聖域”とされてきましたが、これに改革の手を入れることによって未来の野球の形がどのように変わるのか。

今後交わされる議論の行方に注目です。

(2025年2月28日「ニュースウオッチ9」で放送)

スポーツニュース部 記者
並松 康弘
新潟局、仙台局、大阪局を経て2024年秋から現所属
今回が初めての大リーグ取材
クラブハウスに入ったり選手たちが早朝から調整していたりとすべてが新鮮でした

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