乗客がいない。時刻表にも載っていない。そんな新幹線がいま、人気を呼んでいる。東北新幹線などの「East i(イーストアイ)」と、東海道・山陽新幹線の「ドクターイエロー」はともに線路や架線を点検するための専用車だ。運行ダイヤは公表されていない。いつ、どこで見られるのか。ファンの間では、目撃情報が瞬時のうちに駆けめぐり、模型の売れ行きも急増中だ。
 平日午前のJR東京駅新幹線ホーム。白地に赤の車体の「イーストアイ」が到着すると、親子連れや会社員らがカメラや携帯電話で一斉に撮影を始めた。子どもたちから「かわいい」との声が飛ぶ。
 山形新幹線「つばさ」などに使われているE3系を基に開発され、2002年にお目見えした。東北と上越、長野の新幹線区間では10日に1回、山形、秋田のミニ新幹線区間は年4回、全線を走って検査する。12月に開通する新青森(青森市)―八戸(青森県八戸市)の間でも、走行中の姿が沿線住民の人気を集めている。
 6両編成の車内には、大型コンピューターが並べられ、軌道や電力などの計測員12人がモニターに目を光らせている。
 JR東日本新幹線技術基準グループリーダーの桑原克也さん(47)は「イーストアイで見つけた線路や架線の異常を即座に直しているから、高速化する新幹線が快適な乗り心地を保てる」と語る。新幹線は開業以来、列車が原因の死亡事故はゼロだ。安全運行を支える「縁の下の力持ち」のような存在だ。
 イーストアイの兄貴分が東海道・山陽新幹線(東京―博多)を10日に1回程度走る「ドクターイエロー」。JR東の営業区間でもイーストの登場以前は、ドクターイエローが走っていた。
 ドクターイエローの初代は、新幹線開業2年前の1962年に誕生した。団子鼻の初代0系新幹線がベースの車体で、架線などの電気設備だけを点検できた。74年に架線と線路の両方の点検ができる2代目が登場。95年1月の阪神大震災の際、復旧工事を終えた区間を真っ先に走り、営業再開へ向けた最終的な点検をした。
 現在の車体は01年に導入された3代目で、JR東海と西日本が1編成ずつ所有している。異状の種類や場所を短時間で特定できるようになった。
 ドクターイエローに乗務して2年余りのJR東海電気部の柿平真司さん(31)は「だれもができる仕事ではなく、安全に貢献する仕事に誇りを感じる」と話す。
 「子どもにどうしてもイーストアイを見せたい」「ドクターイエローに出会うと幸せになれるって本当ですか」。インターネットの鉄道関連掲示板では近年、こんな書き込みが目立っている。
 イーストアイもドクターイエローも、日中の列車の運行の合間を縫って走っているが、JR各社は時間帯などを一切、公表していない。それでもインターネットの掲示板には、目撃情報が速報され、特定の駅や橋の通過予想時間などが書き込まれている。
 タカラトミーの鉄道模型プラレールの新幹線12種類のうち、96年発売のドクターイエローと07年発売のイーストアイの売り上げは、新型のN700系や戦闘機のような先頭車両が人気の500系などに肩を並べ、上位に食い込む。同社広報部は「実車が珍しいだけに、いつでも見ることができる模型に人気が集まるのでしょうか」。
 日本マクドナルドは8月末まで「ハッピーセット」のおまけにプラレールを付けた。N700系やSLとともに、ドクターイエローもラインナップに加えた。どの車種が当たるかは運任せだったが、同社の広報担当は「手に入れるために何度も店に足を運んでくれたお客様が多かった。うわさの人気ぶりを実感しました」。
 都市文化論が専門の評論家河内厚郎さんは「長引く不況の中、若者たちは花形を目指すのではなく、たとえ地味な仕事でも究めて、周りから尊敬されるような生き方を求めるようになってきた。人知れず黙々と働く車両は、まさに一つの理想型として受けているのかもしれない」と話している。(小林誠一、小河雅臣、動画=堀英治撮影)

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