SUZUROはオリジナルの楽曲に「物語」を合わせて一つの作品としています。
楽曲と合わせて、オリジナルの短編小説もお楽しみください。
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【物語】空へ
私は病院の窓から外を眺めた。
病院の前には広い公園が広がっている。
同じ病院の患者だろうか、同い年くらいの一人の男の子が走り回っている。
穏やかな日差しの中を飛ぶ自由な鳥は、窓の近くの木から飛び立ち、ついには見えないほど遠くへ行ってしまった。
私はしばらく外で走り回る男の子を見つめていたのだけど、そのうち、何だかまぶたが重くなってきた。
冬のせいだろうか、少し肌寒い。
私は毛布を手繰り寄せようとしたけれど、とても眠たくて体が思うように動かなかった。
一度まぶたを閉じれば、暗く深い眠りの世界に落ちていってしまいそうだ。
両親は確か二人ともちょうど昼食を食べに行っているところだったっけ。
私も昔みたいに歩くことができたら、一緒に行きたかったのに。
窓からさす光は優しく私の頬を照らした。
まるで「もう眠っていいんだよ」と言っているかのようだった。
私はそれに応えるようにゆっくりと、静かに目を閉じた。
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私は目を覚ました。
なぜか、私はさっきまで窓から見つめていた公園にいた。
いつの間に来たんだっけ。
それよりも。。
私は今、自分の足で立っている。
数年前に病気にかかってからずっと寝たきりだった私が、今、自分の足でここに立っている。
恐る恐る、私は一歩を踏み出した。
裸足のままだった足の裏に、芝生の感触が伝わる。
その感触が体を伝って私の全身を包んだ。
その瞬間、これまで溜め込んでいたかのように涙が溢れ出した。
そして、自分がどんなものにも縛られない、自由な鳥になったような気がした。
ふと横に目をやると、一人の男の子がいた。
その顔に私は見覚えがあった。
そうだ、さっき窓から見ていた少年だ。
彼は私をじろじろと見る。
私はムッとした表情を見せてみるが、彼は悪びれる様子もなく、まじまじと私を見てくる。
「なに?」
と私がぶっきらぼうに尋ねると、
「君もびょういんにいるの?」
と男の子は尋ねた。
私は、
「そう、治らないびょうきでずっと寝たままなの。」
と答えた。
寝たきりの私は病院の中でも家族や看護師以外と話すことはほとんどない。
同い年くらいの男の子と話すのがあまりに久しぶりだから、正直、どう話したら良いか分からなくなっていた。
男の子はニッと笑って、
「じゃあ、一緒にあそぶか。おれもいっつも一人だからさ。」
と言って私の手を握って走った。
見知らぬ男の子に連れられて、私は走った。
なにがなんだか分からないけど、言われるがまま、一緒に走った。
走っているうちに私はなんだか嬉しくなってきた。
自分という存在が解放されたような喜びを全身で感じた。
広い公園の向こうには高いビルがたくさん見える。
あのビルの向こうにはなにがあるんだろう。
私はこのまま走ってどこまでも行ってしまいたい。そう思った。
2人で広い公園を走る。
私は走るのが楽しくて、これまでに無いくらい笑顔になった。
彼はそんな私を見て、ニッと笑顔になった。
公園の中を走り回り、疲れたら芝生の上で横になった。
疲れて寝転んでいたら、ボールが転がってきた。
そのボールを、誰かのお母さんだろうか、年配の女性が追いかけてくる。
私は転がってきたボールを返そうと、タイミングを合わせて右足で蹴った。
が、ボールはそのまま私の後ろにコロコロと転がった。
どうやら空振りしてしまったみたいだ。
それを見ていた彼はまたニッと笑った。私はムッとした顔をして彼を見た。
しばらくすると、病院の方から看護師が出てきて彼を呼んだ。
彼は私に手を振って、また明日な、と大きな声で叫んだ。
私も同じように、またね、と大きな声を出した。
自分では精一杯声を出したつもりだったけど、思ったよりも小さな声しか出なかった。
彼は病院に入っていく。
入り口にいた看護師は、怪訝な表情でこちらをキョロキョロと見渡していた。
けれど、そのうち首を傾げて、病院に入っていった。
夕方になってしまった。
私は自分の部屋に戻ろうと、病院に入った。
