「stayhome」期間中にレーシングドライバーにバトンを渡し、近況確認インタビューリレーをしていく企画となります。7人目のレーシングドライバーはオートバイ・トライアルライダー 藤波貴久選手が登場です。
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▼レーシングドライバー対談リレー
①【対談リレー】レーシングドライバー千代勝正 × KIZUNAプロジェクト主宰 堀主知ロバート
②【対談リレー】元F1世界チャンピオンジェンソン・バトン × レーシングドライバー千代勝正
③【対談リレー】 最年少SUPER GT王者 ニック・キャシディー× 元F1世界チャンピオン ジェンソン・バトン
④【対談リレー】 最年少SUPER GT王者 ニック・キャシディー× 元F1世界チャンピオン ジェンソン・バトン
⑤【対談リレー】ミスターGT 脇阪寿一 × SUPER GT4度のシリーズチャンピオン ロニー・クインタレッリ(Ronnie Quintarelli)
⑥【対談リレー】DRAGO CORSE(ドラゴコルセ)監督 道上龍 × ミスターGT 脇阪寿一
⑦【対談リレー】オートバイ・トライアルライダー 藤波貴久 × DRAGO CORSE(ドラゴコルセ)監督 道上龍
▼プロフィール情報
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藤波貴久(ふじなみ・たかひさ)
3歳からモトクロスを始め、自転車トライアルなども経験。1991年、11歳のデビュー戦以来、最短で国際A級に昇格します。中部選手権を経て、93年に全日本トライアル選手権へ参戦し、95年には15歳で史上最年少の全日本タイトルを獲得。
翌96年から世界選手権に参戦開始。97年のドイツ大会で初優勝を果たします。98年には全日本選手権チャンピオン、世界選手権ランキング5位を獲得。99年から2003年まで5年連続で世界選手権ランキング2位を獲得。
そして、翌04年には日本人として初となる念願のトライアル世界選手権チャンピオンに輝きました。05年、06年は総合2位。07年から11年まで総合3位と上位にランクインしました。12年は後半、2度表彰台に上がり、総合5位でシーズンを終える。
13年は開幕戦日本グランプリでの優勝を含む4度の表彰台登壇を果たし、14年も開幕戦での勝利、続く母国大会で表彰台と活躍。
この後、ケガの治療のためにシーズンオフに手術を受け、15年のXトライアルを欠場しますが、アウトドア開幕戦の日本グランプリで復帰。2日目に劇的な逆転で2位表彰台を獲得し、その存在感を示す。
2016年もRepsol Honda Teamから、インドア、アウトドアの世界選手権に参戦。
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道上龍(みちがみ・りょう)
実家がカートショップを営み、ショップ創業者である父はフォーミュラカーレースへの参戦経験もある。レースに近しい家庭環境で、幼少時よりカートレースに参戦し優秀なレーシングセンスを周囲に示すとともに結果も残した。
1991年にフォーミュラ・ミラージュで4輪レースにデビューする。
1993年はF4を戦い、1994年にはナウ・モータースポーツから全日本F3選手権に参戦。この年の開幕戦で初優勝し、道上の名前を一躍有名にした。
その後は、N1耐久シリーズ(現 スーパー耐久シリーズ)や全日本ツーリングカー選手権(JTCC)等に活躍の場を拡げた。
特に1996年には、ホンダのツーリングカー開発のためのテストドライバーを務めることになり、一気に才能が開花し、ホンダ陣営の中心ドライバーとして育って行くことになった。
1998年からは、フォーミュラ・ニッポンや全日本GT選手権(JGTC)に参戦の舞台を移して行き、2000年には、全日本GT選手権のGT500クラスで未勝利ながらシリーズ・チャンピオンを獲得し、名実ともにホンダのエースドライバーとなった。
2005年は、SUPER GT・GT500クラスに専念しTAKATA童夢NSXのドライバーとして小暮卓史とコンビを組むが未勝利に終わった。
翌2006年は、第2戦(岡山)で優勝するなどNSX使いの本領を発揮しシリーズ3位と健闘した。またこの年は、フォーミュラ・ニッポンへの復帰を果たすもノーポイントに終わっている。
2007年は、SUPER GTに引き続きTAKATA童夢NSXで参戦し、シーズン序盤にトラブルやアクシデントに見回れ成績が振るわず、第7戦(もてぎ)で優勝したもののシリーズ4位に終わっている。
2008年は、ライバルの台頭もありシーズン序盤は波に乗れずにいたが、第5戦(菅生)で優勝しシリーズランキングトップに躍り出るも、その後ハンディウェイトに苦しみ、結局シリーズ6位に終わった。
2009年は、開幕戦(岡山)で2位、第5戦(菅生)で3位で表彰台に上がるも、それ以上の結果が出せず、前年同様のシリーズ6位に終わった。
2014年はSUPER GTのシートを失い、TEAM 無限のエグゼクティブアドバイザー兼第3ドライバーとしてチームに帯同していたが、7月に新たに自らのチーム「DRAGO CORSE(ドラゴコルセ)」を設立。ホンダの協力を得て、伊沢拓也をドライバーとしてスーパーフォーミュラに参戦することになった。
2016年、世界ツーリングカー選手権(WTCC)第9戦日本ラウンドでホンダからスポット参戦。3年ぶりのレース復帰となる。
2017年は「Honda Racing Team J.A.S.」よりWTCCにフル参戦する。日本人のWTCCフル参戦は2011年の谷口行規以来。
2018年からは、SUPER GT GT300クラスにModulo KENWOOD NSX GT3のドライバーとして参戦している。
2020年、ドラゴコルセの監督としてスーパーフォーミュラへの参戦予定
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