
2月17日、内閣府が発表した2024年10─12月期の実質国内総生産(GDP)は前期比+0.7%、年率プラス2.8%だった。唐鎌大輔氏のコラム。写真は都内で2023年9月撮影(2025年 ロイター/Issei Kato)
[東京 19日] – 2月17日、内閣府が発表した2024年10─12月期の実質国内総生産(GDP)は前期比+0.7%、年率プラス2.8%だった。24年通年の仕上がりでは前年比プラス0.1%とかろうじて4年連続のプラス成長を維持している。四半期のパスとしても増勢が定着しつつあるのは前向きな材料と言える(以下、四半期の議論は全て前期比とする)。
もっとも成長の中身を見る限り、今期の成長は全くポジティブには受け止められない。前期比成長率に対する寄与度で見ると、純輸出がプラス0.7%ポイント、個人消費と設備投資がプラス0.1%ポイントずつとなっており、ほぼ外需にけん引された成長だった。しかも、その外需をより細かく見れば、1)輸出よりも輸入が減っていること、2)輸出も増えているが、あくまでインバウンド需要にけん引された姿であること――が分かる。
まず1に関して言えば、10─12月期の輸入は前期比マイナス2.1%と3期ぶりのマイナスに転じており、財(同マイナス2.4%)もサービス(同マイナス1.1%)も減っている。昨年10─12月期は記録的な気温の高さが話題となっていた。暖房需要を抑制されたことなどから、鉱物性燃料の輸入が抑制されたという経緯がある。そもそも他の需要項目を見れば分かるように、冴えない内需ゆえに輸入が減っているという側面もあるだろう。輸入減少の成長率全体への寄与度はプラス0.5%ポイントと10─12月期では最大である。この時点で今期のプラス成長を前向きに評価するのは難しい。
次に2の点も重要だ。10─12月期の輸出は前期比+1.1%と3期連続のプラスであった。財は同プラス0.1%とほぼ伸びていないが、サービスはプラス4.1%と顕著に伸びている。旅行サービスの輸出、すなわちインバウンド需要にけん引された結果である。インバウンド消費の代理変数として注目される「非居住者家計による国内での直接購入」は前期比プラス4.3%と個人消費全体の仕上がりが低迷(前期比プラス0.1%)する中、勢いがある。
もちろん、この部分だけを評価すれば、統計上はGDPを押し上げているため何も悪いことは無いが、後述するようにインバウンド需要の伸びが日本人の消費を抑制する、いわば「クラウディング・アウト」している状況が懸念される。居住者の代わりに非居住者が消費を増やしているだけの話であり、この状況を手放しで評価するのは難しいだろう。
<実質GDP、実質GDI、実質GNIのおさらい>
絶対額で見ると、24年の実質GDPは約557兆円で、パンデミック前の19年(約553兆円)と微増にとどまっている。かたや実質国内総所得(GDI)を見ると、19年の約551兆円から24年は約550兆円となっており、なんと減少している。ヘッドラインで4年連続のプラス成長が取りざたされる中、今一度GDPの測度を使い分けた上で現状を正しく把握する努力が求められている。見るべきは実質GDPなのか、実質GDIなのか、それとも実質国民総所得(GNI)なのか。
現状、日本のGDP統計は「実質GNI>実質GDP>実質GDI」という構図にある。22年3月以降、円安と資源高の併発による伴う海外への所得流出が争点化してきたが、この事実はヘッドラインとなる実質GDPでは捕捉できず、実質GDIを通した評価が必要となる。
文字通り、実質GDPは生産面から、実質GDIは所得面から一国の経済活動を捕捉する。定義上は「実質GDP+交易利得(もしくは損失)=実質GDI」となる。あくまで生産面から経済の数量変化を捉える実質GDPでは輸出入金額の変動に起因する購買力の増減を考慮することができない。そのため円安の慢性化が輸入インフレをたきつけ、家計や企業の購買力を奪い、それが政治・経済的に重要な意味を持つ状況を踏まえると、実質GDPよりも実質GDIに着目する重要性は明らかに高いと考えられる。説明するまでもなく交易損失拡大を背景に実質GDIは実質GDPに劣後している。