病院の中を一人で歩くのはあまりに久しぶりだったから、迷ってしまった。
私が小さくて見えなかったせいか分からないけど、自分の部屋に来るまで誰も私をよけてくれなかった。
けれど、どうしてか、誰にもぶつからずに病室の前まで来れた。
病室のドアは空いていた。
私はそのまま自分の部屋に入る。
すると、そこには両親がいた。
しまった。もう夕方だし、勝手に外を出歩いたことを怒られるかもしれない。
でも、その怒り以上に、私が歩けるようになったことをきっと喜んでくれる。
私は嬉しくなって、そのままベッドの方まで歩いて行った。
そして気がついた。
両親は泣いていた。
ベッドに顔を埋めて、体を震わせて泣いていた。
二人とも、ただただ泣いていた。
私は訳が分からなくて、お母さんに近づいた。
そして、見た。
母は、白く小さな手を握って泣いていた。
私は恐る恐るベッドを見た。
そこには私がいた。
紛れもなく、それは私自身だった。
私は訳が分からず、何度も目を擦ってみたけれど、それは間違いなく、私だった。
すやすやと眠るように、私はそこにいた。
私は、むせび泣く父と母に声をかけた。
けれど、どれだけ呼んでも聞こえないみたいだ。
今度はベッドのそばまで行って二人の手を取ってみるけど、それでも気づいてくれない。
私のことは見えず、目の前にいることも分からないみたいだった。
やがて、私は理解した。
不思議と、悲しくはなかった。
いつか来るその日が、今日来ただけのこと。
お父さんにもお母さんにもこれまでに何度も「ありがとう」と「大好き」を言う事ができたし、二人ともめいっぱい愛してくれた。
私の大好きなお父さんとお母さんは、どんな時も私のそばにいてくれた。
私がいつの日か元気になって起き上がる、そんな日は来ないって、知っていたはずなのに。
生まれてからずっと、愛してくれた。
これ以上の幸せを、私は知らない。
だから、泣かないで。
そう思って二人の頭を撫でてみるけれど、二人が泣き止むことはなかった。
私は二人の額にキスをして、病室の入り口まで歩いて行った。
会いたい人がいるんだ。
私は振り向いて、泣き続ける両親を見た。
そして、大きく息を吸い込んだ。
さっきより大きな声が出せるように、しっかりと吸い込んで、
「あ り が と う !」
そう叫んだ。
思ったよりも大きな声が出た気がした。
お父さんとお母さんは、そのまま泣き続けていた。
私は、病院の中を走り回って彼を探した。
名前も知らなかったから、探すのには苦労した。
急に病室に現れた私を見て、彼は驚いた表情で、
「あれ、どうしたの?」
と言った。
窓から差し込む夕日が二人を照らす。
窓の外に目をやると、綺麗な一羽の白い鳥が飛んでいた。
私は一度深呼吸してから口を開いた。
「これからは、もうあえないかもしれない。」
すると彼は不思議そうな顔で、
「びょうき、治ったの?」
と聞いた。
私は首を大きく振った。
彼はしばらく考えていたみたいだけど、なんだか妙に納得したような表情になって、
「そっか、じゃあ、いなくなるまで話そうか」
と言った。
二人は夕日のさす病室でお互いのことを話した。
私は彼にこれまでの全てを出し尽くすくらい、思い出を話した。
彼はそれを聞きながら、自分の思い出も話してくれた。
私はこれまでの数年間分、笑ったような気がした。
たくさん話して、笑って、私はもうすっかり満足していた。
思い残すことはもうなかった。
早く自由になりたいとさえ思った。
私は立ち上がると彼に「ありがとう」と一言伝えた。
そのまま私は窓を開けた。
そして、その窓に足をかけてよじ登った。
普通に考えたら危ないことをしているのだけど、彼は驚くでもなく、注意するでもなく、ニッと笑って言った。
「次あう時は、もうちょい大きな声で話せるようになっておけよな。」
私はムッとした表情になった後、笑った。
私は窓から外に飛び出した。
羽を広げて空に飛んだ。
空は私がいた病室よりも、病院よりも、いや、どんな街よりもあまりに広かった。
迷ってしまいそうなほど広いその世界に、私は羽ばたいた。
向こうには高いビルがいくつも見える。
あの向こうには、どんな景色が広がっているのだろう。
どんな人がいて、どんな空が広がっているんだろう。
私は飛んだ。
空へ。
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