元阪神、西武、広島 前田耕司

15 Comments

  1. この年福井高校の前田投手阪神に、入団その後西武、広島で活躍しました。

  2. 盛岡工業は前年の敗戦を糧にして好投手相手に善戦しましたね。

  3. 福井・前田投手、実は甲子園大会当時はあまり印象ありませんでした。
    ドラフトで指名されてから、初めてプロ注目の好投手だったという事を知りました。😅
    改めて映像見てみると、プロから指名されたのも頷けますね。上背もあってバランスの良いフォームで投げられているのが判ります。

    当時は「福井」高校でユニフォームは「KOGYODAI」
    現在は「福井工大福井」高校でユニフォームは「福井」
    この辺りも面白いですね。

    盛岡工、80年代は比較的コンスタントに岩手で上位の力を持っていたと思いますが、甲子園出場はこの年と前年夏の2回だけですね。

  4. この頃はもう福井工大福井が正式な校名やったんですよね。略さずにそのままの名称であれば、KOGYODAI表記も理解出来たんですけど。当時、ユニフォーム見て?!となってました。

  5. 福井は、校名とユニフォームの文字が違うので、あれ?という感じでした。😅

    話しは変わりますが、同じ福井県勢でも、敦賀気比は、とんでもなく強いですね~💪 
    甲子園での勝ち方を知ってるみたいな感じがします。

  6. 前田耕司投手でしたか西武時代貴重なサウスポーとして期待されてましたね。

  7. 1987年のセンバツ開会式での京都西キャプテン上羽の選手宣誓の録画をお持ちであれば見たいです!

  8. この年はあまり印象に残る左腕は少なかったように思います。その中で前田投手は印象に残る投手でした。

  9. 前田投手は当時としては珍しかった野球留学。元々は地元・広島の名門である広島商か広陵への進学を考えていたところ、母校広陵の関係者から前田投手のことを聞きつけた三原新二郎監督から誘われて福井工大福井に進学した選手でした。ちなみに三原監督は前田投手の卒業とともに京都西(京都外大西)の監督に転身。1年半後の昭和59年センバツで京都西を甲子園に導きます