なお、過去の本コラムでは国際収支統計を用いて繰り返し議論を重ねているので詳述は避けるが、日本経済全体としては海外で稼得する所得(第一次所得収支黒字)が年々拡大している。よって、「国内」で一定期間内に生産されたモノやサービスの付加価値の合計額であるGDPではなく、日本の「国民」が一定期間内に獲得した所得として日本企業の海外支店等の所得も対象とするGNIに着目すべきという見方もある。莫大な第一次所得収支黒字の存在から想像されるように、実質GNIは実質GDPよりもはるかに大きく、24年で言えば、前者は後者よりも約5%も高い水準にある。
しかし、過去に繰り返し論じているように、第一次所得収支黒字の国内還元が乏しいと考えられる以上、筆者はGNIよりもGDPの方がより実態に即しているように考えている。少なくとも国民の景気実感は実質GDPや実質GNIよりも実質GDIが近いだろう。
<鮮明になるインフレ税の爪痕>
GDP統計の中で家計部門の景気実感に近そうなのは実質GDIだが、実感という意味では賃金や賞与などを対象とする実質雇用者報酬の方がより近いだろう。厳密には企業が支払う社会保険負担(厚生年金・健康保険・雇用保険など)もここに加算されるため、国民の手取りという意味では雇用者報酬よりもさらに小さくなる。現状、円安発・輸入物価経由の一般物価上昇がインフレ税として実質雇用者報酬を抑制し、実質個人消費を抑制している姿が実質GDIの低迷と符合している。
具体的に数字を見ると、1999年1─3月期を100とした場合、雇用者報酬は名目ベースで112.7だが、実質ベースでは100.4とほぼ横ばいである。同じように個人消費は名目ベースで109.3だが、実質ベースでは99.4と減っている。ちなみに実質GDIも100.6で横ばいだ。伸び続ける名目ベースの雇用者報酬や個人消費やGDPを見ても実体経済の実情がほぼつかめないことは明らかである。円安・資源高を起点としたインフレ税の爪痕が鮮明という印象を受ける。
<インフレで流動化する政治情勢>
インフレ税で苦しめられた世論が時の政権への逆風に転じることは洋の東西を問わず共通しており、これは我が国でも昨秋の衆院総選挙で見た通りだ。コメ価格の高止まりに代表される生活必需品価格の騰勢が消費性向の高い相対的に貧しい層の景況感を悪化させ、その怒りは政府・与党へ向かう。昨年の衆院選では特に都市部で与党が大いに苦戦することになった。これは都市部のインフレが相対的に高く、またインバウンドに象徴される外国人の経済活動も可視化されやすいからだろう。
実際、インバウンド需要が大きいエリアでは必然的に外国人の消費・投資意欲に近い財・サービス(典型的には宿泊・飲食サービス)から価格が押し上げられやすくなり、結果として日本人の消費や投資は「クラウディング・アウト」される。上述したように今期のGDPでも居住者の代わりに非居住者の消費が成長を支えるような構図が見受けられた。日本人にとって国内旅行すら高価になっているのは海外旅行の代替財としての国内旅行に需要が集まっていることもさることながら、外国人の購買力に合わせて国内の宿泊施設が値付けされるケースが増えているからだろう。
こうした日常生活の不満は体制への不満として蓄積し、選挙で表出する。今夏の参院選でもインフレ税に苦しめられた強い民意が再び与党に向けられる素地が十二分に見受けられる。現状、為替市場では日本にとっての悪材料は素直に円売りで反応する傾向が強いだけに、円安リスクとしての参院選はシナリオ策定の上でも考慮すべき材料だと考えている。
編集:宗えりか
*本コラムは、ロイター外国為替フォーラムに掲載されたものです。筆者の個人的見解に基づいて書かれています。
*唐鎌大輔氏は、みずほ銀行のチーフマーケット・エコノミスト。2004年慶應義塾大学経済学部卒業後、日本貿易振興機構(ジェトロ)入構。06年から日本経済研究センター、07年からは欧州委員会経済金融総局(ベルギー)に出向。08年10月より、みずほコーポレート銀行(現みずほ銀行)。欧州委員会出向時には、日本人唯一のエコノミストとしてEU経済見通しの作成などに携わった。著書に「弱い円の正体 仮面の黒字国・日本」(日経BP社、24年7月)、「『強い円』はどこへ行ったのか」(日経BP社、22年9月)など。新聞・TVなどメディア出演多数。note「唐鎌Labo」にて今、最も重要と考えるテーマを情報発信中。
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