◆穀雨(こくう)
田畑の準備が整い、それに合わせて春の雨の降る頃
新暦4月20日~5月4日頃
◆
八十八夜 ~穀雨の自然~
立春から数えて八十八日目は、「八十八夜」。
春から夏への季節の境目で、農村では苗代作りや畑作物の種まき、茶摘みを始める重要な日とされてきました。
「八十八夜の別れ霜」といわれるように、この頃になると降霜がなくなり安定した気候になりますが、遅霜で作物が台無しになることもあります。八十八夜は、霜に注意するため、特別に作られた雑節(日本の暦で、二十四節気以外の季節の移り変わりの目安となる日)でした。
八は末広がりで、八十八は「米」という漢字にも通じることから、縁起のいい日としても親しまれてきたようです。
お茶壺道中 ~穀雨の暮らし~
高級茶として名高い宇治茶の起こりは十三世紀初頭、明恵上人が、日本に茶をもたらした栄西禅師から茶種をもらい受け、宇治に茶園を築いたことにあるといわれます。
以後、豊かな自然風土、足利将軍家の庇護、独特の甘みを生みだす茶葉栽培などにより、天下一の茶へと発展していきました。江戸時代には徳川将軍家の御用達となり、新茶は、はるばる江戸城まで運ばれるようになります。この道中は「お茶壺道中」と呼ばれ、将軍家と御三家につぐ権威のあるものでした。
茶壺の乗った駕籠が通ると庶民はひれ伏し、大名も道を譲ったといわれます。
Present by 京福電気鉄道(株)(制作2010年4月
前の節気-清明 http://youtu.be/LVe4p935ufU
次の節気-立夏 http://youtu.be/E_yg-1rJVZA
YouTubeチャンネル「NipponArchives」
https://www.youtube.com/NipponArchives2013
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◆穀雨(こくう)
田畑の準備が整い、それに合わせて春の雨の降る頃
新暦4月20日~5月4日頃
◆
八十八夜 ~穀雨の自然~
立春から数えて八十八日目は、「八十八夜」。
春から夏への季節の境目で、農村では苗代作りや畑作物の種まき、茶摘みを始める重要な日とされてきました。
「八十八夜の別れ霜」といわれるように、この頃になると降霜がなくなり安定した気候になりますが、遅霜で作物が台無しになることもあります。八十八夜は、霜に注意するため、特別に作られた雑節(日本の暦で、二十四節気以外の季節の移り変わりの目安となる日)でした。
八は末広がりで、八十八は「米」という漢字にも通じることから、縁起のいい日としても親しまれてきたようです。
お茶壺道中 ~穀雨の暮らし~
高級茶として名高い宇治茶の起こりは十三世紀初頭、明恵上人が、日本に茶をもたらした栄西禅師から茶種をもらい受け、宇治に茶園を築いたことにあるといわれます。
以後、豊かな自然風土、足利将軍家の庇護、独特の甘みを生みだす茶葉栽培などにより、天下一の茶へと発展していきました。江戸時代には徳川将軍家の御用達となり、新茶は、はるばる江戸城まで運ばれるようになります。この道中は「お茶壺道中」と呼ばれ、将軍家と御三家につぐ権威のあるものでした。
茶壺の乗った駕籠が通ると庶民はひれ伏し、大名も道を譲ったといわれます。
Present by 京福電気鉄道(株)(制作2010年4月
季節は生きるもの全てに印あり素晴らしさを感じました日本に生まれつき😆🍀です
穀雨
春雨降りて百穀を生化すれば也。
霞の中煙るように降る晩春の雨は、新芽を育てる、恵みの雨。
春雨が過ぎると八十八夜、ようやく気候が安定したかと思えば、遅霜で作物が台無しになることがあります。
八十八夜は、霜に注意するため、特別に作られた雑節でもありました。
日本の暦は、季節に敏感な先人たちの知恵の結晶でもあるんですね。
八十八夜は、茶摘みを行う、目安の日でもあります。
江戸時代、将軍家の御用達とされた宇治のお茶は、茶壷に入れられ、はるばる江戸城まで運ばれました。
「お茶壺道中」、籠が通ると庶民はひれ伏し、大名も道を譲ったといいます。
本物の一品には、磨き高められてきた、歴史という物があるのかもしれません。
行く春に咲き誇る春牡丹、華やかな彩りが眩しい季節へ誘います。
京都には二十四の季節があります。