1982年、東京の世田谷学園高校が軽量級と中量級ばかりの小型選手で金鷲旗初優勝を飾ります。古賀元博が大将決戦で出て延長戦で一本背負いを決めます。この背負いは岡野功先生から直接習った技でした。岡野功先生は宮崎県警の戸高先生(拓大OB)から習いました。戸高先生の背負いはもちろん木村政彦先生から、木村政彦先生の背負いは牛島辰熊先生からの技です。つまり古賀元博の背負いは牛島先生の背負いなのです。ちなみに古賀稔彦は兄の古賀元博から背負いを習っています。つまり古賀稔彦の背負いは牛島先生の背負いなのです。 古賀稔彦 5 Comments 増田俊也スタジオ(作家のYouTube) 5年 ago 古賀元博、古賀稔彦の兄弟は、重量級一辺倒だった高校柔道のイメージを変えました。 ken.withamission 5年 ago 先鋒の持田って持田監督? 安逹明彦 5年 ago 東海のこの松田が相当の曲者で大学時代もかなり強かったですね。 海力 5年 ago 古賀稔彦と、同級生の飛松選手のお兄さんですね。まだ天理が、金鷲旗に出場していない時代です。 ファン太ch 5年 ago 白が母校です
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古賀元博、古賀稔彦の兄弟は、重量級一辺倒だった高校柔道のイメージを変えました。
先鋒の持田って持田監督?
東海のこの松田が相当の曲者で大学時代もかなり強かったですね。
古賀稔彦と、同級生の飛松選手のお兄さんですね。
まだ天理が、金鷲旗に出場していない時代です。
白が母校です